52.最強世代の本気
都大三002 0=2
都大亀200 0=2
【三】大金、堂前―木更津
【亀】勝吉―金井
同点で迎えた5回表、都大三高の攻撃。
堂前の完璧なピッチングを前に、亀高の選手達から笑顔が消えつつある。
そんな中……その隙を見逃さなかったのは、先頭打者の篠原だった。
「ナイバッチ!!」
「(この程度のピーなら余裕余裕。そろそろ後続も続いてくれよー)」
篠原は三球目を捉えて左中間へ。
後進していた外野は回り込むも、篠原は俊足を飛ばして二塁を落とした。
これで無死二塁。進塁打のみで失点する恐れがある大ピンチである。
「(町田は……バントしねーのかよ畜生)」
「(この回も粘ってみっかな。俺は篠原ほど打てないけど、このレベルなら幾らでもカットできるし)」
続く打者の町田にバントの構えは無し。
先ずは勝ち越しという考えではなく、打って繋いで大量得点を狙う算段だ。
勝吉は三度フルカウントまで持ち込むも、町田は再びカットで粘り――。
「ボール、フォア!!」
計15球を投じさせて、最後は四球をもぎ取った。
3回に続いて無死一二塁のピンチ。こうなってくると、流石の勝吉も苦しくなってくる。
「(……荻野はバントか。一塁埋まってりゃ送ってくれるのね)」
併殺は避けたいのか荻野はバントの構え。
亀高の内野も送りバントに備えて、全体的に少しずつ前に出ている。
しかし――。
「(甘すぎ。三高の3番が簡単に二度も送るかよ)」
「(げ、バスターかよ……!)」
荻野はバットを引くと、バスター打法で振り切ってきた。
打球は一塁方向へ飛んでいく。ファーストの佐藤はチャージしていた事もあり、バウンドを合わせられず弾いてしまった。
「ノースロー!」
佐藤は慌てて拾いにいくも投げられない。
篠原は三塁で止まって無死満塁。甘めの判定で、スコアボードにはHのランプが灯った。
「チェックメイト……僕らの勝ちだよ勝俣くん! ちなみに降伏は無駄だから、凡人らしく精一杯抵抗してね!! あははははははははははは!」
ここで迎える打者は、西東京が誇るキチガイ様こと木田哲人。
吹奏楽部が奏でる「世界で一番頑張ってる君に」が流れる中、バットをグルグル回してから左打席で構える。
「(畜生……。満塁だから敬遠できねーし、もうこれ以上は引き出しがねぇ……!)」
一方、マウンドの勝吉は、非常に険しい表情を浮かべていた。
ここで長打を打たれたら試合が決まる。しかし、恐らく勝吉に引き出しは残されていない。
もはや完全に詰みであり、あとはヤケクソの力勝負に出るしかなかった。
「(……とりあえずバックドアから入ろう。いきなりストレートはあぶねー気がするからな)」
一球目、勝吉はセットポジションから腕を振り下す。
放たれた球は――バックドアの高速スライダー。木田はバットを止めると、白球はベースの外を通過していった。
「ットライク!!」
「(ラッキー……! そこ取ってくれるのか!)」
ボールに見えたが判定はストライク。
まだツキは勝吉にある。カウントも有利になったし、そのコースを存分に使っていきたい。
「(カウントは有利。次はボールになるパームで空振りを狙うぜ)」
二球目、勝吉は何度か首を振ってから頷く。
やがてサインが決まると、セットポジションから右腕を振り下ろした。
「(やべ、低すぎた! 頼む、止めてくれ金井……!)」
放たれた球は……低めのパームボール。
白球は深く落ちていって、ベースの手前でワンバウンドしていく。
それは――誰がどう見ても、ボールだと分かる球だった。
後は捕手が止めるか逸らすかだけ。普通に考えたら、それ以外は考えられない一球だった。
しかし、次の瞬間――。
「(うーん、なんでもストライクになっちゃうし、もう全部打っちゃおーっと♪)」
驚く事に、木田はワンバウンドした変化球を綺麗に掬い上げた。
「(は……?)」
「(え……?)」
亀高バッテリーは思わず目を丸めている。
打球は決して鋭くはない。それでも、緩やかなフライはレフト線に飛んでいる。
フェンス手前まで下がっていたレフトの斎藤は、どう考えても追いつける筈がなく――。
「フェア!!」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「すげえええええええええええええ! ワンバン打ちやがった!!!」
打球は無情にもフェアゾーンに落ちて、全ての走者が一斉にスタートを切った。
篠原は悠々とホームに帰って3点目。そして――町田も三塁を蹴ってホームに突入している……!
「カット!!」
ホームには投げられず4点目。
木田の変態的なヒットで、遂に都大三高が2点のリードを奪った。
「(う、嘘だろ……)」
「(ありえねぇ……)」
亀高のバッテリーは思わず呆気に取られている。
それもその筈、今の一球は「空振るか」「見送られるか」の二択しか考えられない球だった。
にも関わらず――木田はヒットにしたのだから、その絶望感は測り知れない。
「ま、まだ2点差だし何とかなるよー!」
「こっからこっから!!」
根拠の無い励ましの声が、ベンチやスタンドから浴びせられている。
確かに2点差なら逆転は可能。しかし、亀高打線は堂前に手も足も出ず、逆に三高打線は勝吉を捉えている。
むしろ点差が広がる可能性が高いのは、誰から見ても明白だった。
「(いっつも木田が走者一掃するから打点つかねーんだよな。せっかくだし、今回は一掃させてもらうべ)」
無死一二塁となり、迎える打者は5番の大島。
木田に次いでパワーのある長距離砲が右打席でバットを構える。
幸い彼は足が遅い。併殺で流れを切りたい所だが……。
「(こうなったら小細工なしだ。とにかく力の限り全力で投げて――)」
一球目、勝吉はセットポジションから右腕を振り下ろす。
放たれた球は――高めのストレート。大島はフルスイングで打ち抜くと、打球はセンター方向に高々と上がっていった。
「わあああああああああああああああああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
沸き上がる悲鳴と大歓声。俺は打球を目で追いながら、ふとバックスクリーンを見上げる。
球速表示には「153km/h」の文字。それは――勝吉にとっては自己最速タイであり、渾身の一球なのは明白だった。
しかし――。
「入ったああああああああああああああああ!!」
「ああ……決まった……」
「やっぱ三高つええええええええええええええええ!」
打球はバックスクリーンまで飛ぶと、勝吉はその場でガックリと項垂れてしまった。
都大三002 05=7
都大亀200 0=2
【三】大金、堂前―木更津
【亀】勝吉―金井