15.野球部の本気
駒大高100 0=1
富士谷000 0=0
【駒】多崎―青島
【富】柏原―近藤
5回表、駒川大高の攻撃。
富士谷が多崎の攻略を進める一方で、駒川大高も少しだけ作戦を変えてきた。
とは言っても「追い込まれる前に打つ」程度の対策で、右打者がフルスイングで引っ張る姿勢は変わらない。
「アウト!」
「ああ~……」
「ショート良いところいたなぁ」
先頭打者の竹下は初球をショートライナー。
本来なら抜けても可笑しくない当たりだったが、三遊間を詰めたお陰で正面になった。
「アウト!」
「またショートだ」
「当たりは良いんだけどなぁ」
続く中井も初球をショートゴロ。
僅か2球で追い込むと、7番の青島も強引に引っ張ってきた。
「……アウト!」
「たった3球かよ」
「引っ張りすぎ。一二塁間ガラ空きなのに」
結果はショートフライでスリーアウト。
この回は3球しか投げてない。三振こそ奪えなかったが、球数的には助かるまであった。
さて、攻守が入れ替わって5回裏、富士谷の攻撃は京田から。
4回裏と同様、高めを捨てて低めに狙いを定めると、多崎は3ボール1ストライクから四球を出した。
先頭が出て無死一塁。
定石通りならバントの場面だが、続く打者は小技の苦手な野本である。
幸い、俊足で左打ちの打者なので、ここは強攻で問題ない。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
多崎はボール先行のピッチング。
ほぼストレートでしかストライクを取れないので、非常に苦しそうに投げている。
そして迎えた三球目、野本は低めのストレートを振り抜いた。
「おおおおおおお!!」
「抜けたー!!」
鋭いゴロは一二塁間を抜けてライト前へ。
京田は二塁で止まって無死一二塁となり、バットコントロールに定評がある渡辺の打席を迎えた。
こうなってくると、送りバントで一打逆転のチャンスを作れる。
渡辺は無難に送ってチャンスメイク。ミートが上手いだけに、送りバントもお手の物だ。
走者が進んで一死二三塁、迎える打者は強打者の津上である。その一球目――。
「いてっ」
「デッドボォ!!」
多崎が繰り出した球は、津上の背中に直撃した。
捉えられて動揺しているのだろうか。この回は今まで以上に制球を乱している。
と、そう思ったのも束の間、駒川大高の控え選手が主審の元へ走っていった。
「お、ピッチャー変わるぞ」
「竹下くるか!?」
どうやら投手が替わるみたいで、客席も少し騒がしくなっている。
実質エースの中井か、イーファス使いの庄司か、それとも――本来なら故障してる筈の竹下か。
注目の2人目は、予想の斜め上を行く人物だった。
「おいおい……まじかよ……」
「え、投げれるの?」
「どんだけピッチャーいるんだよこのチーム」
満を持してマウンドに向かったのは、レフトを守っていた背番号20・木田哲也だった。
想定外にも程がある。とは言っても、ブルペンで投げているのは見たので、まさかとは思っていたけれど。
そういえば、兄の木田哲人は「怪我しやすく選手生命が短い」という理由で投手を嫌っていた。
一方、弟の木田哲也は勝利の為ならマウンドにも立つ。そう考えたら、これも「兄より甘くない」一面なのかもしれない。
「おっけーい、ナイピッチ!」
さて、注目の投球練習だ。
スリークォーター気味のフォームで、ストレートは多崎より速く、目測で135キロ前後は出ているように見える。
スライダーのキレも中々のモノ。大きく外れた球も無く、とても素人とは思えない。
むしろ……細身の1年生という事を加味したら、ドラフト候補になっても可笑しくないスペックだ。
情報を並べてもそれは明らか。最速130キロ後半、スライダーで空振りが取れて、制球にも定評がある。
果たして――ここまで投げられる1年生左腕が、全国に何人いるのだろうか。
「……プレイ!」
『只今のバッターは 4番 ピッチャー 柏原くん』
やがて投球練習が終わると、主審からゲーム再開が告げられた。
