29.逃れられぬバカ試合
明仲八=0
富士谷=0
【明】後田―舞岡
【富】柏原―近藤
炎天下の明治神宮野球場では、明八のチャンステーマ「ハイパーユニオン」が流れていた。
附属大学の応援歌としてお馴染みの曲。球場も六大学リーグのホームなので、より一層と名門らしい雰囲気に包まれている。
ユニの腕袖に書かれた「八王子」さえ隠せば、明神大学と試合しているような感覚を感じられた。
『4番 キャッチャー 舞岡くん。背番号 2』
一死一三塁、ここで迎える打者は4番の舞岡秀太。
彼は総合的に見たら、明八で一番バッティングの良い打者だ。
また俊足の左打ちでもあるので、併殺崩れの1点にも気を付けたい。
さて、この舞岡だが……実のところ、明るみになっている弱点がある。
というのも、彼は低めを掬い上げるのは上手い反面、高めを叩き飛ばすのは苦手としていて、正史の準々決勝でもそこを突かれていた。
これは1年の6月頃に行った練習試合でも触れているので、覚えてる人も居るのではないだろうか。(1章12話参照)
「(舞岡は高め……だっけ?)」
一球目、近藤の構えは内角高めのストレート。
多少は甘くなっても良いので、ゾーンの球を打たせる算段だ。
明確な弱点がある以上、徹底的に高めの突いて確実に打ち取りたい。
俺はセットポジションの構えに入ると、テンポよく腕を振り抜いていった。
白球は構えた所に吸い込まれていく。舞岡は手が出ず見逃したが――。
「ボール!」
これは外れたという判定でボールになった。
もう少し中寄りのイメージか。普通なら首を傾げる判定だが、だいぶ激狭ゾーンにも慣れてきたな。
「(外角高めは怖いし続けるか?)」
近藤のサインは再び内角高めのストレート。
流石に高めの変化球は怖いので、高めには徹底してストレートを投げ込んでいく。
これでストライクが取れたら、低めの変化球で空振りを誘い込みたい。
「(高め苦手って思われてる? また来るか?)」
舞岡は再びバットを構える。
その姿は、いかにも打ちそうな雰囲気があり、高めに投げようとすると恐怖心を感じてしまう。
何時もより中寄りとなれば尚更だ。ただ、これは間違いのない弱点なので、勇気を持って投げ込みたい。
三球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
放った球は内角高めのストレート。やや制球重視だが、しっかり構えた所に吸い込まれていく。
そして次の瞬間――舞岡は迷わずフルスイングでバットを振り抜いてきた。
「ライト!!」
高々と上がったフライはライト後方に飛んでいく。
タッチアップには十分な当たり。滞空時間の長いフライが空を舞い続けている。
「あれ?」
「おお!?」
打球はまだ落ちてこない。
ライトの堂上はフェンス手前まで辿り着くと、クッションに右手を付きながらグラブを構えた。
予想以上の打球の伸びに、客席からの騒めきも段々と大きくなっている。
「おおおおおおおおおおおおおお!?」
「え、これ入る!?」
まだだ、まだ落ちてこない。
堂上は完全に空を見上げている。不味い――と思った時には、騒めきが大歓声に変わっていった。
「わああああああああああああああああああああああ!!」
「入った!! 嘘だろ!!」
打球はライトのポール際、フェンスのギリギリを超えていった。
まさかのスリーランホームラン。あまりの出来事に、俺も思わず言葉を失ってしまう。
「(2年間も弱点を放置するほど俺は甘くぬぁい!)」
一方、舞岡はドヤ顔でダイヤモンドを一周していた。
苦手としていた高めの球をスタンドイン。打ち上げた打球とはいえ、正史の舞岡なら絶対に打てない球だった。
2年前、徹底して弱点を突いた結果、バタフライエフェクトが起きて弱点を克服したのだろうか。
くそ……ある程度は覚悟していたとはいえ、恐ろしく思うように試合が進まないな。
ただゾーンは何となく判明したし、配球の方針も定まった。もう一つ、ここまでの明八は出来過ぎているに過ぎず、このペースで打ち続けられるとは思えない。
ここから先は、全部真ん中に投げる勢いで、緩急と球種の分散で抑えていく。
あと3~4点は取られる覚悟になるが、このゾーンなら、富士谷も15点くらい取れるし問題ないだろう。
「タイム!」
と、脳内で考えていると、ベンチから夏樹が飛び出して来た。
伝令のタイムだろうか。走者一掃された直後には不要だと思うが……。
「ん……?」
そう思ったのも束の間、夏樹はマウンドではなく主審の元へ走っていった。
何やらヒソヒソと言葉を交わしている。やがて会話が終わると、主審の滝山さんはバックネット付近まで走っていった。
そして――。
「柏原レフト、中橋ピッチャーで!」
「え……?」
ベンチの選手から交代を告げられると、俺は思わず言葉を溢してしまった。
恐る恐る一塁側ベンチに視線を向けてみる。するとそこには――目を泳がせて、明らかに動揺している畦上監督の姿があった。
明仲八3=3
富士谷=0
【明】後田―舞岡
【富】柏原、中橋―近藤