27.四番
都大二003 200 110=7
国修館001 010 002=4
【都】折坂、室井、田島―岩田
【国】草薙、石井、常盤―清水
炎天下に包まれた明治神宮野球場には、ブラスバンドが奏でる「VICTORY」の音色が響いていた。
9回裏、3点差、そして二死満塁。ホームランが出れば逆転サヨナラであり、球場は大いに盛り上がっている。
『都東大学第二高校、選手の交代をお知らせいたします。レフトの折坂くんがライト、ライトの戸谷くんがセンター、センターの田島くんがピッチャー、ピッチャーの室井くんがショート、ショートの樋口くんに代わりまして、宮本くんがレフトに入ります』
凄まじく長い交代のアナウンスが流れると、投球練習を終えた田島はロージンバッグを軽く叩いた。
ブルペンで練習できていない中での緊急登板。投球練習で7球投げたとはいえ、まだベストな状態とは程遠いに違いない。
『只今のバッターは、4番 ショート 宮城くん』
「……プレイ!」
審判の合図と共に、4番の宮城が左打席に入る。
彼は高校通算28本塁打。これは遊撃手としては十分な長打力であり、打高の神宮球場でなら柵越えを期待できる数字だ。
この勝負所で一発を出せるか。観客は勿論、スカウトも注目している場面だった。
「(……4番の俺が最低でも同点まで持ってく。水谷じゃたぶん打てねぇ)」
宮城はバットを長めに握って構えに入る。
4番らしい長打狙い。ただ、外野は深めに守っていて、一塁走者をホームに返さない姿勢だ。
こうなってくると、走者一掃の長打は厳しくなってくる。一塁走者を返すには柵越えしかない。
「(まだ投げ込み不足だろうしな。球速表示で簡易的に調子を計れるし、ボールのストレートを放らせとこう)」
「(たくさん牽制入れて肩作れって言われたけど……牽制とピッチングじゃ全然違いますよ)」
田島は執拗に牽制を入れてから、ようやく一球目を放ってきた。
外角高めのストレート。宮城は悠々と見逃すと、球場が少しばかり騒めいた。
「ボール!」
「おおおおおー!!」
「(はっや……これで2年かよ。よく二高なんて入ったな)」
球速表示には「146km/h」と表示されている。
2年生左腕としてはトップクラスの球速。いや、この時代なら、3年生でもドラフト上位候補になり得る数字だ。
ただ、西東京の面々は宇治原の160キロに慣れている。146キロ程度では動揺しないのも事実だった。
「(よし、球速は出てるな。次は変化球も試そう)」
二球目、岩田はスライダーのサインを出した。
田島は要求通りに投げ込んでいく。しかし、構えた所から大きく外れると、これも悠々と見逃されてしまった。
「(次もボールならフォア狙いでいいな。後続も選ぶくらいはできるだろ。ただ、もしストライクが来たら……打つ!)」
「(変化球の調子はイマイチだな。最悪フォアにする覚悟で、直球でカウントを整えるか)」
ファーストストライクを狙う宮城、外角低めのストレートを要求する岩田。
田島は要求通りに投げ込むと、直球は外角低め、少しだけ真ん中寄りに吸い込まれていった。
「ファール!」
「おおおおー!!」
宮城はバットを出すも、打球はバックネットに飛んでファール。
一球ごとに緊張感が走り、客席からは歓声が上がる。田島は登板直後にも関わらず、顔中が汗まみれになっていた。
「(よしよし、当たるな)」
「(変化球が使えない以上、ここは内外の投げ分けで追い込むしかない。甘くなるなよ田島)」
手応えを掴む宮城に対し、岩田はミットを内に構えている。
都大二高バッテリーも宮城で終わりにする姿勢。三塁走者は返しても良い……なんて甘い考えは持ち合わせていない。
ここで簡単に出塁を許すと、国修館の流れは更に加速する。エースが出たこのタイミングで断ち切りたいのだ。
「(右膝を打ち抜くイメージでいこう。本当に当たったら……すいません!)」
四球目、田島はセットポジションから左腕を振り下ろした。
白球は宮城の膝元、やや真ん中寄りに吸い込まれていく。
そして次の瞬間――。
「(……もらいっ!)」
「わあああああああああああああああああああああああああ!!」
宮城は迷わずバットを出すと、客席からは大歓声が沸き上がった。
捉えた打球はライトのポール際に飛んでいる。ライトの折坂は追い掛けるも、クッションに左手を付いて空を見上げた。
マスクを捨てて打球を見上げる岩田、走りながらも打球を横目で追う宮城。
果たして、白球の行方は――。
「ファール!!」
「ああ~……」
