35.致命的な欠陥
明仲八612 110=11
富士谷613 122=15
【明】後田、黒島、羽山―舞岡
【富】柏原、中橋、芳賀―近藤
夕暮れに染まりつつある明治神宮野球場では、ブラスバンドが奏でる「上からマリコ」の音色が響いていた。
一死二塁、ここで迎える打者は代打の戸田。春までは某剣芯のOP曲だったが、流行りの応援曲に変えたらしい。
「(こういう試合で使われたのは初めてだな。このチャンス、絶対に活かすぜ)」
久々に登場した戸田は気合が入っている。
下級生としては貴重なアピールの場。きっと積極的に振りたいに違いない。
ただ、ここで冷静になれるのが戸田である。
彼は冷静に見極めていくと、フルカウントまで持ち込んだ。
そして――。
「わああああああああ!」
「ナイバッチ!!」
最後は甘く入ったストレートを見事に捉えた。
打球は二遊間を抜けるセンター前ヒット。近藤は三塁で止まり、一死一三塁になった。
「あいつスリーボールから打ちましたよ! これは懲罰交代モンっすね!」
「そりゃ真ん中に来たら打つでしょう。陽ちゃんは内野の頭越せないからカットするしかないけど」
「内野くらい越せるわ!」
京田は必死に畦上監督にアピールしている。
やはり打力は戸田の方が上。大川だとボール球を振りそうなので、戸田を起用したのは大正解だ。
昨秋の三塁コンバートブームも無駄じゃなかったと痛感させられる。
「ボール、フォア!」
続く芳賀は選んでフォアボール。
当たれば飛ぶ系の彼だが、意外と選球眼は悪くない。
鈍足の芳賀に代走はなし。7回表も続投する方針なのだろうか。
これで一死満塁。渡辺、津上の好打順を迎える。
渡辺はレフトライナーで打ち取られたが、続く津上はサード強襲の内野安打で更に1点を追加した。
『4番 レフト 柏原くん。背番号1』
二死満塁、5点リードの場面で俺の打席が回ってきた。
もう何度目かも分からない「さくらんぼ」の音色が流れる中、右打席でバットを構える。
さて、二塁走者が生還すれば7回コールド点差という場面。
ここまでくれば、このクソ試合の結末も見えてくる。
ただ、明八サイドも簡単には譲ってくれないだろう。
「……」
マウンドの羽山は虚空を見つめている。
カギを握るのはこの投手だ。果たして「誰」を出してくるか――。
「(っし、舞台が整ったみてーだな)」
羽山はロジンバックを拾うと、此方を見つめたままロジンを遊ばせる。
そして大袈裟に投げ捨てると――嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべた。
「柏原少年、今度こそ決着つけようぜ」
これは……かつて俺達を苦しめた伏兵・福生の森川さんだ。
わざわざ台詞まで放って再現している。真似する技術は勿論、バリエーションの豊かさも尋常ではないな。
「(この激アツの状況で四球乞食なんてしねーよなぁ?)」
マウンドの羽山はセットポジションに入る。
四球でも押し出しで1点の場面。ここは無理して打つ必要はない。
しかし――それでも俺は、初球を狙い打つつもりでいた。
というのも、俺は羽山の致命的な欠陥……というか弱点に気付いたのだ。
これは狙ってみる価値がある。いや、相手の心をへし折る為にも、絶対に打って取りたい場面だった。
「(あの時と同じ二死満塁……。今度は俺が勝つ……!)」
羽山はセットから投球モーションに入った。
俺はテイクバックを取ると、ある球種に絞って懐に呼び込む。
その球種は――。
「(どうせスローカーブだろ……!)」
俺は心の中で叫ぶと、緩やかな球は弧を描きながら、ド真ん中に吸い込まれてきた。
狙い通りのスローカーブ。俺は合わせるようにバットを振ると、芯で捉えた打球はサードの頭上を越えていった。
「フェア!!」
「わああああああああああああああああああああ!!」
大歓声に包まれながら、打球はサードの後方でワンバウンドする。
三塁走者の戸田は悠々とホームイン。そして――。
「セーフ!」
「ナイスラン!!」
二塁走者の芳賀も生還し、レフトへの2点タイムリーヒットとなった。
「ナイス初球打ちっすね!」
「ああ」
一塁に留まった俺は、バッティンググローブを夏樹に投げ渡す。
やはり思った通りだ。羽山の致命的な欠陥がある。
その欠陥とは……マネする投手で球種がモロバレという事だ。
誰のマネをするにせよ、普通に考えたら得意球を再現するに決まっている。
森川さんなら外角低めの直球とスローカーブ。ただ、羽山のモノマネは変化球の精度は高い一方で、球速や制球力の再現度は低かった。
となると、森川さんのマネでストレートは放らない。自ずとスローカーブに絞れる訳だ。
さて、これで7点差。7回表を抑えればコールドゲームが成立する。
ゾーンを考えると0で抑えるのは厳しいので、このまま10点差まで持っていきたい。
早ければ堂上のスリーランで試合が決まるが……。
「左用のグラブ持って来いって」
「ついに羽山の左を解禁だな! これで後続を抑えられる確率……97%だぜ!」
ここで羽山は、右から左にスイッチしてきた。
明仲八612 110=11
富士谷613 125=18
【明】後田、黒島、羽山―舞岡
【富】柏原、中橋、芳賀―近藤