19.西東京のエンターテイナー
休養明けの練習前、俺達は3年1組の教室でミーティングを行っていた。
理由は他でもない。準々決勝の明神大仲野八玉戦に向けた対策会議である。
という事で、黒板に勝ち上がりと予想オーダーを書いている所だった。
【勝ち上がり】
1回戦/
2回戦/
3回戦○18-7蹊成大附(5回コールド)
4回戦○14-6八玉実践(7回コールド)
5回戦○16-6真央大杉並(6回コールド)
【予想オーダー】
遊 ⑥奥村
左 ⑦羽山
右 ⑨黒島
捕 ②舞岡
一 ③都築
投 ①後田
三 ⑤進藤
二 ④相原
中 ⑧福丸
注目は奥村、黒島、舞岡、都築、後田らで結成されている「明八四天王」だ。(何故か5人いるが)
彼らは5人共に1年夏からベンチ入りを経験し、秋からは主力として起用されている。
細かい特徴は異なるが、共通して言えるのは、全員が俊足強打の選手という事だった。
ここで注意したいのは内野安打だ。
パンチ力があるので迂闊に警戒できないが、高いバウンドやボテボテのゴロになれば一塁は競争になる。
また、意表を突いたセーフティバントにも注意したい所だった。
「まー確かに打線は良さそうだよな。八実には140キロ右腕いたんだろ?」
「真杉と蹊成もまぁまぁな中堅校だし、平均16得点の打力は脅威だよね」
「それにしても点取られ過ぎだと思うっすけど。ピッチャーそんなに悪くなかったですよね?」
「そうだな。一応、復習しておくか」
打力は侮れないという部分で選手達の考えも一致している。
さて、次は投手陣。明八とは練習試合(基本的には控え中心)もする仲なので、ある程度は知っているが、此方も黒板に羅列していこう。
①後田(3年) 175cm70kg 左投 MAX138キロ 落差のあるカーブと速球の緩急が武器
⑦羽山(3年) 163㎝64kg 両投 不明
⑧福丸(3年) 170cm70kg 左投 MAX128キロ スローカーブを扱う軟投派
⑨黒島(3年) 178cm78kg 左投 MAX133キロ スライダーが武器の左サイド
⑩浦田(2年) 173㎝70kg 右投 MAX132キロ 制球力と多彩な変化球が武器
⑪大嶋(1年) 178㎝73kg 右投 MAX135キロ 1年生にしては球が速い
⑱笹山(2年) 186cm86kg 右投 MAX142キロ 制球が怪しい未完の大器
警戒すべき投手は後田、黒島、羽山の3人くらい。
他は中堅校にも打ち込まれるレベルであり、正直なところ有象無象と言っても過言ではない。
「お、不明とは珍しいね」
「恵ですら知らねぇの?」
「知らな~い。練習試合でも投げてないし、いくら調べても情報出てこなかったよ~」
「ふむ……つまり秘密兵器と言ったところか」
投手陣で特に注意したいのは羽山だ。
全治1年の怪我から復帰し、最後の夏に突如現れた投手なので、未来人である俺達ですら詳しくは存じ上げない。
ただ、彼こそが「東京キチガイ四天王」の最後の1人であり、木田や土村と同様にイカれた人間なのは確かだった。
正史の時、練習試合の前に絡まれた事がある。
彼本人は怪我で不出場だったが、満場一致で決まる程には変人だった。
「東京の変人は野球が上手い」という法則があるので、彼もまた侮れない選手に違いない。
「てか、主力投手は普通に良くないっすか? そんなに失点する投手陣に見えないっすけど」
ふと疑問を呈したのは津上だった。
確かに、後田や黒島は都内であれば好投手。ボコスカ打たれるような投手ではない。
では何故、失点が多いかというと――。
「明八は守備がダメなんだよ。それも普通のエラーじゃなくて、スリーランスクイズとか走者一掃牽制エラーとか、一つのプレーで連鎖するパターンが多い」
「へー。練習試合では普通でしたけどね」
「公式戦になると緊張してやらかすパターンか……」
明八は守備でのエラーが非常に多い。
それも大事な場面、かつ連鎖したり普通ではないプレーをして、致命的な失点を背負うパターンが目立つ。
こういうプレーが出たら大量得点のチャンスだ。焦らずに一気に試合を決めに行きたい。
「ただ一つ侮れないのが、このエラーは何故か相手にも伝染するケースが多いんだよな。理屈ではなくオカルトにはなるけど、俺達は巻き込まれないように落ち着いてプレーしよう」
「うい~」
「余裕っす」
もう一つ、明八のミスは相手にも伝染する傾向にある。
これこそが「バカ試合製造機」と言われる所以。何故かお互いにミスを連発して、とんでもないスコアの試合になってしまうのだ。
此方は都大三高を見据える身。
相手が全試合コールドで余力を余してくる以上、明八のバカ試合に付き合っている暇は無い。
一方的にミスして頂いて5回コールド。これが理想的な展開なのだが……。
実のところ、そうも言っていられないのが実情だった。
というのも――正史の明八は今回と同じ準々決勝の3試合目だったのだが、この試合では球史に残る事件が起きている。
その名も41四死球事件。東京の高校野球ファンなら誰しもが知る伝説の珍事だ。
概要を説明すると、この日の球審・滝山氏はゾーンが非常に狭く、お互いに四球を連発する形になった。
それも可変や温情は一切なし。徹底的に一貫したジャッジを続けた結果、両軍合わせて41四死球を記録し、大会記録を更新するに至った。
今回も準々決勝の第3試合、そして片側は正史と同じ明神大仲野八玉である。
つまるところ、この滝山氏に当たってしまい、狭いゾーンに苦しむ可能性が十分にあるのだ。
「こんなもんかな。正直、見知った相手だからあんまり語る事なかったけど……相手はバカ試合に定評があるし、何が起きても平常心でいよう」
「っしゃいー」
「打ち勝つ練習するかー」
勿論、この事は選手に周知できないので、常に平常心でいるようにだけ伝えた。
もしかしたら、準々決勝はエラーと四球の応酬になるかもしれない。内心で怯えながら、準々決勝の日を待ち望んだ。