32.内攻め合戦
明仲八6=6
富士谷6=6
【明】後田―舞岡
【富】柏原、中橋―近藤
真夏の明治神宮野球場では、1回終了時点で6対6という馬鹿試合が展開されていた。
当然、初回の攻防で1時間は使っている。時刻は既に15時30分を過ぎていて、グラウンドには影が掛かりつつあった。
「やあ凡人の諸君! この回もボッコボコにしてあげるから覚悟してね♪」
2回表、明八の攻撃はモノマネの達人こと羽山から。
世代最強打者の木田哲人を再現しながら左打席に入った。
「(うわぁ、構えまでソックリじゃん。俺、木田さんにコールドのサヨナラホームラン打たれてるんだよなぁ……)」
マウンドには左サイドの中橋。
狭いゾーンに苦しみながらも、内角を果敢に攻めて1回表の攻撃を終わらせている。
残りの投手は殆ど粗削り本格派なので、出来る限り中橋で堪えたい所だ。
「……ボール、フォア!」
しかし、そんな思いとは裏腹に、中橋はストレートの四球を出してしまった。
木田の雰囲気に圧倒されたのだろうか。この打席に関して言えば、ゾーン関係なく一球も入っていなかった。
「(クックックッ……此奴も時間の問題だな。同じ左サイドの我が引導を渡してやろう)」
これで無死一塁、何か拗らせている黒島の打席を迎える。
1点が軽いとはいえ連続四球は避けて欲しい場面。その初球――。
「ットライーク!」
今度は左打者の胸元にストレートを決めてくれた。
球速表示は128キロ。決して速くは無いが、コースに決まればそう簡単に打てる球ではない。
本日はこのインコースを有効に使いたい所。
というのも――滝山さんの激狭ゾーンにおいて、インハイが最も高校野球のゾーンに近いからだ。
高校野球のゾーンは外角と低めを広めに取る傾向がある。
一方、球審の滝山さんはプロ基準かつ狭めのゾーンであり、高校野球特有の外角と低めを撤廃した上で、更に狭めに取っている。
つまるところ、内角と高めは一段階、外角と低めは二段階ほど狭いゾーンになっているのだ。
二段階も狭い外角は、金属バットであれば簡単に引っ張れてしまう。
一方、一段階だけ狭い内角なら、詰まらせる事は可能だし空振りも狙える。
だから今日は内角、特にインハイで決めに行くピッチングが求められていた。
「アウト!!」
「(ック……こんな時に古傷が痛むとは……)」
その後も、中橋は果敢に内角を攻めて、黒島をセカンドゴロに打ち取った。
走者は進んで一死二塁。この調子で内角を攻めて打ち取って行きたいところ。
しかし、そう簡単に出来たら苦労しないのが高校野球という競技である。
「デッドボォ!!」
続く舞岡には腰に当ててしまいデッドボール。
内角攻めは死球のリスクが高く、また甘く入ると一発を浴びる危険性がある。
なにより打者が近く投げ辛いので、外角攻めに比べて安定しないのが実情だった。
結局、この回はノーヒットで抑えるも、押し出しで1点を失ってしまった。
攻守が変わって2回裏、ここで明神大仲野八玉はライトとピッチャーを入れ替える。
何も分からない後田から、中二病の黒島への継投に入った。
「お、ピッチャー変わった」
「エビルドライブ投げる人だ……」
黒島は中橋と同じ最速130キロ前後の左サイド。
持ち球も似ていて、エビルドライブ(スライダー)とダークフォール(シンカー)を得意としている。
ただ、同じタイプかと言われたら話は別。似て非なる投手だと思った方が良い。
厳密に言うと、黒島の方がボールに速さとキレがある。
逆に制球や出所の見辛さは中橋の方が上。つまり中橋は技巧派の左サイドであり、黒島は本格派の左サイドなのだ。
さて、渡辺から始まる2回裏の攻撃だが、黒島の内角攻めに苦戦を強いられた。
当然ながら相手もゾーンに対応してくる。渡辺は死球で出塁できたが、津上はフルカウントからの見逃し三振で倒れた。
『4番 レフト 柏原くん。背番号 1』
一死一塁、さくらんぼの音色が響く中、俺は右打席に入った。
ゾーンを考えたら無理に打たなくても良い場面。ただ、内角攻めてくると分かっているので、ここは当てられる前に打ってしまおう。
「来たな柏の字。我のエビルドライブ、打てるモノなら打ってみるがよい」
マウンドの黒島は、ボールを見せつけるようにして挑発してくる。
どうせリードするのは舞岡だ。コイツの球種宣言は微塵も考慮しなくていい。
その上で、狙い球を絞るなら――球種は絞らず内角を捌く事だけを考える。
四死球が嵩むと考えたら無理に長打を狙う必要はない。外野も長打警戒で下がっているし、サードの頭上を抜くイメージで内角を捌く。
「(どうせ見てくるだろ? 初球はストレートで取りに行こうぜ)」
「(いや、ここはエビルドライブで勝負だ。我を信じろ)」
「(やっぱ決め球投げたいのか? 当てるなよ?)」
黒島は二つ目のサインに頷くと、セットポジションの構えに入った。
俺には分かる。これは間違いなくエビルドライブが投げたくて首を横に振ったのだと。
やっぱり球種も絞ってしまうか。カウントには余裕があるしスライダーを狙う。
「(刮目せよ! 邪球エビルドライブ!)」
一球目、黒島は左サイドから腕を振り抜いてきた。
放たれた球は――内角に食い込むスライダー。今日のゾーンならボールになりそうだったが、俺は勢いそのままに振り抜いた。
「フェア!!」
「わああああああああああああああああ!!」
「入った!!」
捉えた当たりは狙い通りサードの頭上を越えると、白球はレフト線ギリギリの所でワンバウンドした。
俺はバットを投げ捨てて一塁へ向かう。レフト羽山のフィールディングが良かった事もあり、渡辺は二塁をオーバーランした所で足を止めた。
「(バ、バカな……我のエビルドライブが打たれただと……? やはりダークフォールを解禁するしかないと言うのか……!)」
レフトへのシングルヒットで一死一二塁。黒島は何故か膝を付いて左手で顔を抑えている。
なにはともあれ、ご自慢のエビルドライブ()は攻略。後田と同様、黒島には早い内に引っ込んでもらおう。
「ボール、フォア!」
「また押し出し……」
「長くなりそうだなぁ……」
その後、堂上のレフト前ヒットと鈴木の押し出し四球で1点を追加。
依然として、お互いに同じ点数を取り合う展開が続いていた。
明仲八61=7
富士谷61=7
【明】後田、黒島―舞岡
【富】柏原、中橋―近藤