「あぶねぇ~……」
一塁審からファールが告げられると、客席からは安堵と落胆の息が漏れた。
「(っちぇ、あと少しでヒーローだったのに)」
宮城は苦笑いを浮かべながら左打席に戻る。
追い込まれたが余裕の表情。田島の直球を捉えた事で、むしろ自信を付けていた。
「(危なかったけど……これで追い込んだな。ストレート狙いだったし、ここで外スラが決まれば絶対に打てねえ)」
五球目、岩田は外のスライダーのサインを出す。
140キロ台のインコースの後に外のスライダー。これが決まれば宮城と言えど捉えられない。
しかし――。
「ボール!!」
田島のスライダーは大きく外れてしまい、2ストライク3ボールのフルカウントになってしまった。
「(スライダーは入らねーな。ストレート一本でいくぜ)」
「(これで完全にストレート一本に絞られた。ただ逆を言えばスライダーは捨ててくれた筈。最悪、三塁走者は返せるし、ここはスライダーを続けるぞ)」
宮城の狙いはストレート。一方、岩田は裏をかくように外のスライダーを要求する。
これで勝負の行方はスライダーの出来に託された。そう思われた次の瞬間――。
「(ん、嫌なのか?)」
「(投げてもボールかゲロ甘っす。コースも球威も完璧に投げるんで、ストレートでいかせてください)」
田島は首を横に振って、外のスライダーを否定した。
投球練習不足の中で、田島本人から下された「スライダーは使えない」という判断。
他の球種にも頼れない以上、こうなってくると岩田はストレートを要求せざるを得ない。
「(絶対に甘く入るなよ。アウトローに決まれば宮城のパワーじゃ長打にはならねぇ)」
岩田はサインを出し直すと、田島はコクリと頷いた。
遂に迎えた七球目、田島はセットポジションから足を上げる。
「(フルカンだし長打になれば同点か。とにかく遠くにかっ飛ばすぜ……!)」
そして――全ての走者がスタートを切ると、田島は左腕を振り下ろした。
白球は構えた所、外角低めに吸い込まれていく。宮城は思い切って踏み込むと、迷わずバットを振り抜いていった。
「わあああああああああああああああああああああああ!!」
その瞬間――大歓声が沸き上がると共に、会心の打球はセンター方向に飛んで行った。
角度的には入っても可笑しくない当たり。後進していたセンターの戸谷は、クッションに右手を付いて空を見上げる。
「(入れ……!)」
「(入るな……!)」
「(戸谷、捕ってくれ……!)」
打球を横目で追う宮城、祈るように打球を見上げる岩田と田島。
やがて白球は落ちていくと、ちょうどフェンスの辺りで消えていった。
果たして、打球の行方は――。
「アウト!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あぁ~……」
戸谷のグラブの先にギリギリで収まっていた。
すぐ先の電光掲示板には、飲料水会社の広告と共に「148km/h」と表示されている。
田島としては自己最速タイで押し切った形。そして宮城としては、ほんの僅か、あと数メートルだけ届かず、センターフライになってしまった。
「いい試合だったぞー」
「国修館ナイスファイト!」
国修館の選手達が泣き崩れる中、客席からは拍手と労いの声が飛んでいる。
ベース付近、ベンチ、そしてネクスト。至る所で茶色の縦縞の選手達が涙を流していた。
「(……これで嫌々ながらも中軸を任された高校生活も終わりか。4番を任されるのは人生で今日が最後だろうな)」
他の選手が泣き崩れる中、宮城は一二塁間でバックスクリーンを見上げている。
彼は非常に足が速い選手。にも関わらず、国修館では消去法で中軸を務め続けていた。
当然、上のステージでは適性のある打順に戻される。
恐らく……いや間違いなく、4番を打つのは今日が最後になるだろう。
「(ま、4番も悪くなかったな。注目されるし、自分でランナーを返せるし、ホームラン打てれば気持ちいいし……)」
やがて宮城はヘルメットを脱ぐと、その場で落として両手を膝に付く。
「(畜生……もう少しだけ……4番やりたかったなぁ……)」
そして右手を顔に当てると、他の選手と同様に泣き崩れた。
準々決勝の第2試合はこれにて終了。劇的な展開に観客のボルテージも高まっている。
しかし、彼らはまだ知らない。次の試合が、文字通り「とんでもない試合」になる事を――。
都大二003 200 110=7
国修館001 010 002=4
【都】折坂、室井、田島―岩田
【国】草薙、石井、常盤―清水