10.おーじゃ
江狛との試合後、俺達は富士谷高校に戻ってミーティングを行うことになった。
理由は他でもない。中2日で5回戦を迎える為、早めに対策を練るに至ったのだ。
「お、明八先制されてるわ」
「どうせ逆転するよ。初戦も5点差ひっくり返してなかった?」
「初戦は18対7の5回コールドっすね。まあ主力は打たれてないみたいですけど」
選手達は各々で雑談を繰り広げている。
今は偵察(昭島市民球場)に行った部員の戻り待ち。
その間、俺は某匿名掲示板で、試合中の様子を覗っていた。
【2012】西東京の高校野球PART3
353:実況@八王子市民球場
1回表 江狛
八子 中安
杉本 三犠
落合 右二+1
柏木 左二+1
江狛2点先制
堂上球高い
354:名無しのおじさん
狂犬江狛やるね
俺達の王者はどうなった?
355:昭島は暑い
西府西3―0駒川(1回表)
有馬くんのスリーラン炸裂
駒川の先発は佃くん
356:名無しのおじさん
ちょwwwww王者また佃で遊んでるのかよwwww
春も佃で遊んで負けたよなwwwwwww
357:名無しのおじさん
王者魅せるねぇ
今日もドラマティックな展開に期待
358:名無しのおじさん
駒川のどこが王者なんだよ
東スレ見てないから分からん
359:名無しのおじさん
>>358
練習試合の王者だから
360:名無しのおじさん
>>358
去年、夏前の練習試合で関越一や浦環学院をボコったらしいんだよ
んで駒川オタが優勝候補だと騒いだ結果、練習試合の王者と呼ばれるようになった
ちなみに大会では進学校の駒米学園相手にエース温存のナメプで大爆死してる
361:名無しのおじさん
>>360
ワロタ
362:名無しのおじさん
王者駒川絶対支持!!
この辺りは試合開始直後のレスだ。
前評判の低い側が揃ってリードしていて、スレも盛り上がりを見せている。
さて、ここで駒川大高というチームについて、少しだけ補足を入れていこう。
実のところ、駒川大高はネットでは「王者」と呼ばれている。
由来は見ての通り「練習試合の王者」から派生したもの。つまるところ、東京の高校野球スレ専用の内輪ネタである。
ただ、この王者という愛称は10年後も健在だったので、くだらない内輪ネタも侮れない。
もう一つ、狂犬江狛も同様に内輪ネタだ。(由来は恐らく狛犬からの連想)
富士谷も「富士谷Japan」と呼ばれることがあるし、東京スレではこの手の愛称が盛んらしい。
とまぁ、補足はこの辺にしておいて、スレを読み進めてみる。
スレが進むにつれて各地で点差が逆転し、駒川関連以外のレスは落ち着きを見せていた。
【2012】西東京の高校野球PART3
409:こちら昭島
西府西3―12駒川(5回裏終了)
コールド待ったなし
西府西は三遊間抜かれ過ぎ
詰めちゃえばいいのに
410:名無しのおじさん
王者強すぎクッソワロタァwwwwwwwwwwww
411:名無しのおじさん
王者駒川絶対支持!!
412:名無しのおじさん
富士谷も安全圏に入ったかな
王者vs富士谷JAPAN楽しみ過ぎる
413:名無しのおじさん
王者つえええええええええええええ!!
414:名無しのおじさん
1番はサッカー界からの刺客
真のエース竹下を完全温存
ドラマティックな試合展開
王者魅せすぎだろ……
415:名無しのおじさん
竹下は投げられないだけだろw
シートノックでヘボい送球してたぞ
416:名無しのおじさん
都亀も順当に勝ちそう
416:名無しのおじさん
王者は毎回違うピッチャー投げてるけど何人いるんだよw
これで更に竹下までいるとか王者の貫禄ヤバすぎる
417:名無しのおじさん
だから竹下は投げられないって
練習試合でもファーストでしか出てないもん
418:名無しのおじさん
王者駒川絶対支持!
ネット限定とはいえ、王者と呼ばれて間もない頃の駒川大高は絶大な支持を得ているようだ。
勿論、彼らの大半は駒川の応援席には来ないと思うし、現地は都立の富士谷に味方すると思うが。
そして――やはりと言うべきか、本来エースの竹下は正史通り投げられない。
こうなってくると、対策すべき投手は中井と多崎に絞られる。
とはいっても、竹下と中井はタイプが似ているし、アンダーの多崎は再現が難しいが。
「戻りました」
「よーし、始めるかー」
やがて偵察班(梅津と藤島)が戻ると、駒川大高戦の対策ミーティングが始まった。
先ずは偵察班の報告から。怪我でベンチを外れた梅津が教壇に上がる。
「えーと、とりあえずピッチャーなんですけど、今日は佃から庄司の継投でした。どちらも右のオーバーハンドですが、庄司は山なりのスローボールを混ぜてきます。佃は割とオーソドックスな感じでした」
「中井と多崎を温存してきたか。佃はないと思うが、庄司は投げてくるかもな」
「そうですね。ストレートも130は出てそうなので、比野台の大城さんより厄介かもです」
本日の駒川大高は主力の温存に成功したようだ。
ただ、この温存した中井や多崎を正直に出すとは限らない。
庄司は頭に入れておこう。奇襲を仕掛けてくる可能性は十分にある。
「次に打線ですけど、柏原さんの言ってた通り右打者は引っ張りしか能がないっすね」
「だろ。右打者の時はみんな左に寄っていいよ。なんならライトとセカンドいらないまである」
次にフルスイング打線の対策だが、これはシフトで抑え込めば完封できる。
八玉学園戦の打撃を見ても、シフトの裏を突くような技量は持ち合わせていない。
唯一、木田哲也だけは例外みたいなので、それだけは注意しよう。
「最後に守備ですけど……エラーは一つありましたけどみんな軽快でしたね。木田も含めて穴らしい穴は無いと思います」
「エラーはショートの程原か?」
「正解っす。なんでわかったんです?」
「程原は球際には強いが正面に弱いって噂で聞いてたからな」
噂という体にしたが、実際のところは実体験である。
なにせ駒川大高は正史では東東京だ。プラスして、関越一高とも練習試合をしている。
一応、形だけの偵察はさせたが、本当は俺の方が詳しかったりするのだ。
「こんなとこっすかね?」
「うい〜。中井ちゃんにリベンジするの楽しみだわ〜」
「そういえば去年の春に負けてるんだよね」
「あの時は田村さんと島井さんが打たれたからなー」
ミーティングが一段落すると、選手達はポツポツと言葉を溢し始めた。
一応、駒川大高には公式戦で敗れている。投げたのは田村さんと島井さんだったが、リベンジマッチなのは間違いない。
やはり「勝ち逃げ」はされたくないもの。
今度はエースの俺が先発して、練習試合の王者を確実に仕留める。