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40.勝負あり

明仲八612 110 5=16

富士谷613 125=18

【明】後田、黒島、羽山―舞岡

【富】柏原、中橋、芳賀、柏原―近藤

 7回表、無死満塁。

 同点の走者を二塁、逆転の走者の一塁に置いて、都築の打順を迎えていた。


「……」


 感情を失った彼は、虚空を見つめながらバットを構えている。

 前の打席はトリプルプレー。感情が死んでいるが故に、精神的にどこまで効いてるかは分からない。

 駆け引きはやるだけ無駄かもな。とにかくカウントを有利にしていこう。


「ットライク!」


 一球目、フロントドアの高速スライダーは見逃されてストライク。

 感情が無いとの噂の彼だが、チームぐるみの四球狙いには参加しているようだ。

 次も入れに行こう。但し、ストレートは使わない。


「ットライーク!」

「……」


 二球目はバックドアのスクリュ―。これも見逃されてストライクになった。

 本来なら狙われても可笑しくないコース。しかし、明八の3年生は狭いゾーンに順応済みなので、二球共に見逃してくれた。

 

 さて、問題はここからである。

 今の二球のような球だと、またカットされるに違いない。


 琴穂の為にも三球で仕留めたい場面。

 しかし「急がば回れ」という言葉があるように、強引に勝負して打たれたら本末転倒だ。

 ここは四球狙いを逆手にとって、ボール球を有効に使っていく。


「ボール!」

「ボール、ツー!」

「ボール、スリー!」


 三球目から五球目は、何れも逃げる変化球でフルカウントとなった。

 一球も手を出さないあたりは流石5番。感情は失っていても、強打者らしい選球眼を持っている。

 

 ただ、これで舞台は整った。

 ボール球を見逃せばフォアボール。その心理を突いて、本日のゾーンギリギリを狙っていく。


 六球目、俺はセットポジションから左足を上げた。

 狙いは内角高めのストレート。最短でミットに届く球を、一番マシなゾーンに投げ込んでいく。

 右サイドから右打者のインハイは近く感じるので、四球狙いの待ち方だと反応しきれない筈だ。


 テイクバックを取る都築、全身全霊の力で腕を振り抜く俺。 

 白球は構えた所に吸い込まれていくと、都築は少し体を引いて見逃した。


「……!」


 ミットの位置は完全にストライク。ただ、今日のゾーンだと分からない。

 果たして、主審の判定は――。

 

「ットライーク! バッターアウッ!」

「おおおおおおおおおおおお!!」

「151キロきたー!!」

「え、サイドだよね? やばくね??」

 

 右腕が上がって見逃し三振。

 ふとバックスクリーンを見上げると「151km/h」と表示されていた。


 ストライクゾーンが狭い中で、ようやく見逃し三振が取れた。

 これは非常に大きい。流れが此方に戻ってくるし、明八のバットも出易くなるだろう。


「(今のは偶然かも分からないなぁ。柏原でもないから分からん)」


 続く打者は後田。東京選抜で共闘した彼は、左打席でバットを構える。

 恐らく簡単には振ってこない。ゾーンの狭さは相変わらずなので、追い込まれるまでは待ってくる筈だ。


 一球目、俺は内角のストレートを放っていく。

 右サイドから左打者の懐へクロスする球。後田はバットを止めると、白球は構えた所に吸い込まれていった。


「ットライーク!」


 149キロのストレートはストライク。

 本来なら少し甘めの球だが、後田は反応が遅れているように見えた。

 やはり待ちの構えは変わらない。続けてみる価値は十分にある。


「ファール!!」

「(うーん、タイミングが分からないなぁ。サイドで150キロなんて見た事ないから分からん)」


 二球目も内角のストレート。これは当てられてファールになった。

 予想に反して振ってきたが……だいぶストレートに意識が寄っているな。

 となると、三球勝負を仕掛けるならココしかない。


 三球目、俺は包み込むようにボールを握った。

 やがてセットポジションから投球モーションに入ると、ストレートを投げる意識で腕を振り抜いていく。

 白球はド真ん中に吸い込まれていくと――。


「(これはストレート……じゃないかも分からん……!)」


 ブレーキの掛かった球は、打者の手元で沈んでいった。

 後田は完全にタイミングを外されている。合わせるようにバットを出すも、フォームを崩しながら盛大に空振った。


「ットライーク! バッターアウッ!」


 最後はド真ん中から沈むサークルチェンジで空振り三振。

 内外高低の投げ分け、縦横の変化が機能しないなら、緩急を使った「奥行き」で勝負すればいい。

 狭いゾーンを物ともせず、連続三振で二死満塁となった。


「(え、これ俺に打てるのか……?)」


 続く打者は2年生の進藤。

 6人いる明八四天王の打順も終わり、7番以降は打力が大幅に落ちる。

 ここまで来たらこっちのものだ。力量差でゴリ押せる。


「ットライーク!」

「ットライーク、ツー!」


 一球目、二球目はストレートでストライク。

 あっという間に追い込むと、俺はボールを挟み込んだ。

 

 ゾーンが狭いなら、ゾーンに来ても打てない球を投げればいい。

 三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜く。白球は真ん中に吸い込まれていくと、進藤の手元で鋭く沈んでいった。


「ットライーク! バッターアウト!」

「おおおおおお! やっぱ柏原すげー!」

「これはドラ1」

「明八ここまでだな。勝負あったわ」


 進藤はバットを出すも、白球はその下を潜って空振り三振。

 最後は得意のスプリットで、絶体絶命のピンチを切り抜けた。


「やりゃ出来るじゃないっすか」

「ひゅ~、彼女の危機を救ったな~!」

「ああ」


 内野陣に煽てられながら、俺は一塁側ベンチに退いていく。

 尚、琴穂の姿は見えなかった。恐らく、無事トイレに向かったのだろう。


「ふー……。ぎりっぎりで間に合ったよぅ。今回はホントにヤバかったっ……!」

「よしよし、よく頑張ったな」

「竜也もねっ」


 その後、琴穂とはお互いに大ピンチを脱した事を労った。

 やはり琴穂は本物に限るな。もうパチモンには惑わされないし、手元が狂う事もないだろう。

 今度こそ、もう何度目かも分からないが、勝利への流れをグッと引き寄せた気がした。


明仲八612 110 5=16

富士谷613 125=18

【明】後田、黒島、羽山―舞岡

【富】柏原、中橋、芳賀、柏原―近藤

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