61.流れの代償
富士谷000 000 1=1
都大二000 000 =0
【富】堂上―駒崎
【都】田島、相沢―岩田
『都東大学第二高校、選手の交代、並びにシートの変更をお知らせ致します。レフトの高取くんに代わりまして、海野くんがサード、サードの相沢くんがピッチャー、ピッチャーの田島くんがセンター、センターの戸谷くんがレフトに入ります』
7回表、一死一三塁という場面で、都大二高は相沢をマウンドに送り込んだ。
投球練習を見る限りだと、彼は荒れ球のアンダースロー。
果たして、富士谷の打線に通用するのか……観客の期待も高まっている。
『只今のバッターは、6番 鈴木くん』
ここで迎える打者は鈴木。
3年生では3番目に打てる打者であり、相沢の力量を測るには十分な選手だ。
もう一つ、富士谷打線は、5回戦で本格アンダーの多崎を攻略している。
相沢は多崎よりも勝っているのか、それが一つの試金石になりそうだった。
「(鈴木くんの打席で肩作ろう。当てたらごめんね)」
SEE OFFの音色が響く中、相沢はセットポジションに入る。
やがて左足を上げると、サブマリン投法から球を放っていった。
「ボール!」
一球目、高めに浮いた133キロ。
鈴木は悠々と見送ってボールになった。
「ボール、ツー!」
二球目は134キロ。これも外れてボール。
そして――。
「ボール、スリー!」
三球目の132キロも大きく外れてしまった。
あっという間にスリーボール。この分なら、堂上は走らなくて済みそうだ。
「おいおい大丈夫かよ」
「アンダーにしては速いけど……」
「ストライク入らないじゃん」
あまりのノーコンっぷりに、三塁側スタンドからは不安の声が漏れている。
ここまで入らないと満塁は怖い。押し出しの可能性も十分に考えられるし、相沢としては一つ入れたい所。
しかし――。
「ボール、フォア!」
135キロの直球も外してしまい、ストレートのフォアボールとなった。
「鈴木は仕方ねぇ、後続は頼むぜ」
「ああ、うん(……あと5キロか。もう少し迷惑かけちゃうかも)」
捕手の岩田は手渡しでボールを返している。
相沢に動揺している素振りは無い。鈴木の四死球は仕方なしと言った所なのだろうか。
打者が代わってどうなるか、東京中の視線が再び注がれた。
「(とりあえず待ちでいいな。ストライク入らなそうだし)」
続く打者は7番の駒崎。
下級生だが、打撃を買われてスタメン入りしている強打者だ。
此方としては最低でも犠牲フライは欲しい場面。その初球――。
「ボール!!」
相沢は137キロを記録するも、白球は大きく外れてしまった。
これは……本当に押し出しも考えられるな。此方としては願ったりだが、あまりにも拍子抜け過ぎる。
「ボール!!」
「ットライクー!」
二球目、体に近いストレート。これも外れてボール。
三球目はフロントドアのカーブ。ようやく決まってストライクとなった。
しかし――。
「ボール!!」
「ああ~……」
「試合が壊れる……」
「これなら室井か折坂でよかったんじゃ……」
四球目の138キロは、外角低めに決まったもののボールの判定が下された。
「(すげー球。待つって決めたから待ててるけど、これ全く打てる気しねーな)」
駒崎は苦笑いを浮かべながらバットを構え直している。
アンダーからの138キロ。これは流石に衝撃だったのだろうか。
ただ、カウント的には圧倒的に有利。このまま押し出しを奪いたい所だ。
「(最悪、押し出しでもいい。インパクトで球場を味方に付ける……!)」
そして迎えた五球目、相沢はアンダースローから球を繰り出した。
白球は駒崎の懐、内角の真ん中に吸い込まれていく。駒崎は少し体を引くと、白球は岩田のミットに吸い込まれていった。
「(ボールだな。際どいけど今までの印象が悪過ぎる)」
「(……これは入った。相沢も乗ってきてる)」
「(感覚は良かった。後は数字だけ……!)」
悠々と見送る駒崎、ミットをピタリと止める岩田、ジャッジを待つ相沢。
果たして、主審の判定は――。
「ボール!!」
「っしゃあ!!」
運よくボールが宣告され、押し出しのフォアボールとなった。
あまりにも大きすぎる追加点。ただ、相沢はそう思ってないみたいで、なにやら余裕そうな表情を浮かべていた。
「(……やっと出たね、これで一つ流れが変わるはず)」
相沢は口元をニヤリと歪めている。
その瞬間――スタンドからはザワザワと歓声が沸き上がった。
「すげえ、アンダーで140キロなんて初めて見た」
「なんか際どい所に決まってきたしいけそうじゃね?」
「流石の三高もこれは打てないだろ! 奴らを止めるには二高が勝つしかねぇ!」
「次は145キロ期待!」
それは――あまりにも歪な光景だった。
バックスクリーンには「141㎞/h」の文字。そして、スタンドは都大二高の味方をしている。
普通、得点時は攻撃側への歓声が上がる筈だが……驚く事に、真逆の現象が起きたのだ。
アンダースローで140キロ超という、当時における日本の最高記録。
プラスして、大魔王・都大三高へのジョーカーになりそうな存在の出現。
これらの要素が重なり、スタンド全体が「投手相沢」に好奇心を擽られてしまった訳だ。
「中橋、サードランナー堂上だからな。打ってけよ」
「ういっす!」
尚も一死満塁、打者は中橋というチャンス。
しかし……流れは都大二高に傾きつつあった。
富士谷000 000 2=2
都大二000 000 =0
【富】堂上―駒崎
【都】田島、相沢―岩田