一死満塁、一打同点という場面。ブラスバンドが奏でる「さくらんぼ」の音色が響く中、俺は右打席でバットを構える。
「(言ったでしょう? 僕は兄さんほど甘くない。貴方を仕留める為なら身も削りますよ)」
マウンド上の木田哲也は、サインを交換してからセットポジションに入った。
交代直後の初球を狙いたい場面。ただ、アンダーから切り替わった直後なので、個人的には球筋を見たい所である。
という事で一球目はステイ。木田は腕を振り抜くも、俺は悠々と見送った。
「ボール!」
外角高めのストレートは僅かに外れてボール。
打席に立ってみて思ったけど、球の出所が見辛くて良いフォームをしている。
ストレートの回転も綺麗で、思ってたよりもキレが良い。
「ボール、ツー!」
二球目は外のシンカー。
バットが出かかったけど、何とか止めてボールになった。
満塁だが慎重な組み立て。内を使わない辺り、死球を恐れている様子も窺える。
ただ、これは木田哲也というよりは、リードしている青島の心理だ。
恐らくだが、才能だけでプレーしている木田哲也はリードに介入していない。
サインに首を振らない所を見ても、青島に丸投げなのは明らかだった。
押し出しを恐れる青島としては、次は絶対にストライクが欲しい場面。
内を使う勇気はないだろうし、ここは外角に狙いを定めて問題ない。
後はバックドアのスライダーか、それともストレートか、球種を絞るだけである。
「(守備位置は……流石に前進してくれねーか)」
俺は一旦打席を外して、グラウンド全体を見渡した。
内野は一三塁が前。二遊間はゲッツーシフトで、外野は走者一掃を警戒して少し下がっている。
流石にプロ注目打者となると、一打逆転の場面でも外野前進は敷かれないようだ。
よし……狙いはストレートだな。
流し方向への打撃を意識して、逆転して尚も一三塁を作りに行く。
そう思いながら、俺は右打席でバットを構えた。
「(変化みせた後だし、ここはストレートで一つ取ろう)」
「(配球はよく分からないんで任せますよ。僕は信じて投げるだけです)」
木田哲也は一つ目のサインに頷くと、セットポジションの構えに入った。
その姿にも雰囲気がある。とても本職サッカーの素人とは思えない。
ただ、此方は二度の人生を野球に注げた身だ。
いくら才能溢れる天才だからと言って、遊び半分の素人には負けられない。
いや――負ける訳がないのだ。それだけ練習を積み重ねてきたのだから。
「(兄さんは高校野球で、僕は高校サッカーで天下を取る。それが僕たち天才兄弟に定められた運命……。これ以上は邪魔させないよ)」
木田はセットポジションから腕を振り抜いていく。
放たれた球は――外のストレート。思ったより遠かったけど、俺はコンパクトにバットを振り抜いた。
「わあああああああああああああああああああ!!」
「きたああああああああああああああああああ!!」
その瞬間――割れんばかりの大歓声が巻き起こると、鋭い打球は二塁手の頭上を越えていった。
打った瞬間、ライト前ヒットだと分かる当たり。外野が少し下がっていた事もあり、二塁走者の野本は三塁も蹴っていた。
「(くそ、逆転されたら勝ち目ねぇ!)」
ライトの中井も渾身のバックホームを披露する。
しかし、野本は東京でも屈指の俊足。長打警戒の位置から刺せる訳もなく――。
「セーフ!!」
「しゃあー!」
京田と野本が生還して逆転ライト前タイムリーが成立。
津上も三塁まで進塁し、予想した通りの形で後続に繋げた。
「……すいません」
「いや、俺のリードが悪かった。まだ1点差だし後続を抑えよう」
代わり端を打たれた木田哲也は、帽子を取って新しい球を受け取っている。
流石に少しは堪えているようだな。兄とは違って可愛い所もあるじゃないか。
さて、これで勝ち越して尚もチャンスだ。
此方は裏なので、残りの攻撃回数的にも有利である。
このまま試合を決めて、余裕を持って神宮に乗り込みたい。
駒大高100 00=1
富士谷000 02=2
【駒】多崎、木田―青島
【富】柏原―近藤