20.準々決勝始まる
【本日の試合(左が一塁側)】
①都東大学第三高校―早田実業学校
②都東大学第二高校―国修館高校
③都立富士谷高校―明神大学附属仲野八玉高校
④都立比野高校―都東大学亀ヶ丘高校
2012年7月24日。明治神宮野球場。
昨夜まで降り続いていた雨も上がり、神宮は高校野球らしい炎天下に包まれている。
本日は西東京大会の準々決勝。正史通り前日の試合が順延となり、本日は4試合が予定されていた。
「わー、平日なのに凄い人だねっ」
「ああ。早実は人気校だし、今年は大宮もいるから期待してるんじゃない」
「相手は三高なのに……」
「それでも期待したくなるもんだよ、高校野球なら特にね」
「へ~」
琴穂と手を繋ぎながら、俺達は選手証で入場ゲートを通過する。
第一試合は都大三高vs早田実業。両校は本来なら西東京の2強であり、お互いにライバル意識が非常に強い。
本日も大量のファンやOBが押し掛けていて、球場は大勢の人で賑わっていた。
「で、皆はどの辺かな……」
俺達はスタンドに出ると、球場全体を見渡す。
第1試合の選手達はアップ中。スタンドは空席も目立つが、日陰とバックネット裏、両軍の応援席は一杯に埋まっている。
1日に4試合も予定されているだけあって、平日の準々決勝にしては一般客も多く見受けられた。
「かっしー、こっちこっち~」
「おう、今行くわ」
先に来ていた恵に呼ばれて、一塁寄りのスタンドに向かった。
他の3年生も合流済み。2年生は津上しか来ていないが、むしろ俺達が早過ぎるくらい。
第3試合までは時間があるので、ゆっくり高みの見物をさせて頂こう。
「今年もウチの圧勝かねぇ」
「余裕余裕。流石に今日は30点も取れんだろうけどなぁ。はっはっは」
近くにいる爺さん達が、そんな言葉を交わしている。
恐らく三高のOBだ。今日は圧勝する様を見に来たのだろうか。
「大宮ー! 今日も頼むぞー!」
「去年の借り返せよー!」
一方、三塁側のスタンドからは、一塁側に聞こえるくらい大きな声援が飛んでいた。
都大三高のライバルであり、スラッガー大宮を擁す早田実業なら、今年の圧倒的な都大三高を止められるかもしれない。
そんな期待を胸に応援しているのだろう。
と、盛り上がる三塁側スタンドとは裏腹に、富士谷の選手達はすっかり冷めきっていた。
俺達は都大三高の強さを肌で感じてきている。故に、早田実業に勝機は万に一つもないと確信しているのだ。
「陽ちゃん、この前の永遠の疑問の答え、色んな女子から聞いて来たぜ~」
「マジ!? 結論はよはよ!」
「それがよ~。もうパンツ見られたくらいでキャーキャー騒ぐ歳でもない、ってのが大半だったわ~」
「なん……だと……。なんて可愛くない奴らなんだ。てか必死こいて覗いてる俺らバカみたいじゃないか!」
「(バカだよ……)」
鈴木と京田なんて、本日も女子高生の下着に夢中である。
流石にもう少し興味をもってやれよ。善戦くらいはするかもしれないだろ。
「ほらほら~、もう試合始まるよ~!」
「恵! キャーキャー騒がないなら毎日見せてくれ!」
「嫌ですぅ~。私の可愛いお尻とパンツはそんな安くありません〜」
「(いや恵ちゃんのは割と見れるし希少価値ないっしょ~)」
新手のプロポーズかな、というツッコミは心の中に留めておく。
さて、そろそろ試合が始まるな。尚、両者のオーダーは下記の通りだった。
【早田実業】
投 ①八代(2年)
遊 ⑥深谷(2年)
一 ③大宮(3年)
右 ⑨熊沢(3年)
捕 ②国井(3年)
三 ⑱高崎(1年)
二 ④二村(2年)
左 ⑰江端(1年)
中 ⑧石中(2年)
・都大三高
中 ⑧篠原(3年)
二 ④町田(3年)
遊 ⑥荻野(3年)
三 ⑤木田(3年)
一 ③大島(3年)
左 ⑦宇治原(3年)
右 ⑨雨宮(3年)
捕 ②木更津(3年)
投 ①堂前(3年)
都大三高は親の顔より見た布陣。早田実業も旧チームのスタメンが7人残っている。
特に高校通算95本塁打の大宮を軸にした中軸は強力だ。ここまで3試合40得点と、三高に負けじと打線は奮起している。
未だ公式戦無失点の堂前から得点できるか、個人的に注目したいのはこの部分だった。
という事で始まった1回表の攻撃だが、精密機械と木更津のリードを前に三者凡退で終わってしまった。
ドラフト上位候補のスラッガーですら手も足も出ない。それだけでなく、堂前は自己最速の148キロも記録し、技巧派としては反則級の球威も披露してきた。
こうなってくると早田実業はノーチャンス。早くも完封コールドが見えてくる。
「あの制球で148キロは反則だろ……」
「堂前やばいな~。早実のピッチャーはどうなん?」
「正直、実力はベスト8のエースでは最低だと思っていい」
「あれ2年生? 八代って同じ歳じゃなかった? 弟?」
「早田は勉強できなきゃ進級できないからな。留年してんだよ八代は」
1回裏、都大三高の最強打線に立ち向かうのは「留年王子」こと八代。
なにを言おう、彼は表記こそ2年生だが、世代は俺達と一緒でラストイヤーなのだ。
一応、1年夏から登板していて経験は豊富だが……最速141キロのオーソドックスな右腕だった。
「うわぁ、いきなりボコボコだ」
「待ち時間長くなりそうだなぁ」
「だから言ったじゃん! 誰だよ早く来いって言った奴!」
「おまえがチアガール見たいから早く行くって言ったんだろ……」
当然ながら三高打線に通じる筈もなく、初回から連打連打でフルボッコ。
打者1巡半で9点が入り、いきなり試合が決まってしまった。
「これ終わりまで見るん……? 絶対偵察にすらならないぜ……?」
「アウトが何で取れてるかは見る価値あると思うけど、MXで録画とってるしな。交代で日陰で休むか」
「賛成~。かき氷食べに行こうよ~」
そんなもの食べたら山口の某監督に怒られるぞ、というボケは、通じないと思うので心の中に留めておいた。
さて、遂に始まった西東京の準々決勝。1日4試合開催は異例であり、スタンドはお祭りのような雰囲気になっている。
第1試合こそ大差になりそうだが……熱く、そして長い1日が幕を開けた。