14.高速アンダー攻略
駒大高100=1
富士谷000=0
【駒】多崎―青島
【富】柏原―近藤
早めに決着を着けよう、と意気込んだ俺達だったが、3回を終了して無得点に抑えられていた。
1安打3四死球と走者は出すものの打線が繋がらない。その原因は、駒川大高の先発・多崎のピッチングにある。
多崎は現代では珍しいアンダースロー。
それも緩い球で打ち取る技巧派ではなく、130キロ近い速球で押していく本格派タイプだ。
視点の遠い低めは勿論、低い出所から上がってくる高めは簡単に打てるモノではない。
アンダースローの利点は、本来なら甘い球とされる高めを有効活用できる点にある。
むしろ、主流のオーバースローとは真逆の軌道を描く「高め」こそがアンダースローの真骨頂。
多崎は変化球こそ強豪レベルではないが、適度に荒れている事もあり、この高めのストレートが要所で決まっていた。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(うわぁ、ぜんぜん当たらねぇ)」
一方、俺も内外高低を有効に使って走者を出さないピッチング。
サイドだって、アンダー程ではないが出所は低い。
もう一つ、フルスイングが売りの駒川大高は、高めの球に釣られ易かった。
4回表も3人で抑えて無得点。今のところ追加点の気配は全くなかった。
「てかお飾りエース良くね? 打てねーよコレ」
「陽ちゃんは誰が投げても打てないでしょう。ま、多崎はボール球が多いんで、そういう所がお飾りたる所以なんじゃないっすかね」
京田と津上はそんな言葉を交わしている。
ここまで抑え込んでいる多崎だが、エースナンバーを背負っているだけで、扱いはエースではない。
あくまで立場は奇襲要員。制球が安定しないのと、ほぼストレート一本なので、長いイニングは任せられないのだろう。
という事で、このまま多崎が降りるのを待っても良いのだが……実質エースの中井は好投手だし、イーファス使いの庄司もハマると厄介だ。
もう一つ、駒川打線には出会い頭の一発もある。そう考えたら、やはり多崎を攻略して早めに逆転したい。
「堂上、ミノサンしてもいいからベルトから上は捨てよう。低めのストレート一本に絞っていい」
「くだらん。どんな球が来てもスタンドまで運べば良いだろう」
「コイツ……」
俺は堂上に助言を送ると、堂上はバッターボックスに向かっていった。
4回表の攻撃は彼から。ブラスバンドが奏でる「怪盗少女」が流れる中、右打席でバットを構える。
さて、多崎攻略のキーポイントだが……やはり高めを捨てて低めに絞る事だ。
多崎の変化球は精度も頻度も低い。そう考えたら、高低差の少ない「低めのストレート」に絞って、単打でコツコツ繋ぐのが理想的。
もう一つ、制球にもバラツキがあるので、球数を使えば四死球もそれなりに期待できる。
と、そんな俺の考えとは裏腹に、堂上は高めをぶん回してレフトフライに打ち取られた。
フェンスオーバーまで後1メートルという当たり。会心の打球ではあったけど、アウトになったら意味が無い。
一死無塁となり、堂上よりは柔軟な鈴木の打席を迎える。
「ボール!」
「ットライーク!」
「ボール、ツー!」
鈴木はしっかり高めを見送って、2ボール1ストライクのバッティングカウントを作った。
そして迎えた4球目。多崎のストレートは低めに吸い込まれていくと――。
「おおおおおお!」
「長打になるか!?」
鈴木は綺麗に流してライト線に運んだ。
長打になるか際どい当たり。鈴木は迷わず一塁を蹴って二塁に向かおうとする。
しかし、ライトの中井がセカンドへの好返球を見せると、鈴木は慌てて一塁に帰塁した。
「(あっぶね~。っぱ中井の肩つえーわ~)」
長打にはならず一死一塁。続く打者は小技の上手い中橋である。
彼も追い込まれるまで高めを捨てると、そこから先はカットで粘っていった。
そして――。
「ボール、フォア!」
フルカウントからの四球で一死一二塁。
どうやら低め一点張りは有効みたいだ。多崎も何処か投げ辛そうにしている。
後は近藤や京田でも同じ事が出来るか。問題はここだった。
『8番 キャッチャー 近藤くん。背番号2』
夏祭りの音色が響く中、先ずは8番の近藤が右打席に入った。
一応、春季大会では本塁打も記録した打者。珍しい高速アンダーも打てるだろうか。
「(っし、甘い球を引っ叩いてやるぜ)」
近藤はバットを長めに持って構える。
多崎はセットポジションに入ると、サブマリンから高めのストレートを投じた。
「ットライーク!!」
近藤はフルスイングするも、バットは虚しくも空を切った。
全くと言って良いほど期待できない。しっかりしてくれ正捕手様。
「ゴリー! 大きいのいらないよー!」
「逆らわずに流せよー!」
ベンチからの声を受けて、近藤は少しバットを短く握る。
この場面は単打で良い。正直な所、近藤と京田なら同点止まりでも上出来だ。
「ボール!」
「ットライーク、ツー!」
二球目、高めのストレートは外れてボール。
三球目はインローのストレート。これは手が出ずにストライクとなった。
「(カウント有利だし、たまには変化混ぜとくか)」
「(そっすね。下位だし遊ぶならここっす)」
そして迎えた四球目――多崎は右手を下から繰り出すと、外角低めに白球を放った。
外へ逃げていくスライダー。コースへは決まっているが、決してキレがあるとは言える球ではない。
近藤はその隙を見逃さず、逆らわずにバットを振り抜いた。
「わあああああああああああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大歓声が沸き上がると共に、鋭い打球は逆方向に飛んでいく。
これは、と思ったのも束の間――。
「アウトォ!」
打球はファースト竹下の真正面に飛んでいた。
ダイレクト捕球でファーストライナー。更に、一塁走者の中橋も飛び出している……!
「アウト!」
「ああ~……」
「当たりは良かったのに……」
竹下は一塁を踏んでライナーゲッツー成立。
完璧に捉えた当たりだったが、運に見放されてチャンスを逃してしまった。
「ナイバッチ。当たり良かったぞ」
「お、おう」
マウンドに向かう前、防具を付けている近藤に声を掛ける。
このファーストライナーは無駄じゃない。結果的に抑えられたが、多崎攻略の糸口は見えてきた。
後は上位に回る5回表に、同じ方法で攻め立てるだけである。
「……お、慌ただしくなってきたな」
ふと、三塁側のブルペンを見ると、複数の投手が投球練習を始めていた。
そろそろ多崎も限界か。ただ、結果無失点の投手を、回の頭から替える勇気があるようには思えない。
やはり勝負は次の回。出来るだけ多崎で走者を貯めて、そのまま逆転と行きたい所だった。
駒大高100 0=1
富士谷000 0=0
【駒】多崎―青島
【富】柏原―近藤