45.鬼ゴッコ
都大三000 20=2
富士谷400 0=4
(三)宇治原、吉田―山城
(富)金城、柏原―近藤
5回裏、富士谷の攻撃は、8番の2年生・阿藤さんから。
そろそろ追加点を挙げたい所だが、都大三高のエース・吉田さんが立ち塞がる。
抑え気味でも140キロ前後のストレートと、落差のあるフォークボールを前に、この回も為す術もなく三者凡退を喫した。
追い込まれてのフォークを恐れるが故に、どの打者も早打ちしてしまっている。おまけに雨天時のスイングにも慣れていない。
本来、雨天時は守備側が不利な筈だが、経験値の差が顕著に出てしまっている。
この分だと、本当に初回の4点を守り切る展開になりそうだ。
6回の表、都大三高の攻撃。
先頭打者の木田が左打席に入ると、右手に握ったバットをゆっくりと回した。
「~♪」
木田は呑気に応援曲(世界で一番頑張ってる君に)を口ずさんでいる。
その振る舞いを見ても、頭がおかしいのが良く分かるが、実力は紛れもなく本物だ。
1年生で名門校の4番。そして――のちにプロでも大活躍する天才スラッガー。
ちなみに、弱点らしい弱点はない。強いて言うなら、手首に死球を受けたシーズンは、やや低迷していた気がする。
流石に故意死球は出来ないが……少し狙ってみるか。
初球、小さめのステップから、内角を抉るスライダーを放った。
高めに浮くと、木田は顔だけを仰け反らせる。
「(ふふ、天才の僕を前にして力んでるのかな?)」
木田は不敵な笑みを見せた。動揺する気配は全くない。
余計なボール球になったが、これで内に意識を持っていけただろう。
素早くサインを交換すると、外に向かって速い球――ツーシームを放った。
僅かに逃げる球に対して、木田はバットを鋭く振り抜く。
「ファールボォ!!」
「(先生の好きな対角線ね。ま、天才の僕には関係ないんだけど)」
勢いのある打球は、三塁側スタンドに突き刺さった。
対角線を読まれていたのだろうか。なら、次は同じコースを続けてみよう。
狙いは再びアウトロー。今度はバックドアのスライダーだ。
白球は右打席に向かっていくと、打者の手元でベースに吸い寄せられていく。
左打者から見て一番遠いストライク。そんな球に対して、木田は綺麗な流し打ちを見せた。
「フェア! フェアァ!」
声援に負けじと大きな声で、三塁審がそう叫んだ。
レフト線ギリギリに入る打球はフェンスまで転がる。
木田は足を取られながらも二塁を落とすと、ベース上でニヤニヤと笑みを浮かべた。
「(だから、そういうの関係ないんだって。僕を抑えたいなら、一番自信のある球を連投しないと♪)」
先程は力で持っていったかと思えば、今度は技で魅せてきた。
これだから天才打者は嫌になる。狙い球なんて必要ない、と言わんばかりの柔軟な打撃だった。
続く打者は体格のいい安田さん。
初球、外のストレートを弾き返すと、セカンド正面へのゴロとなった。
ランナーは進塁して一死三塁。相手は簡単に最低限ができるな。
「6番 ファースト 崎山くん 背番号 3」
アナウンスと共に、都大三高のオリジナルチャンステーマが鳴り響く。
左打者には入ったのは崎山さん。180cm81kgと体格が良く、選抜まではエースナンバーだった左腕でもある。
不調と下級生の台頭で1番を剥奪されたが、野手として主力に残るあたり、非常にセンスの高い選手なのだろう。
外野フライでも1点の場面。
富士谷の守備力だと内野ゴロでもリスクが高い。
ならば――狙いは内野フライ、或は三振。
インハイを振らせるピッチングが鍵になる。
一球目、外角低めに厳しく速球を放った。
「ボールッ!」
「(いい球だな。これで1年かよ)」
見送られてボール。外れてしまったが仕方がない。
塁はまだ空いているし、投げ急ぐ必要はないだろう。
二球目、内角高めのストレート。今度は入れることを優先。
「ットライーク!」
「(……制球も良い。次は外か?)」
構えた所に決まってストライク。崎山さんは球筋を見て頷いた。
一つ外でストライクが欲しいな、落ちる球も意識させたい。
念のためにボールも交換。ボールボーイに球を放ると、主審から新品のボールが返された。
三球目、白球を挟み込むと、外角低めを狙って放った。
「(狙い通り外のスト――いや、落ちる!)」
白球はバットから逃げるように鋭く落ちていく。
バットはベース上で止まるも、ハーフスイングが取られストライク。
本来なら決め球のスプリット。それをあえて、カウントを整えるのに使った。
「(これが例の変則スプリットね。全く、今年の1年は化け物だらけかよ)」
崎山さんは呆れ気味に息を吐いている。
一度ベンチを確認してから、再びバットを構え直した。
「(いきなり打てるとは思えない。それなら――)」
追い込んだ後の四球目、狙いは内角高めのストレート。
今度は厳しく攻める。ボールになったらスプリットで三振を狙えばいい。
高さは胸、コースはベースの縁。そこに向かって、俺は腕を振り抜こうとした。
「走ったぁ!!」
その瞬間、内野陣の叫びと共に、崎山さんはバットを寝かせた。
スクイズだ。けど、今更ウエストは間に合わない。
くそ、6番にスクイズなんてさせるなよな。
まあいい、やれるもんならやってみろよ。
そう簡単にスクイズされる程――俺は平凡な投手じゃない。
「(なっ……嘘だろ……!)」
崎山さんは目を丸めると、金属バットの鈍い音と共に、白球は高々と上がっていった。
近藤はマスクを投げて走り出し、木田は慌てて引き返す。
「……アウトォ!」
近藤がしっかり捕らえてキャッチャーフライ。
木田は帰塁に成功したが、これで二死三塁になった。
サイドスローから放たれる速球は、打者から見て浮き上がるように見える。
綺麗なバックスピン、かつ140キロ近い速球となれば尚更だ。
最初から構える送りバントならまだしも、そう簡単にスクイズやセーフティができる物ではない。
二死三塁となり続く打者は山城さん。
計3球を使って追い込むと、
「ットライーク! バッターアウッ!」
外の高速スライダーで空振り三振。
スプリットの影に隠れているが、この球も抜群の切れ味を誇っている。
サイドスローの投手としては、此方のほうが素直な決め球と言って良いだろう。
結局、この回もゼロに抑えた。
同点まではあと2点、残る守備はあと3回。
都大三000 200=2
富士谷400 00=4
(三)宇治原、吉田―山城
(富)金城、柏原―近藤
今日、秋季都大会では12点差を逆転する試合がありました。
高校野球は何が起こるか分かりませんね~。
尚、富士谷のモデルとなった高校は……残念ながら敗戦してしまいました……!