51.完全無欠の精密機械
都大三001=1
都大亀20=2
【三】大金、堂前―木更津
【亀】勝吉―金井
3回表、二死三塁。
三高としては尚もチャンスという場面で、大島は軽々とセンター前ヒットを放った。
町田は悠々と生還して同点のホームイン。続く宇治原は中飛で打ち取るも、これで試合は振り出しに戻ってしまった。
「おっけーおっけー、まだ実質勝ってるよー」
「すぐに突き放してやろーぜ!」
都大亀ケ丘の選手達は、そう自分達に言い聞かせながらベンチに退いていく。
同点にはなったが亀高は後攻だ。同点であれば実質優位を取れている。
しかし――突破口を開けるかと言われたら話は別。3回裏も町田の精密機械が立ちはだかった。
9番の木村は147キロのストレートで見逃し三振。
岡部はチェンジアップで空振り三振し、あっと言う間にツーアウトとなってしまう。
続く斎藤も手も足もでない。サクサクと追い込まれると、バックドアの高速スライダーで見逃し三振を奪われた。
「堂前くんは流石だね。全部違う球で三振取るなんて」
「普通、調子いい配球は暫く続けるんだけどな。何時でも何投げても投げミスがないってのはデケーわ」
俺と相沢は観戦しながら言葉を交わす。
本来、制球力というのは調子に左右され易く、球種やコースによっても調子が違う場合が多い。
しかし、堂前の場合は違う。立ち上がりから終わりまで、全ての球種を内外高低に投げ分けられるのだ。
「(まじーな、これ以上はマジで失点できねぇ。先の事は考えずに全力で0で抑えんぜ……!)」
勝吉は4回表のマウンドに上がっていく。
この回は7番から。木更津には回るが下位打線なので、篠原の前に打線を切りたい所である。
と、そんな期待に応えるかのように、勝吉はギアを上げて三高打線に立ち向かった。
雨宮は大きなセンターフライ、木更津は痛烈なピッチャーライナー。
共に危ない当たりではあったが、守備の好プレーで三高の出塁を阻んでいく。
そして――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「153キロきたああああああああああああ!」
「三高の三凡はじめてじゃね!?」
堂前は153キロのストレートで空振り三振。
勝吉は自己最速を1キロ更新して、三高打線を初めて三者凡退で打ち取った。
「あと1イニングで5回コールド阻止だね」
「ああ。今の勝吉ならいけるかもな。打線次第ではワンチャン勝てるまである」
「それねー。中軸から始まるこの回に突破口を開きたいけど……」
4回裏は先制ホームランの内ノ倉から。
なんとか中軸で突破口を開きたい場面だが、ここでも堂前は隙を見せない。
内ノ倉は一塁ファールフライでワンアウト。バットには当たったが、タイミングを外されてしまった。
ヒット一本があまりにも遠い。
抜群の制球力、精度が高く多彩な変化球、そして最速148キロのストレート。
ここまで揃っているのだから、普通の高校生が打てないのも仕方がないだろう。
もはや打つ手なしか。
そう思い始めた次の瞬間――。
「わあああああああああああああああああああ!!」
「ナイバッチ!!」
勝吉は変化球に合わせると、やや山なりの打球はセンター前にポトリと落ちた。
決して綺麗なヒットとは呼べない当たり。ただ、それでも……チームの大黒柱が突破口を開いた。
「(ま、事故だな。こういうヒットは数本出るもんだし仕方ねぇ。幸いアウトくれるみたいだし、とっととやらせて終わらせるぞ)」
木更津は特に動揺する事無くマスクを被り直している。
5番の小野は初球からバントの構え。来季の4番候補に送らせるのだから、次の1点に懸ける亀高の想いが窺える。
このバントは初球こそファールになったが、二球目で決まって二死二塁となった。
「お、チャンテきたねー」
「スタンド部員の踊りも気合入ってるな」
真夏の神宮球場には、吹奏楽部が奏でる「シェリーに口付け」の音色が響いていた。
亀高の伝統的なチャンステーマ。真夏なのに白のトレーナーを着たスタンド部員も、独特な動きでダンスを披露している。
「(頼むぜ金井。本当はお前が4番だったんだからな。意地見せろよ……!)」
「(絞っちゃいけねーんだよな。くそ、運ゲーかよ……!)」
ここで迎える打者は177㎝78㎏の金井。
勝吉を支えてきた女房役が右打席でバットを構える。
ちなみに余談だが、金井は去年の春季大会では下級生ながら4番を任されていた選手だ。
しかし、明八との試合で頭部死球を受けてから、打撃の調子が狂ってしまったらしい。
勿論、今は復調してスタメンに復帰したが、その分だけ出遅れた感じも否めなかった
「(敬遠して清野のノッポをクルクルしてもいいけど、少し虐めてやっか)」
一球目、木更津は内に構える。
堂前はセットポジションから腕を振り抜くと、白球は金井の頭部に向かっていった。
「(うわあぁ!!)」
金井は思わず大袈裟に避けてしまう。
しかし――白球は弧を描いて大きく曲がると、内角高めに吸い込まれていった。
「ットライク!!」
「(あれ……? フロントドアか……)」
「(ばっきゃろう……堂前に投げミスはねーんだよ。逃げるな逃げるな!)」
フロントドアのナックルカーブが決まってストライク。
俺も昔、戸倉さん(菅尾)に同じ事をしたから人の事は言えないが……木更津の性格悪すぎるだろう。
「(そうだ投げミスはないんだ。怖がるなよ俺……!)」
シェリーに口付けの音色が流れる中、金井は右打席でバットを構え直す。
木更津のミットは再び内。悪びれる様子もなく、また内角高めを要求している。
やがて堂前はセットから腕を振り抜くと、白球は内角高めに吸い込まれていった。
今度は顔に近いストレート。
打ち気になっていた金井は、思わずバットを出してしまう。
しかし、白球は枠内に曲がらない。金井は咄嗟に避けながら、中途半端なスイングになってしまった。
「ットライク、ツー!!」
判定を求めるまでもないハーフスイングでストライク。
球速も146キロと申し分ない。というか、堂前の球速は常時145~148であり、アベレージの高さも非常に秀逸だった。
こうなってくると三振は決まったも同然。勝吉は期待しているが、観客は薄々と勘付いている。
「(あっ……!)」
「ットライーク! バッターアウト!!」
「あぁ~……打てそうになかったなぁ……」
最後は外角低め一杯の148キロで見逃し三振。
あそこまで徹底してインハイを攻められた後だと、フレーミング込みのアウトローギリギリは手が出ない。
ってか審判も少しは忖度しろよな。三球勝負はゾーンが狭くなるんじゃないのかよ。
……と、普通のジャッジをしている審判に当たっても仕方がないな。
試合はまだ同点。大量失点さえしなければ、亀高には十分なチャンスが残されている。
しかし――グラウンドの選手達はそう思っていないようで、少しずつ亀高から笑顔が消えている気がした。
都大三002 0=2
都大亀200 0=2
【三】大金、堂前―木更津
【亀】勝吉―金井