21.消耗してくれ
早田実業000 0=0
都大三高966=21
【早】八代、石島、田和、八代、吉村―国井
【都】堂前、大金―木更津
炎天下の中で迎えた準々決勝の第1試合は、4回表を終えた時点で21対0と中々に酷いスコアになっていた。
西東京の名門・早田実業ですら手も足も出ない状態。三高の攻撃が無駄に長い事もあり、富士谷の選手達は非常に退屈な時間を過ごしていた。
「かっし~、交代するぜ~」
「俺は大丈夫。三高の打線を見ておきたいしな」
「ひゅ~。熱心すぎっしょ~」
俺は仲間達の荷物番をしながら、都大三高の打線をじっくり観察する。
殆ど空振りしないミートセンス、甘い球を逃さずスタンドまで運ぶ長打力。ボール球を一切振らない選球眼も素晴らしい。
ただ、それ以上に気になるのが――大差になっても大味にならない、常に研ぎ澄まされている集中力だった。
普通……というか大半の選手は、大幅リードや大幅ビハインドになると打撃が雑になる傾向にある。
例を上げると分かり易いかもしれない。一打逆転サヨナラのチャンスと、大差リードで迎える二死無塁では、前者の方が圧倒的に集中できるだろう。
勿論、後者の方が楽に打てるという意見も一理あるが……実際は一発狙いで大振りになる選手の方が多かった。
その中で、都大三高の打者は如何なる状況でも集中を切らさず、常に容赦なく攻撃を続けられる。
この精神力があるからこそ、実力差があっても簡単には到達できない20点差、30点差の領域に踏み込めてしまうのだ。
……と、ここまで絶賛した都大三高の精神面だが、実のところ全く懸念が無いという訳ではない。
センバツ以降の都大三高は公式戦無失点。つまりビハインドには慣れておらず、そこからペースを崩す可能性も考えられる。
となると先取点は先攻を取ってでも欲しい。願望交じりの作戦だけど、追う展開よりは有効なように思えた。
「お、やっと最後の攻撃か」
「はやく終わってくれー」
「涼ちゃんと宮城くんの対決楽しみ~」
やがて4回裏の攻撃が終わった頃、富士谷の選手達も席に戻ってきた。
この時点でのスコアは28対0。ギリギリ30点は回避したが、早田実業のプライドはズタボロである。
せめて新チーム以降はリベンジできるよう、心の中で今後の健闘を祈るのだった。
※
5回コールドの割には長かった第1試合も終わり、都大二高と国修館の選手達がアップを開始した。
都大二高は周回おじさんこと相沢を擁すチーム。一方、国修館も同じ府中本町シニア出身で、東京No.1の俊足を誇る宮城を擁している。
両チームに親しい友人がいる事もあり、此方としては「どっちも頑張れ」としか言えないカードだった。
「お、二高はナメプか?」
「僕達か三高を意識してるんだろうね」
一塁側、都大二高のブルペンでは、背番号9の左腕・折坂が準備を始めている。
どうやら新エースの田島を温存するようだ。相沢としては、正史で三高相手に好投した田島は消耗したくないのだろう。
「国修館はエースの草薙だな」
「俺達には常盤を当てるんだろうな~」
一方、三塁側のブルペンでは、背番号1を付けた左腕・草薙が投球練習を開始。
此方はエースを投入してきたが、春の富士谷戦で好投した常盤を出し惜しむ姿勢だ。
二高はエースでゴリ押して、富士谷は相性で切り抜けようという算段が窺える。
両チーム共に、先を見据えた投手起用になった一戦。
尚、スターティングオーダーは下記の通りである。
【都大二高】
左 ⑦髙取(3年)
投 ⑨折坂(3年)
二 ④大浦(2年)
三 ⑤相沢(3年)
一 ③湯元(3年)
捕 ②岩田(3年)
中 ①田島(2年)
遊 ⑥室井(2年)
右 ⑧戸谷(2年)
【国修館】
中 ⑧林(3年)
二 ④横井(3年)
捕 ②清水(3年)
遊 ⑥宮城(3年)
一 ③水谷(3年)
右 ⑨黒沢(3年)
三 ⑤渡井(3年)
左 ⑮石橋(2年)
投 ①草薙(3年)
二高は相沢のスカウティングが軸なので、2年生がやや多めのオーダーになっている。
U-15で津上と二遊間を組んだ大浦、軟式の至宝と言われた室井、最速148キロ左腕の田島など、下級生は名門顔負けの布陣だ。
勿論、相沢以外は生え抜きの3年生も侮れない。
髙取は教立大学の1番打者となり全国制覇も果たす選手。
正史では4番でエースだった折坂、守備面は西東京No.2とも名高い岩田なども揃い、都大三高に対抗する準備を整えてきた。
一方、国修館は相も変わらず機動力重視のメンバー。
今年は最速140キロ近い左腕が4人もいるので、小技と機動力でもぎ取ったリードを左腕王国で守り抜くスタイルだ。
もう一つ、高校通算本塁打を28まで伸ばした宮城の一発にも期待したい。
「集合!」
「しゃい!」
やがてグラウンド整備が終わると、選手達はホームベースを挟んで整列した。
客席も静寂に包まれている。第1試合が退屈な内容だっただけに、観客達の期待も高まっているように感じた。
「これより、国修館高校と、都東大学第二高校の準々決勝を始める。礼!」
「おっしゃーす!」
『お待たせいたしました。第二試合 国修館高校 対 都東大学第二高校。まもなく開始でございます』
そして試合開始が告げられると、客席からは割れんばかりの拍手が沸き上がった。
ようやく始まった第2試合。準決勝で勝者と当たる身としては、出来るだけで消耗して欲しい所である。




