表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
465/699

27.四番

都大二003 200 110=7

国修館001 010 002=4

【都】折坂、室井、田島―岩田

【国】草薙、石井、常盤―清水

 炎天下に包まれた明治神宮野球場には、ブラスバンドが奏でる「VICTORY」の音色が響いていた。

 9回裏、3点差、そして二死満塁。ホームランが出れば逆転サヨナラであり、球場は大いに盛り上がっている。


『都東大学第二高校、選手の交代をお知らせいたします。レフトの折坂くんがライト、ライトの戸谷くんがセンター、センターの田島くんがピッチャー、ピッチャーの室井くんがショート、ショートの樋口くんに代わりまして、宮本くんがレフトに入ります』


 凄まじく長い交代のアナウンスが流れると、投球練習を終えた田島はロージンバッグを軽く叩いた。

 ブルペンで練習できていない中での緊急登板。投球練習で7球投げたとはいえ、まだベストな状態とは程遠いに違いない。


『只今のバッターは、4番 ショート 宮城くん』

「……プレイ!」


 審判の合図と共に、4番の宮城が左打席に入る。

 彼は高校通算28本塁打。これは遊撃手としては十分な長打力であり、打高の神宮球場でなら柵越えを期待できる数字だ。

 この勝負所で一発を出せるか。観客は勿論、スカウトも注目している場面だった。


「(……4番の俺が最低でも同点まで持ってく。水谷じゃたぶん打てねぇ)」


 宮城はバットを長めに握って構えに入る。

 4番らしい長打狙い。ただ、外野は深めに守っていて、一塁走者をホームに返さない姿勢だ。

 こうなってくると、走者一掃の長打は厳しくなってくる。一塁走者を返すには柵越えしかない。

 

