6.近い未来と遠い未来
ワクチンの副反応で寝てました。
今日からペース上げられるよう頑張ります……!
久保の夏が終わった翌日。
ヤグラ右上ブロックの2回戦も全て終わり、待ちに待たされた初戦の相手が青瀬に決まった。
尚、富士谷ブロックの結果は下記の通りである。
A青瀬8―1赤梅総合(7回コールド)
B都大桜庭3―6田梨
C桜美大町田1―7江狛
D西府西10―4拝嶋
E明学大西村山3―0百歳丘
F国秀院久山4―5x比野台
G八玉学園4―6駒川大高
田梨、江狛と都立勢が古豪に勝利。
百歳丘こそ中堅私立に負けたが、珍しく都立校の比率が上がってきた。
財原を擁する比野台、元同期のいる西府西の頑張り次第では、ベスト32は都立一色になるかもしれない。
ちなみに余談だが、開幕ゲームで劇的な勝利を飾った福生は、2回戦で谷田世学園にコールド負けを喫してしまった。
やはり強襲打が不味かったのだろうか。中里は野手としてすら出場できず、控え投手陣が滅多打ちにされて最後の夏を終えたらしい。
彼は本来なら、富士谷でベスト16まで勝ち上がる選手だ。
それが俺達のせいで2回戦敗退。こうなってくると、少なからず罪悪感を感じてしまう。
ただ、中里は去年ベスト16に残った他、正史では勝てなかった佼呈学園にも勝利している。
そう考えたら、彼は正史よりも少しだけ報われたのかもしれない。
と、自分に言い聞かせながら、本来のエースの最期を締め括った。
※
「おまえらさー、進路希望どうした?」
その日の練習前、唐突に問い掛けてきたのは京田だった。
3年生にとっては欠かせない進路の話。そういえば、皆の進路というものを存じ上げないな。
「僕は大学進学。明神や蒼山あたりを受けてみるよ」
「俺は都大とか専秀とか、その編の偏差値の所だな」
「なにぃ! おまえらコッソリ勉強しやがって! 俺なんて国修舘でも厳しいって言われたぞ!」
野本、近藤、京田は大学進学するようだ。
非常に無難というべきか。驚くほどツッコミ所がないな。
「学費免除なら大学いきて〜けど、無理なら就職だな〜」
「俺も俺も。これ以上は姉ちゃんに迷惑かけられないし」
鈴木と渡辺は就職寄り。鈴木は口振りからして野球で就活するつもりだ。
渡辺も打力のあるショートなので、甲子園での活躍次第では野球で就職できるかしれない。
「で、プロ注の君らはどうなん」
「ふむ……非常に悩ましい選択だが、俺は高卒でプロを目指す。学も大事だが、それ以上に早く自立したい」
「俺は上位指名なら高卒プロだな。確信が得られなきゃセレクションで大学進学するわ」
堂上は高卒プロ狙い。彼は頭も良いので少し勿体無い気がする。
そして俺も上位指名が決定的なら高卒プロ。これに関しては、甲子園での活躍を判断材料にするつもりだ。
なにせ甲子園のスターは評価が無駄にインフレする。
もし都大三高を倒して、甲子園でも上位進出すれば、3位以内での指名は堅くなってくるだろう。
「マネ供は?」
「私は大学だな。どこ行くかは決めてないけど、真中先生には駒川を勧められてる」
続けてマネージャー陣。成績の良い夏美は大学進学のようだ。
残りの2人はどうだろう。偏見だけど恵はアパレルとか美容系が似合いそうだが……。
「私も大学行くよ~」
恵はそう言い放つと、3年生達は一斉に吹き出した。
常に赤点ギリギリの恵が何処へ行くんだ。このままだと定員割れの大学しか入れないぞ。
「はぁー!? 俺よりバカな恵は無理だろ!」
「浪人してでも絶対行くし!」
「恵ちゃん遊びたいだけっしょ~」
「ち~が~い~ま~すぅ~。これでも将来の夢とかあるんですぅ~」
「絶対無い……」
当然ながら選手達からも弄られている。
さて、残るはタダ乗りの達人こと琴穂。しれっと会話に入らないフリをしていたが、段々と注目が集まっていく。
「ほ~ら~。隠す事じゃないでしょ~、教えなよ~」
やがて恵に催促されると、琴穂は恥ずかしそうに俺の服を掴んできた。
そして――。
「……私はプロ野球選手のお嫁さんっ」
なんて言うものだから、京田がかつてない程キレてそうな表情でガン飛ばしてきた。
うん、俺の彼女は今日も最高に可愛いな。ただ、担任の谷繁先生は過去最高に困ったに違いない。
「ふむ……しかしだな琴穂。柏原と結婚すると決まった訳でもなければ、柏原がプロ野球選手として成功する保証もない。そうなってくると、琴穂自身の稼ぎも必要になる訳だが……」
「するもんっ!」
「しなかったらの話だ。職歴の無い高卒が働ける場所は限られている。それとも、柏原がダメだったら他のプロ野球選手に乗り換えるつもりか?」
唐突に突っ掛かってきたのは堂上である。
何をそんなキレてるんだよ、と言ってやろうと思ったが、意外にも琴穂は動揺していなかった。
それはまるで、想定内の批判だと言わんばかりに。
「ううん、そんなことしないよっ。プロ野球選手じゃなくても、お金なんて無くても、かっしーと一緒なら私は幸せだもん」
「琴穂……」
琴穂はそう言って笑顔を見せると、俺は思わず感動してしまった。
なんて良い子なんだろう。こんな天使みたいな子が俺の恋人で良いのだろうか。
と、感動的な雰囲気になったのも束の間、堂上は琴穂に迫ってきた。
そして両手で琴穂の頭を掴むと――。
「真面目に考えないと破滅の道に進むぞ。就職する気がないのであれば、専門でもいいから必ず進学しろ。いいな?」
無表情のまま、そう言い放ってきた。
いくらなんでも人の恋人に入れ込みすぎだろ。何が彼を駆り立てているのだろうか……。
「ひゃ、ひゃい……」
琴穂は目を丸めながら震えている。
よほど怖かったのだろうか。こんなに怯えた琴穂を見たのは、一緒にホラー映画を見たとき以来だった。
結局、この一件が切っ掛けで、琴穂は看護師の専門学校に行くと言い出した。
彼女の学力で行けるかは不明だが、堂上は満足したようで、無事に和解したらしい。