46.実力の差
都大三000 200=2
富士谷400 00=4
(三)宇治原、吉田―山城
(富)金城、柏原―近藤
6回裏、富士谷の攻撃は2番の渡辺から。
上位から中軸に繋がるこの回、少しくらいは抵抗したい所だ。
渡辺が打席に向かう前、俺は後ろから引き留めると、そっと肩に手を回した。
「この回、早打ちはやめて、フォークを多投させるぞ」
俺は小声で耳打ちした。
先ずは早打ちを止めてもらう。サクサク打ち取られたら相手の思うツボだ。
「うーん……追い込まれたらフォークを打てる自信ないけどなぁ」
「現状、早打ちしても打ててないだろ。それに、フォークも低めは捨てていい」
「え、じゃあ何を打てば……」
「球種じゃなくてコースで絞ろう。追い込まれたら低めを捨てて、高めの球に絞ってみてくれ」
俺はそう言って渡辺を離した。
渡辺は「まあ、竜也がそう言うなら」と残して、右打席に走っていった。
狙いたいのは高めの抜けフォークだ。
今日みたいな天候の悪い日は、抜く球は特に精度が落ちやすい。
だから、フォークを投げる前に打つのではなく、フォークを多投させて失投を誘う。
それでフォークを控えるようになれば、改めてストレートに絞ればいい。
作戦通り、渡辺は追い込まれるまで球を見た。
ツーワンで迎えた四球目、腰の高さから落ちるフォークにもバットを止める。
よしよし、良く見れてるな。
続く五球目、またしても挟んだ球。今度は高めに浮いてきたが――バットはボールの下を潜った。
「ごめん、思ったより全然落ちなかった」
「ああ、まあ仕方がない。もっとこう、遅いストレートを打つイメージかもな」
ネクストの付近で、渡辺とそう言葉を交わした。
抜く変化球は、高めに浮くほど変化の幅が小さくなる傾向にある。
その変化幅にも個人差もあるが、吉田さんの抜けフォークは特に落ちないようだ。
続く孝太さんも同じ作戦。
低めのフォークは勿論、高めに抜けたボール球も見極めるも、最後は低めのストレートで見逃し三振となった。
やはり、一定の確率で抜けてくるな。ただ、ストライクにくるのは半分くらいか。
さて、次は俺の打席だ。
初球のストレートは見逃してストライク。
続く低めのフォークは見極めてボール。
三球目、速いスライダーは内に決まってストライク。
恐らく、次はフォークが来る筈だ。
低めなら捨てる、高めに浮いたら振り抜く。
そう決めて迎えた四球目、低めに来た速い球は――落ちない!
「……ファール!!」
間一髪、バットに当てて後ろに飛ばした。
我ながら神懸かった反射神経だった。みっともないスイングだったし、ストレートを続けてくるかもしれない。
五球目は予想通りストレート。カットしてファール。
続く六球目、吉田さんが振り下ろした球は、真中高めに浮いてきた。
「(これだ……!)」
俺はボールの下を打つイメージでバットを振り抜く。
捉えた当たりは、左中間への大きな当たりになったが、センターが追い付いてスリーアウトとなった。
渡辺の言ってた通り、思ってたよりも遥かに落ちないな。
スピンも掛かっていたし、抜けると言うよりは、抜け引っ掛かるという感じなのだろうか。
なんにせよ、低めのフォークにクルクルし、ストレートを打ち損じていた前の回よりは、遥かに前進できただろう。
4対2のまま迎えた7回表、都大三高の攻撃は8番の吉田さんから。
背番号1を付けたエースが右打席に入る。2年生だが体格もいいし、そう簡単には打ち取れないだろう。
初球、慎重に入ってスライダーから。
低めいっぱいに決まる――かと思ったら、手を出してきた。
引っ掻けてショートへのゴロ。よし、久々に先頭を打ち取れ――。
「あっ……!」
その瞬間、ショートの渡辺はボールを弾いた。
一塁側から歓声が沸き上がる。渡辺は慌てて拾いに行くが、一塁は間に合わない。
くそ、ここで守備の脆さが出てしまった。
富士谷は内野守備は並の都立に毛が生えた程度だ。東山大菅尾戦を(記録上は)ノーエラーでやり過ごしたのは奇跡に近い。
今日は三振の多さにも助けられている。グラウンド状態も悪いし、ゴロは高確率でヒットになるかもしれない。
続くラストバッターの石田さんは、二球目を送って一死二塁となった。
ここから上位に繋がるが、今日は1番から3番までノーヒット。
