43.転生者対決
西東京ベスト4が決まった翌日、富士谷高校ではミーティングが行われた。
翌日には都大二高との準決勝。ここまで来ると仕方がないが、恐ろしいくらい時間がない。
幸い、お互いに見知った仲なので、要点に絞って二高の戦力を振り返っていた。
「とにかく時間がねぇ。基本オーダーから黒板に書いてくぞ」
俺は雑な字でスラスラとオーダーを書いていく。
尚、都大二高のベストメンバーは下記の通りだ。
左 ⑦髙取(3年)
右 ⑨折坂(3年)
二 ④大浦(2年)
三 ⑤相沢(3年)
一 ③湯元(3年)
捕 ②岩田(3年)
投 ①田島(2年)
遊 ⑥室井(2年)
中 ⑧戸谷(2年)
高取は将来六大学で活躍する好打者。
また、折坂は本来なら4番でエースであり、投打において高いポテンシャルを秘めている。
その後ろにはU―15の大浦、東京を知り尽くした相沢と並び、上位打線の布陣は三高にも引けを取らない。
5番の湯元、6番の岩田にもパンチ力がある。
特に岩田は大学での活躍を約束された選手で、守備も木更津に次ぐ西東京No.2との評価だ。
エースの田島は打撃も非凡。足も非常に速く、野球センスの高さが窺える。
8番の室井は投手兼任の大型ショート、9番の戸谷は188cmの長身外野手。
共に本来なら都大二中から常層学院へ流出する選手だが、一昨年の甲子園出場で流出を阻止できたらしい。
特に室井は軟式の至宝とも呼ばれていて、密かに注目する高校野球ファンは多かった。
「一昨年よりも強そうだよなー」
「なんで二高にこんな選手集まったんだよ」
「不思議っすよね。推薦ないのに」
選手達は不思議そうにしていたが……当然ながら下級生は相沢セレクションだ。
室井と戸谷の流出阻止も計算されていたらしく、だからこそ1年夏の甲子園出場に拘ったらしい。
「ま、こんなもんだな。ある程度は打たれると思うけど、それ以上に取り返すつもりで試合に挑もう」
「すっげぇざっくりしてんな~」
「何時もみたいに苦手なコースとか打球の傾向とかやんねぇの?」
「……あまりないからな。難しい事は考えず、力と力でぶつかりあった方がいい」
俺はそこまで語ると、選手達は疑問を投げかけてきた。
一応、普段は選手個々の弱点や傾向も掘り下げている。それを割愛したのを不自然に思われたのだろう。
ただ、今回の相手は相沢を擁する都大二高だ。
迂闊に裏をかこうとすると、2年前のように逆手に取られる恐れがある。
あの敗戦は今でも忘れられない。だからこそ、今回は戦力の殴り合いに持ち込む予定だった。
「次にピッチャー陣。大事なのはむしろこっちだな」
あまり深堀される前に、話題を投手陣へと移していく。
尚、都大二高のピッチャー陣は下記の通りだった。
①田島(2年) 180cm78kg 左投 MAX148キロ 2年生世代の東京No.1左腕、スライダーとスプリットのキレも抜群
⑥室井(2年) 180㎝75kg 右投 MAX140キロ 力のあるストレートを横に大きく曲がるスライダーが武器
⑨折坂(3年) 173cm74kg 左投 MAX137キロ 縦カーブ、フォーク、高速スライダー、ツーシームと多彩な変化球を扱う
⑪岸本(3年) 185cm75kg 右投 MAX142キロ 長身から振り下ろすフォークに定評がある
全体的にレベルは高いが、中でも注目なのはエースの田島だ。
左腕で最速148キロはドラフト上位クラス。スペックとしては申し分ない。
「田島って福生にボコられてたヒョロイ奴だろ?」
「成長しすぎっしょ~」
「もはや別人じゃん……」
尚、田島は去年の福生戦で初回に4点とられた1年生投手である。
当時のスペックは178㎝66㎏で最速134キロ。それが今では180㎝78㎏で148キロ出すのだから、別人だと思われても無理はない。
人生周回者は育成力も伊達ではないと痛感させられる。
「で、ここからが問題なんだけど……正直、二高の先発は読めない。だからエースで来るという固定概念は捨てて、誰で来ても驚かないように構えておこう」
「流石にエースじゃねーの?」
「どうだろう。三高には万全で挑まないと絶対勝てないから、エース温存も普通にある気がする……」
さて、ここで問題なのは、二高の先発が読めないという事だ。
本来なら準決勝は全力で挑みたい試合。ただ、相沢の打倒三高に懸ける思いは並大抵なモノではなく、エース温存という博打に出る可能性も十分にある。
こればっかりは明日にならないと分からないので、全ての投手に対応できるよう練習するしかなかった。
「……と、こんなもんだな。畦上先生と与田先生は何かあります?」
「私はないな。畦上先生は如何でしょう」
「そうですね。じゃ、少しだけ」
選手間での作戦会議が終わり、俺は教壇を後にする。
そして畦上監督が語ると、教卓に手を置いて語り始めた。
「先ずは昨日の事だが……正直、災難だったな。俺もあそこまで荒れるとは思わなかった。16失点は喫したが、あれほど狭いゾーンは中々ないと思うから、どうか投手陣は引き摺らないで欲しい。
ただ、夏は何があるか分からないという部分で、明日も予想外の展開になる可能性は十分にある。それだけは教訓として、昨日の試合を記憶に刻んで欲しい」
畦上先生は語り終えると、選手達は野球部らしく声を揃えて返事をした。
これでミーティングは終了。駆け足になったが、明日の午後には試合が始まるので仕方がない。
ここまできたら小細工なしの総力戦。力で二高を圧倒したい所だった。
「よし、他にないなら練習に行こう。バッティングからで、昨日投げたピッチャーはノースローな。明日は堂上が先発だから、堂上は自分のペースで調整してくれ」
「っしゃい~」
「ふむ……承知しました」
そんな感じで、選手達は教室から出ていった。
ただ、俺は席を動かない。何故なら――やり残した事が一つだけあるからだ。
「柏原、どうした?」
「はよ行け柏原―。明日も野手では使うからな」
取り残された指導者達は、俺を見て不思議そうな表情を浮かべている。
俺は生徒達が消えたのを確認してから、席を立って扉のカギを内側から閉めた。
「えっと……ちょっと3人でお話いいですか?」