「(まだ投げ込み不足だろうしな。球速表示で簡易的に調子を計れるし、ボールのストレートを放らせとこう)」

「(たくさん牽制入れて肩作れって言われたけど……牽制とピッチングじゃ全然違いますよ)」


 田島は執拗に牽制を入れてから、ようやく一球目を放ってきた。

 外角高めのストレート。宮城は悠々と見逃すと、球場が少しばかり騒めいた。


「ボール!」

「おおおおおー!!」

「(はっや……これで2年かよ。よく二高なんて入ったな)」


 球速表示には「146km/h」と表示されている。 

 2年生左腕としてはトップクラスの球速。いや、この時代なら、3年生でもドラフト上位候補になり得る数字だ。

 ただ、西東京の面々は宇治原の160キロに慣れている。146キロ程度では動揺しないのも事実だった。


「(よし、球速は出てるな。次は変化球も試そう)」


 二球目、岩田はスライダーのサインを出した。

 田島は要求通りに投げ込んでいく。しかし、構えた所から大きく外れると、これも悠々と見逃されてしまった。


「(次もボールならフォア狙いでいいな。後続も選ぶくらいはできるだろ。ただ、もしストライクが来たら……打つ!)」

「(変化球の調子はイマイチだな。最悪フォアにする覚悟で、直球でカウントを整えるか)」


 ファーストストライクを狙う宮城、外角低めのストレートを要求する岩田。

 田島は要求通りに投げ込むと、直球は外角低め、少しだけ真ん中寄りに吸い込まれていった。


「ファール!」

「おおおおー!!」


 宮城はバットを出すも、打球はバックネットに飛んでファール。

 一球ごとに緊張感が走り、客席からは歓声が上がる。田島は登板直後にも関わらず、顔中が汗まみれになっていた。


「(よしよし、当たるな)」

「(変化球が使えない以上、ここは内外の投げ分けで追い込むしかない。甘くなるなよ田島)」


 手応えを掴む宮城に対し、岩田はミットを内に構えている。

 都大二高バッテリーも宮城で終わりにする姿勢。三塁走者は返しても良い……なんて甘い考えは持ち合わせていない。

 ここで簡単に出塁を許すと、国修館の流れは更に加速する。エースが出たこのタイミングで断ち切りたいのだ。


「(右膝を打ち抜くイメージでいこう。本当に当たったら……すいません!)」


 四球目、田島はセットポジションから左腕を振り下ろした。

 白球は宮城の膝元、やや真ん中寄りに吸い込まれていく。

 そして次の瞬間――。


「(……もらいっ!)」

「わあああああああああああああああああああああああああ!!」


 宮城は迷わずバットを出すと、客席からは大歓声が沸き上がった。

 捉えた打球はライトのポール際に飛んでいる。ライトの折坂は追い掛けるも、クッションに左手を付いて空を見上げた。


 マスクを捨てて打球を見上げる岩田、走りながらも打球を横目で追う宮城。

 果たして、白球の行方は――。 


「ファール!!」

「ああ~……」

「あぶねぇ~……」


 一塁審からファールが告げられると、客席からは安堵と落胆の息が漏れた。


「(っちぇ、あと少しでヒーローだったのに)」


 宮城は苦笑いを浮かべながら左打席に戻る。

 追い込まれたが余裕の表情。田島の直球を捉えた事で、むしろ自信を付けていた。


「(危なかったけど……これで追い込んだな。ストレート狙いだったし、ここで外スラが決まれば絶対に打てねえ)」


 五球目、岩田は外のスライダーのサインを出す。

 140キロ台のインコースの後に外のスライダー。これが決まれば宮城と言えど捉えられない。

 しかし――。


「ボール!!」


 田島のスライダーは大きく外れてしまい、2ストライク3ボールのフルカウントになってしまった。


「(スライダーは入らねーな。ストレート一本でいくぜ)」

「(これで完全にストレート一本に絞られた。ただ逆を言えばスライダーは捨ててくれた筈。最悪、三塁走者は返せるし、ここはスライダーを続けるぞ)」


 宮城の狙いはストレート。一方、岩田は裏をかくように外のスライダーを要求する。

 これで勝負の行方はスライダーの出来に託された。そう思われた次の瞬間――。


「(ん、嫌なのか?)」

「(投げてもボールかゲロ甘っす。コースも球威も完璧に投げるんで、ストレートでいかせてください)」


 田島は首を横に振って、外のスライダーを否定した。

 投球練習不足の中で、田島本人から下された「スライダーは使えない」という判断。

 他の球種にも頼れない以上、こうなってくると岩田はストレートを要求せざるを得ない。


「(絶対に甘く入るなよ。アウトローに決まれば宮城のパワーじゃ長打にはならねぇ)」


 岩田はサインを出し直すと、田島はコクリと頷いた。

 遂に迎えた七球目、田島はセットポジションから足を上げる。


「(フルカンだし長打になれば同点か。とにかく遠くにかっ飛ばすぜ……!)」


 そして――全ての走者がスタートを切ると、田島は左腕を振り下ろした。

 白球は構えた所、外角低めに吸い込まれていく。宮城は思い切って踏み込むと、迷わずバットを振り抜いていった。


「わあああああああああああああああああああああああ!!」


 その瞬間――大歓声が沸き上がると共に、会心の打球はセンター方向に飛んで行った。

 角度的には入っても可笑しくない当たり。後進していたセンターの戸谷は、クッションに右手を付いて空を見上げる。


「(入れ……!)」

「(入るな……!)」

「(戸谷、捕ってくれ……!)」


 打球を横目で追う宮城、祈るように打球を見上げる岩田と田島。

 やがて白球は落ちていくと、ちょうどフェンスの辺りで消えていった。

 果たして、打球の行方は――。


「アウト!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「あぁ~……」


 戸谷のグラブの先にギリギリで収まっていた。

 すぐ先の電光掲示板には、飲料水会社の広告と共に「148km/h」と表示されている。

 田島としては自己最速タイで押し切った形。そして宮城としては、ほんの僅か、あと数メートルだけ届かず、センターフライになってしまった。


「いい試合だったぞー」

「国修館ナイスファイト!」


 国修館の選手達が泣き崩れる中、客席からは拍手と労いの声が飛んでいる。

 ベース付近、ベンチ、そしてネクスト。至る所で茶色の縦縞の選手達が涙を流していた。


「(……これで嫌々ながらも中軸を任された高校生活も終わりか。4番を任されるのは人生で今日が最後だろうな)」


 他の選手が泣き崩れる中、宮城は一二塁間でバックスクリーンを見上げている。

 彼は非常に足が速い選手。にも関わらず、国修館では消去法で中軸を務め続けていた。


 当然、上のステージでは適性のある打順に戻される。

 恐らく……いや間違いなく、4番を打つのは今日が最後になるだろう。


「(ま、4番も悪くなかったな。注目されるし、自分でランナーを返せるし、ホームラン打てれば気持ちいいし……)」


 やがて宮城はヘルメットを脱ぐと、その場で落として両手を膝に付く。


「(畜生……もう少しだけ……4番やりたかったなぁ……)」


 そして右手を顔に当てると、他の選手と同様に泣き崩れた。

 準々決勝の第2試合はこれにて終了。劇的な展開に観客のボルテージも高まっている。

 しかし、彼らはまだ知らない。次の試合が、文字通り「とんでもない試合」になる事を――。



都大二003 200 110=7

国修館001 010 002=4

【都】折坂、室井、田島―岩田

【国】草薙、石井、常盤―清水



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「(畜生……もう少しだけ……4番やりたかったなぁ……)」 これは泣けます。
[気になる点] この世界の宮城の通算本塁打数って何本になったんでしょうか
[気になる点] 投手が制球不安定な堂上だとしたら地獄への道を突き進むことになりそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