33.明八らしさ爆発(前)
明仲八612 11=11
富士谷613 12=13
【明】後田、黒島―舞岡
【富】柏原、中橋―近藤
狭いゾーンでの点取り合戦は、その後も順調に続いていった。
明八が点を取っては富士谷が取り返す。試合はその繰り返しで、拮抗した乱打戦が続いている。
5回を終了した時点で13対11。なんとか2点のリードは奪ったが、試合開始から2時間以上の時間を使ってしまった。
「いつ終わるんだこれ……」
「第4試合の終了時間すごいことになりそう」
「奥多摩の人帰れねぇ」
「(いねぇだろ)」
時刻は既に17時。本来なら第4試合が始まっている時間だ。
俺達は勿論、待たされている第4試合の選手達や、朝から観戦している高校野球ファンも疲労困憊に違いない。
『都立富士谷高校。選手の交代をお知らせいたします。ピッチャーの中橋くんがセンターに入り、センターの野本くんに代わりまして、芳賀くんがピッチャーに入ります』
さて、6回表の守備だが、ここで畦上監督は芳賀を送り込んだ。
中橋は100球以上投げているし仕方がない。狭いゾーンで明八相手に良く投げた方だと思う。
彼は本来なら明八に進学する選手なので、その因縁も奮起材料になったのかもしれない。
尚、中橋を残して野本を下げた理由については、恐らく選球眼を優先しての事だ。
もう一つ、この試合においては投手の数もモノを言う。いざという時の再登板にも備えて、中橋を残すに至ったのだろう。
「おお、芳賀が出てきた!」
「でけぇ」
「きたきた。芳賀はやるよ」
芳賀がマウンドに上がると、客席からは少しだけ騒めきが巻き起こった。
中学時代から有名な大型左腕。肩書や長身投手を好む通達にとって、芳賀の登板はエンタメ性の高い演出だ。
勿論、畦上監督としては勝利の優先した起用であり、見世物として登板させた訳では無いと思うが。
と、期待されながら登場した芳賀だったが、言うまでもなく苦しい立ち上がりになった。
フォアボールとヒットで無死一二塁。ストレートこそ自己最速の142キロを記録したが、狭いゾーンに苦しめられている。
結局、続く舞岡にもフォアボールを許してしまい、無死満塁のピンチを背負ってしまった。
「……」
無死満塁、ここで迎える打者は、家族と感情を同時に失った都築である。
前の打席はレフトオーバーの二塁打。本日のゾーンを差し引いても振れている打者だ。
もう1点は仕方がないので、走者一掃の長打だけは絶対に避けたい。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
一球目、二球目は外角に外れてボール。
そして迎えた三球目、変化球が少し甘めに入ると――。
「ファール!!」
レフトポール際、あわやホームランという大ファールを飛ばされてしまった。
やはり制球が定まっていない。中橋とは違い元からノーコンなので、より一層と四死球が増えそうな予感がする。
ただ、疲労を考えたら中橋もバッピ状態。俺と堂上を温存する前提だと、ここは芳賀に任せるしかなかった。
「(柏原さんや中橋はこのゾーンで投げてたのか……。無理だ入る気がしない)」
「(いい球は来てる。自信もって内角に投げてこい)」
聞き飽きたハイパーユニオンが流れる中、近藤は思い切ってインローに構えた。
今日はアウトコースが死んでいる。抑えたいなら内角に投げ切るしかない。
「(頼む……! 入ってくれ……!)」
四球目、芳賀はセットポジションから左腕を振り下ろした。
放たれた球はストレート。白球は構えた所、内角低めに吸い込まれていく。
そして次の瞬間――都築はバットを振り抜いてきた。
「わああああああああああああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
捉えた音が聞こえたのも束の間、鋭い打球は一瞬で京田のグラブに収まっていた。
サードライナーでワンアウト。それだけでなく、各走者も飛び出している……!
「おらぁ!」
「アウト!!」
京田はサードランナーにタッチしてツーアウト。
そのまま流れるような動きで二塁にもボールを投げた。
「アウト!」
「セーフだ!」
左腕を伸ばす渡辺、足から滑り込む黒島。
果たして、二塁審の判定は――。
「アウト!!」
「えええええええええええええええええ!?」
「トリプルプレーて……さすが明八……」
明八としては痛恨、富士谷としては超ラッキーな三重殺でスリーアウト。
芳賀が持っていたのかは分からないが、遂に超乱打戦のスコアに0を刻んだ。
「ナイスピッチ! ナイスサード!」
「うおおおおおおおコレ絶対モテるだろ!! 新学期が楽しみ過ぎる!」
「その頃には忘れてますよ、モブサードのプレーなんて」
どう考えても運だけで抑えたが……この0は非常に大きい。
裏の攻撃で突き放せばコールドも見えてくる。いや、流れを味方に付ければ6裏で決めるのも不可能ではない。
5回を終えても終わりが見えなかったクソ試合。
そんな中、持っている芳賀のピッチングで、一筋の光が見えた気がした。
明仲八612 110=11
富士谷613 12=13
【明】後田、黒島―舞岡
【富】柏原、中橋、芳賀―近藤