60.最終兵器相沢
富士谷000 000 1=1
都大二000 000 =0
【富】堂上―駒崎
【都】田島、相沢―岩田
7回表、一死一三塁。
先制して尚もチャンスという場面で、都大二高は相沢をマウンドに送り込んだ。
ここまで登板は1度もなし。練習試合でも登板した記録はなく、隠しに隠し通していた背景が窺える。
『けど断言はしとくよ、俺は絶対に嘘をつかないって』
『柏原くん……俺は内野手だからね』
これはかつて、相沢が俺に放った発言の抜粋である。
「絶対に嘘はつかない」「俺はピッチャーできない」という内容。
もう何度も聞いた言葉だったが、見事に嘘だった訳だ。
ただ、相沢登板というのは、実のところ想定内でもあった。
根拠は幾らでも転がっている。一応、一つずつ説明していこう。
先ず、相沢は何十周も転生を繰り返している。
野球は投手のウエイトが重い中で、全く練習しない……というのは考えられない。
むしろ膨大な時間を使って、投手を出来るようにする方が無難だろう。
次に、準決勝で田島を先発に持ってきたという点。
相沢は三高の春夏連覇阻止に全てを捧げている。その中で、三高対策の投手を準決勝で消耗させるとは思えない。
田島以外にもう一人、三高に対抗できる投手を用意しているのは分かっていた。
最後に、相沢は何度も「嘘は吐かない」「俺にピッチャーはできない」と念押していた点。
正直に言わせて貰うと不自然だった。この辺はあくまで直感でしかないけれど。
「ヤケクソか?」
「相沢って肩強いイメージないなぁ」
「むしろ送球怪しいよな……」
スタンドからは不安そうな声が漏れている。
それもその筈、相沢が一番苦手としているプレーは送球だ。
地肩はそれなりだけど、正史では送球難が祟ってベンチ入りを逃している。
今でこそだいぶ改善されたらしいが、昨夏は相沢の送球ミスで敗北していた。
その事実を踏まえると、送球動作で使う上投げや横投げの可能性は低い。
考えられるのは普段使わない左腕か、或は――。
「おお」
「アンダーか」
「結構速くね?」
アンダースローである。
相沢は投球練習を開始すると、サブマリン投法で球を繰り出した。
ただ、それでもボールはバラついている。緊急登板なのを差し引いても、制球が良くないのは明らかだった。
恐らく……これは未来を知る相沢ならではのアイディアだ。
この時代はアンダースロー=軟投派。プロ野球選手でも130キロ弱が精一杯で、下投げで140キロは不可能という風潮があった。
しかし、10年後であれば、最速140キロ超のアンダースローも1人だけ存在している。
つまるところ「人体の構造的に不可能ではない」と知った上で、本格アンダーに挑んだのだ。
「(正直、富士谷には投げたくなかったけど……これ以上田島を消耗する訳にもいかないし、かといって室井や折坂で負けたら本末転倒だからね)」
やがて投球練習が終わると、相沢はロジンバックを右手に取った。
ようやく試合が再開される。果たして、何十周も人生を周回した男は、どれ程のピッチングを見せるのか――。
東京中の視線が、明治神宮のマウンドに降り注がれていた。
富士谷000 000 1=1
都大二000 000 =0
【富】堂上―駒崎
【都】田島、相沢―岩田