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50.秘策vs天才

都大三0=0

都大亀2=2

【三】大金、堂前―木更津

【亀】勝吉―金井

 1回裏、一死無塁。

 内ノ倉の先制ツーランが飛び出した所で、都大三高はエースの堂前を投入した。

 選手名簿によると178cm78kg。以前よりも土台が強くなり、球速と制球に磨きが掛かったらしい。


「(出たな裏ボス。とにかく何も絞らねぇ、際どい球も含めてゾーンに来た球を打つ……!)」


 ここで迎える打者は4番の勝吉。

 ノートを熟読していると考えたら、それなりに抵抗できるかもしれない。

 そう思ったのだが――。


「ットライーク! バッターアウト!」

「(くそっ、制球だけじゃねぇ。ストレートと変化球も一流だわ)」


 たった四球で空振り三振。最後は決め球のチェンジアップが決まっていた。

 三球目のストレートも148キロ。あまりにも完璧な内容に、思わず溜め息が漏れてしまう。


 結局、5番の小野も見逃し三振で2点止まり。

 まるで打てそうな気配がない。こうなってくると、この2点を守り切る野球が求められてくる。


 2回表、都大三高の攻撃。

 先頭の大島は深めのシフトで打ち取るも、続く宇治原には左中間への二塁打を許した。

 雨宮は空振り三振で二死二塁。ここで勝吉は木更津を歩かせて、途中交代の堂前をショートゴロに打ち取った。


「よっしゃー! ないすショート!」

「あざす!」

「ピッチャーもいいよ~」

「(はぁ……はぁ……しんど過ぎる。皆にはワリーけど攻撃中は座って休もう)」


 勝吉は険しい表情を浮かべている。

 この回、木更津以外にはフルカウントまで持ち込まれていた。

 結果的に0点で抑えてはいるが、非常に苦しいピッチングなのは否めない。


 一方、堂前はボール一個分の出し入れを自在に操り、亀高の打者を楽々と手球に取っていく。

 三振、二ゴロ、捕飛で三者凡退。2回裏は僅か7球で終わり、勝吉は休む暇もなくマウンドに向かっていった。


 3回表は一巡して篠原から。

 勝吉は一打席目と同様、徹底して際どい所を攻めるも、フルカウントからフォアボールを出してしまう。

 無死一塁となり続く打者は町田。此方にも先程と同様、あえてボール先行のピッチングで攻め立てるが――。


「ファール!」

「(さーてと、粘らせてもらいますかぁ)」


 町田は華麗なバット捌きで、カウントを取りに来た球をカットした。

 三高の二番なだけあって小技は非常に上手い。

 150キロ近い速球も、キレキレの高速スライダーも、楽々とカットしていく。


「……ボール、フォア!!」

「(くそっ、根負けだ!)


 結局、町田にもフォアボールで無死一二塁。

 更に荻野は手堅く送り、あっと言う間に一死二三塁になってしまった。


「さぁ僕の打席だよ勝沼くん!! 敬遠なんて野暮な真似はしないでね♪」


 ここで迎える打者は、世代最強のキチガイ様こと木田哲人。

 幸い一塁は空いている。次の大島は鈍足なので、塁を埋めてホームゲッツーを狙いたい。

 そう思ったのも束の間――。


「ファール!!」

「おおおおおおおお!!」

「あぶねー!!」


 勝吉は枠内に放ると、木田はポール際ギリギリのファールを放った。

 俺と相沢は思わず困惑してしまう。勝吉が強気なのは知ってたが……いくら何でも生き急ぎ過ぎだろ。


「(敬遠なんてしねぇよ。ボール半個分ずつ広く使って、本来ならボールの球を打たせてやる!)」


 勝吉は相変わらず攻めの姿勢。

 一方、木田は勝負してくれたからか、機嫌が良さそうに笑みを浮かべている。

 やがてサイン交換が終わると、勝吉はセットポジションから二球目を放った。


「ボール!!」


 バックドアのスライダーは枠内に届かずボール。

 それでいい。木田は四死球なら儲け物、つまり徹底したボール球が求められる。


「ボール!」

「ボール!」


 二球目、インコースの149キロは見送られてボール。

 三球目、ワンバウンドのカーブも見送られてボール。

 そして――。


「ファール!!」


 四球目、木田はインコースのストレートに手を出すと、レフト線に切れていくファールになった。

 恐らく本来ならボールかもしれない球。敬遠球を打つ木田哲人も、体ギリギリの150キロはそう簡単には打てないようだ。


「次もボール勝負だね」

「ああ。振ってりゃ儲けモンだからな」


 俺と相沢は言葉を交わす。

 なにせ相手は敬遠球ですら打つ打者だ。半端なボールだと楽々とヒットにされてしまう。

 振ってくれたらラッキー程度で、最後までボール球を貫き通したい。 


「(……あの木田を追い込んだ。ここでフォアは勿体ねぇ、アレを解禁してでも打ち取るぜ……!)」


 五球目、勝吉はセットポジションから腕を振り下ろす。

 放たれた球は――意表を突いたパームボール。緩やかな変化球は高い位置から沈んでいった。


 パームとは、人によって特徴こそ異なるが、基本的には遅い縦変化の変化球である。

 チェンジアップとの違いは落差と腕の振り。チェンジアップはストレートと同じ振りなのに対し、パームは割と露骨な変化球投げになり易い。

 ただ、その分だけ落差はある。遅く深く落ちるのがパームという変化球だった。


 データにない、そして高校生では希少価値の高い変化球。

 これは――と思ったのも束の間、木田は右手だけで白球を掬い上げた。


「わああああああああああああああああああ!!」

「ええ……片手であそこまで……」


 歓声に包まれながら、白球はライトに高々と上がっていく。

 ライトの内ノ倉は追い付きそうだが……篠原がホームインするには十分過ぎる当たり。

 やがてランニングキャッチが決まると、走者は一斉にタッチアップした。


「ふー……ようやく1点か」

「ナイス天才! 最低限最低限!」

「うーん、犠牲フライかぁ。打率は下がらないし、まぁいっか!」


 篠原は悠々と生還して犠牲フライが成立。 

 更に町田も三塁に進塁して、二死三塁という場面に変わった。


「勿体なかったな。奇襲を使って点取られるのは痛てぇ」

「まぁ犠牲フライで抑えただけ上出来ではあるけどね。ただ木田くんの適応力は凄いから、フォアで逃げられる打席を2回も潰したのは普通に痛いよ」


 結果的にまだリードしているが……状況的には大変よろしくない。

 いくら何でも手の内を見せ過ぎた。このペースだと、引き出しが尽きるのは時間の問題である。

 

「(初見であそこまで対応すんのかよ……。次の打席どうすっかな。てか、その前に先ずは大島か……)」


 マウンドの勝吉は、苦しそうな表情で汗を拭っていた。

 依然として亀高のリード。しかし、三高は何時でも逆転できると言わんばかりに背中に張り付いている。


 勝って欲しいとは言わない、せめて堂前を9回まで投げさせて欲しい。

 そう思いながら、俺は試合の行く末を見守り続けた。

都大三001=1

都大亀20=2

【三】大金、堂前―木更津

【亀】勝吉―金井

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