進塁打だけでは点が入らないので、一人ずつ打ち取れば問題ない。
迎える打者は1番の木代さん。
三球目、バックドアのツーシームを捉えると、セカンド正面への打球になった。
阿藤さんは前へ溢すと、慌てた送球はショートバウンドになる。一瞬、思わず声が漏れたが、鈴木が捌いてセカンドゴロとなった。
本当にこの二遊間は……。なんか狙われている気すらするな。
ランナーは進んで二死三塁、続く打者は金子さん。
左の強打者だが、前の打席は三振を喫している。前回と同じ組み立てでいいだろう。
ゴロの後はボールが汚いな、これも交換しよう。
初球、外のスプリットから。
見送られてボール。金子さんはミットをマジマジと見つめた。
「(……なるほど、少し逃げるように落ちるんだな)」
流石に同じ手は通じないか。
なら、高めの球でフライアウトを狙おう。
「(この投手はスプリットをあまり連投しない。それなら――)」
二球目、狙いは内角高めのストレート。
胸の高さ、ベースの縁を目掛けて腕を振り抜く。
白球は構えたミットに吸い込まれていくと――。
「(叩くならこの球だ!)」
金子さんは、強引なスイングで白球を捉えた。
ライナー性の強い当たりが、セカンドの頭上を越えていく。
孝太さんは足を止めた。けど――これは諦めた時の止め方だ。
打球はライトの前に落ちると、大歓声が球場を包み込んだ。
「これで1点差……か」
2番打者、金子さんのライト前タイムリー。
これで4対3となり、その差は1点となってしまった。
野球はパズルゲームではない。
狙い球でも打てるとは限らないし、狙った所に投げても打ち取れるとは限らない。
最後は力と技の勝負になる。だから、この失点は割り切るしかない。
これはチームで負った1失点だ。
二死一塁、続く打者は吉沢さん。
初球、低めのストレートを弾き返すと、足を取られた阿藤さんの真横を抜けていった。
不味い、悪い流れが止まらない。そして次の打者は――。
『4番 サード 木田くん。背番号 19』
1年生ながら4番を任された天才スラッガー・木田哲人が左打席に入った。
右手に握ったバットをゆっくり回すと、俺を見て不気味に微笑む。
「あーあ、神に愛されるって最高だなぁ。才能も、チャンスも、凡人達の視線も、ぜーんぶ僕にくれるんだから。あ、敬遠しちゃダメだよ?」
木田は聞こえる声でそう言ってきた。
うるせぇ、こっちは神に愛されて人生二周目だぞ。
「ははは……なんか言ってるぞ」
「バッター口よりも体を動かせよー!」
客席からは失笑が漏れている。
当たり前だ、普通は投手と打者で会話なんてしない。
二死一三塁、長打が出れば逆転の場面。
理屈では語れない天才に対して、俺は新品のボールを挟み込んだ。
外に放った速い球は、手元で鋭く落ちていく。
木田のバットが空を切ると、木田から今日初めての空振りを奪った。
「(ふぅん、やるじゃん)」
木田は頷くと、再びバットを構えた。
今度は同じコースにツーシーム。スプリットの軌道を残した後に、スプリットより落ちない球。
これで無様に打ち上げやがれ――と思ったその瞬間、木田は豪快なスイングで、白球をフェンスの先まで飛ばした。
「ファール!!」
レフト側、僅かに切れてファール。
一瞬ヒヤリとしたが、ホッと安堵の息を吐いた。
やっぱコイツは枠の中で勝負できないな。
三球目、狙いは内のスプリット。
外に比べて、内は球を見れる時間が僅かに少ない。
反射で振らせて三振に切って取る算段だ。
「(これでいい加減理解したかな? 天才の僕に中途半端な球は通じない。ま、次はそのスプリットも打つけどね♪)」
ニヤニヤする木田を無視して、俺は新品のボールを挟み込むと、股の高さ、ベースの縁を目掛けて球を放った。
ボールは手元で鋭く落ちていく。木田は待ってましたと言わんばかりに、豪快なアッパースイングで振り抜いた。
その迫力に思わず背筋が凍りつく。白球の行方は――。
「ットライーク!! バッターアウトッ!」
近藤のミットに収まると、三塁側から大歓声が沸き上がった。
野球はパズルゲームじゃないし、狙い球が打てるとは限らない。
だから、最後は力と技の勝負になる。
俺のほうが上手だったみたいだな、木田。
都大三000 200 1=3
富士谷400 000 =4
(三)宇治原、吉田―山城
(富)金城、柏原―近藤