12.天使の天敵と天才の弟
サヨナラ押し出しデッドボールの余韻に浸ってたら投稿が遅れた……。
2012年7月18日。
5回戦の舞台になった八王子市民球場は、朝から炎天下に包まれていた。
泣いても笑っても八王子での試合は今日が最後。そう思うと、少しばかり名残惜しさを感じてしまう。
「中井さんお久し振りです!」
「うぇ~い」
「おーおー、優太にナベちゃんに中道まで! 都立の癖に武蔵境シニア多いな〜」
「確かに。都立にしては多いかも」
ベンチインの指示が入る前、鈴木達は青いユニフォームの選手に絡んでいた。
本日の相手である駒川大高は、富士谷と縁のある選手が多数在籍している。
近所でもないのに珍しい。何なら偏差値も10くらい違うと言うのに。
「お、柏原じゃん。おっすおっす」
俺の元にも、青いユニフォームの選手が寄ってきた。
小学校から中学校まで一緒だった君島だ。中学時代のチームは違ったけれど、小学校では同じチームでプレーしている。
「おう。今日はあの時みたいなエラーよろしくな」
「なっつ。てかまだ根に持ってんのかよ」
「別に。根には持ってねぇけど、楽して勝ちてーなって」
「こいつぅ」
ちなみに余談だが、リトルリーグ最後の試合は彼のエラーで敗北した。
とはいっても、今思えば小学生の試合など割とどうでも良いけども。
「あ! そこにいるのは!」
ふと、君島は唐突に声を上げた。
どうやら俺の背後に居た琴穂に気付いたようだ。
琴穂は俺を盾にして隠れている。君島はお構い無しに指差すと――。
「体操着の妖――ぶべらっ!?」
そう叫びかけた瞬間、琴穂の平手打ちが炸裂した。
「おまっ……今アニメみたいな勢いあったぞ……」
「竜也、私この人無理……」
琴穂は再び俺の後ろに隠れている。
どうやら相当苦手みたいだな。琴穂がここまで拒否反応を示したのは土村と木田以来である。
「え、てか君ら付き合ってん?」
「まあな。羨ましくてもあげないぞ」
「……ふーん。こんな毎日布団に世界地図描いてた奴の何処が――あっぶねぇ!」
今度は琴穂のグーパンが飛び出したが、君島は咄嗟に受け止めた。
琴穂も相手にしなきゃいいのに、という指摘は野暮だと思うので心に留めておく。
「竜也聞いてよっ。この人、ほんっっと意地悪なのっ!」
「おう、聞くよ」
「それがね、学校いくときわざわざ回り道して、私のお布団確認しにくるんだよっ!」
「回り道じゃねーし! あの道が一番近かったんだよ!」
その瞬間、俺は思わず「ん……?」と言いそうになってしまった。
これは――好きな子に意地悪したくなるアレではないだろうか。
やはり君島は恋敵だったな。接触する前に勝負を決めて本当によかったと思わされる。
「じゃ、小便ひっかけられる前に離れよーっと」
「そのまま厚木に帰ればいいのに……」
「(よく俺らのグラウンドが厚木だって知ってるな……。ははーん、さては何だかんだ俺のこと気になってるな?)」
珍しく辛辣な琴穂を他所に、君島は駒川大高の輪へ戻っていった。
ちなみに、駒川大高の専用グラウンドは神奈川県の厚木市にある。
数日前のミーティングでも余談程度に公開された情報だった。
「……一応聞くけど、本当に苦手なんだよな?」
ふと、少し不安になってきたので、思わず問い掛けてしまった。
好きの反対は無関心、嫌よ嫌よも好きのうち、なんて言葉もある。
やはり君島は侮れない。あくまで恋敵としてはだが。
「苦手っ。てか嫌いだよっ。なんで?」
「いや別に。何時もの琴穂と少し違ったなって」
「あっ……もしかして妬いてる……?」
「まあ多少は」
「ふふっ、竜也可愛いっ」
琴穂はいたずらっぽい笑みを浮かべると、そのまま言葉を続ける。
「けどね……竜也とめぐみんがベタベタしてる時って、私も同じように不安なんだよ」
そして――チクリと言葉を溢すと、俺は思わず視線を逸してしまった。
「ごめんて」
「いいよ。てか君島は絶対ないって分かるでしょ……。竜也の方が優しいしカッコいいし背高いもんっ」
「それ言ったら琴穂は誰よりも一生懸命で可愛いぜ?」
「え、えへへっ」
そんな感じでとりあえずは和解成立。
君島には申し訳ないけど、試合でも恋愛でもフルボッコにしてやろう。
と、締めようと思った矢先――俺達を鼻で笑う声がした
「ふふっ、兄さんに2度も勝った逸材がどんな人かと思って見にきたけど……とんだボンクラ色ボケ野郎みたいだね」
そう言葉を溢した銀髪の男は、駒川大高の木田哲也だった。
本来ならサッカーの天才として世界に羽ばたく選手。そして、世代最強のキチガイこと木田哲人の弟でもあった。
「おいおい、試合前の琴穂補給タイムを邪魔するなよ」
「(私補給されてたの!?)」
「それは失敬。あまりにも拍子抜けだったもので、つい本音が出てしまいましたよ」
木田哲也は饒舌に語っている。
一応、敬語は使えるみたいだな。偏見だけど、木田一族は先輩にもタメ語の印象だった。
「で、何の用だよ」
「そうですね。僕は兄さんほどお喋りじゃないので、簡潔に一言だけ言わせて頂きます」
木田哲也はそう言って言葉を続ける。
「僕は兄さんほどの才能はないけど、兄さんほど甘くもない。そんな冷酷で貪欲なこの僕が、木田兄弟の本当の恐ろしさを教えてあげましょう。うふふっ……あはははははははははは!」
そして――兄そっくりの高笑いを上げると、兄と同様に言い逃げしてしまった。
やはり蛙の子は蛙、容姿から言動まで瓜二つである。勿論、偵察した感じだとプレーの方も侮れない。
多彩な投手陣を擁しながら、恋人の天敵や天才の弟が打線に並ぶ駒川大高。
そんな強敵との西東京ベスト8を懸けた大一番が、いま始まろうとしていた。