16.おーじゃの夏が終わる
駒大高100 00=1
富士谷000 02=2
【駒】多崎、木田―青島
【富】柏原―近藤
真夏の八王子市民球場には、ブラスバンドが奏でる「怪盗少女」の音色が響いていた。
5回裏、逆転して尚も一死一三塁という場面。ここで迎える打者は、犠牲フライに定評がある堂上剛士である。
「おお!」
「あっさり!」
彼は初球を打ち上げると、これがセンターへの犠牲フライになった。
貴重な追加点が入って3対1。相手の攻撃を見る限り、勝負は決まったと言っても過言ではない。
結局、この回は3点止まりで終了し、2点リードした状態で折り返しを迎えた。
コールドで勝負を決めるには残り3回で5得点。駒川大高は投手陣が豊富で守備も堅いので、早期決着は少し厳しい展開と言える。
ただ、それを補うのが今日の省エネピッチングだ。
6回表、駒川大高の攻撃は8番の梅澤から。前回同様、初球から引っ張ってくると思うので、俺は外の球を打たせていく。
「アウト!」
「また初球打ち……」
「駒川打線は打てる気配ないなぁ」
梅澤は外のストレートを引っ張ると、強いゴロは三遊間に飛んで行った。
しかし、シフトを敷いていたお陰でショートの正面。津上は軽快に捌いてワンアウトになった。
ここまで極端に対策しても、引っ張りを諦めないのが駒川打線である。
恐らく、慣れない流し打ちをするよりも、シフトを無視して引っ張った方が可能性があるのだろう。
その後、途中交代の相生には強引に三遊間を抜かれるも、後続はサクサク抑えて6回表も無失点で終わった。
攻守が入れ替わって6回裏、富士谷の攻撃は近藤から。あまり期待していなかったが、木田の三球目を捉えてレフト前に運んでくれた。
こうなってくると、京田にはお得意のバントを指示できる。
手堅く送って一死二塁。続く野本は三振に打ち取られたが、渡辺が右中間に運んで更に1点を追加した。
ここで駒川大高は木田哲也をレフトに戻して、実質エースの中井をマウンドに送り込んだ。
やはり竹下は出てこない。正史では俺と同じ「ファーストミット四天王」だったので、今回も故障して投げられないのだろう。
さて、満を持して登場した中井だが、最速138キロの直球と決め球をフォークを駆使し、強打者の津上を空振り三振に打ち取った。
実質エースなだけあってマウンド捌きにも雰囲気がある。ただ、都大三高や全国を基準にすると、少し物足りない感じも否めない。
7回表も僅か7球で終了。7回裏の攻撃に入っていく。
先頭打者の俺は打ち取られたが、続く堂上はレフトフェンス直撃のツーベースを放った。
「中井、いい球いってたぜ。ワンアウトだし進塁打おっけーだから、一つずつ取っていこう」
「おうよ」
長打を打たれた直後、ファーストの竹下はすかさず中井の傍に寄った。
流石は本来のエースと言うべきか。励ますべき場面を分かっているな。
『6番 ファースト 鈴木くん。背番号 3』
一死二塁、ここで迎える打者は、中井の元チームメイトでもある鈴木である。
ブラスバンドが奏でる「SEE OFF」の音色が響く中、右打席でバットを構えた。
「(まさか優太と勝負する日が来るとはな。西の都立に行くって聞いた時は考えてもいなかったぜ)」
「(ひゅ~。武蔵境のエース様がBチームの俺に打たれんなよ~)」
中井は武蔵境シニアのエースピッチャー。
一方、鈴木は不祥事絡みとはいえ、ずっとBチームに居た選手だ。
鈴木にコンプレックスは無いと思うが、経歴に差がある事実は変わらない。
「ボール!」
「ットライーク!」
「ットライーク、ツー!」
鈴木はバットを出す素振りを見せず、2ストライク1ボールと追い込まれた。
まだ狙い球が来てないのだろうか。流しの上手い鈴木なら、外のストレートを逆らわずに打つと思ったが……。
「(よし、最後はフォークで決めるぜ)」
「(中井ちゃん絶対フォークで決めてくるからな~。打つならココっしょ~)」
中井はセットポジションに入ると、高いリリースポイントから腕を振り下ろした。
白球は低めのミットに吸い込まれていく。そして次の瞬間――鈴木は一歩前にステップした。
「(げ……!)」
「(っほらな〜!)」
フォークを読んでいた鈴木は、落ち切る前に白球を掬い上げた。
打球は前進していた外野の遥か頭上を越えていく。やがてフェンスの手前に落ちると、鈴木は二塁も蹴って三塁に滑り込んだ。
「うぇい!」
「わあああああああああああああああああああ!!」
「きまったな……」
鈴木は三塁上でガッツポーズを掲げている。
タイムリースリーベースで5点目。実質エースも攻略して、勝利をほぼ確実のモノとした。
その後、中橋が独断のセーフティスクイズを決めて6点目も追加。
コールドゲームまで後2点と迫ったが、ここから中井は粘りの力投を見せる。
7回裏は2点止まり。8回裏は満塁の好機を作るも、最後は空振り三振で三者残塁となった。
その間、ファーストの竹下が何度も中井に声を掛けていた。
元々、駒川大高は竹下と中井のチーム。旧チームから「二枚看板」として扱われていたので、その絆もあったのだろう。
しかし、怪我で片割れは投げられず。素人や高速アンダーで騙し騙し繋いできたが、最後は地力の差が出てしまった。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(ダメだ……全く当たらん……)」
そして――打線に関しては最後まで引っ張りフルスイング。
これは打者の意識というよりは指導者に問題がある。5点ビハインドにも関わらず、ホームラン狙いでブンブン振り回していた。
結局、俺は僅か70球の超省エネピッチングで完投勝利。余力を十分に残して準々決勝進出を決めた。
駒大高100 000 000=1
富士谷000 031 20x=6
【駒】多崎、木田、中井―青島
【富】柏原―近藤
・実例「極端なシフトでフルスイング封じ」
第104回全国高等学校野球選手権大会 西東京大会
5回戦 府中市民球場
都立富士森3―0駒澤大高
・解説
シード校の駒大高とノーシードだった富士森の一戦。
ブンブン振り回して引っ張る駒大打線に対し、富士森は極端なシフトで三遊間を狭めました。
この守備が見事にハマって、駒大高は残塁と併殺の山を築くと、富士森は後半戦に3点を積み上げてリードに成功。
一方、駒大高は最後までシフトを無視して振り回した結果、そのまま完封ゲームとなってしまいました。
余談ですが、富士森は富士谷のモデルになった高校です。
今年は同校初の西東京ベスト4進出を果たした事もあり、折角なので少しだけ取り入れてみました。




