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5.さらば府中の友よ

 八玉学園と駒川大高の一戦は、回が進むに連れて八玉学園が追い上げてきた。

 貧打と言えども強豪校と言うべきか。最速138キロ右腕・中井の球を捉えつつある。

 6回表は犠牲フライ、7回表はスクイズで加点して、4対3の1点差という所まで詰めていた。


 7回裏は好守備連発で無得点。こうなってくると、より一層と流れが八玉学園に傾いてくる。

 しかし、そんな流れを断ち切るかのように、駒川大高は背番号1の多崎をマウンドに送り込んだ。


「お飾りエースでてきたじゃん」

「背高いし良い球投げそう」

「普通にエースっぽいけどなぁ」


 多崎は184㎝77kgの2年生右腕。

 附属大学と同じデザインのユニも似合っていて、その風貌はプロ注目投手のようにも見える。

 ただ、彼は皆が期待しているような投手ではない。何故なら――。


「うわ、アンダーかよ」

「珍しいね」

「背高いのに勿体ね~」


 多崎は現代では珍しいアンダースローである。

 それも直球は130キロ弱と下投げにしては速く、逆に変化球は殆どストライクに入ってこない。

 つまるところ、彼は珍しい下投げの中でも更に珍しい「本格派アンダースロー」なのだ。


「ぜんぜん捉えらんね~」

「普通に良いピッチャーだね。強力打線にはこっちの方がハマるかも?」


 多崎はキレのある直球を武器に、8回表の攻撃を三者凡退で仕留めた。

 この継投は厄介かもしれない。アンダースローは慣れるまで時間が掛かるので、終盤ビハインドで出てくると焦らされる。

 打線の弱い八玉学園なら尚更だろう。


 さて、攻守が入れ替わって8回裏。流れを断ち切った駒川大高は下位打線から。

 八玉学園としてはサクッと終わらせたいイニングだったが、先頭の相生は詰められた三遊間を強引に抜いてきた。


 シフトを無視した強引なバッティングで無死一塁。

 続く青島はレフトフライに倒れたが、途中交代の多崎もレフト前にヒットを放った。

 これで一死一二塁、打順は1番に戻って木田哲也を迎える。


「ここで天才の弟かよ~」

「打たれたら試合が決まるね」

「サッカー野郎に打たれんなよ!」


 富士谷の3年生も見守る中、東京が誇るキチガイ様の弟が左打席に入った。

 マウンドには依然として左腕の横溝。伝令を使って落ち着いてから、セットポジションの構えに入る。


「(ふむふむ、彼は流せるしインしかないですな。腹括って勝負しますぞ)」


 やがて投球モーションに入ると、130キロ中盤の速球を胸元に投げ込んできた。

 果敢にインハイを突いた一球。木田哲也は迷わずバットを振り抜ていく。

 そして次の瞬間――沸き上がる大歓声と共に、捉えた当たりは一二塁間に転がっていった。


「(……届く!)」

「わああああああああああああああああああああああ!!」

「よく捕った!!」


 これは……と思ったのも束の間、セカンドの久保は渾身のダイビングキャッチで白球を捕えた。

 彼なら二塁も間に合いそうなタイミング。しかし、起き上がるのに手間取ると、体勢を崩したまま一塁に放り投げた。


「アウト!!」


 一塁はアウトで二死二三塁。

 久保は一塁手に支えられながら立ち上がると、その場で足のストレッチを始めた。


「あれ、足攣った?」

「みたいだな。クソ暑いし仕方ねぇわ」

「9回表は久保くんに回るしピンチだね」


 どうやら足を攣ったみたいだが……酷暑での高校野球では珍しいことではない。

 特に、今日はレフト方向にばかり打球が飛んでいた。唐突に激しい動きをした結果、体に影響が出たのだろう。

 

『選手の治療中の為、暫くお待ちください……』


 やがてアナウンスが流れると、両軍の選手はベンチに引き上げた。

 ここまで重症なら久保は下げたい所。しかし、9回表は3番の久保に打順が回るので、引っ張りたい心理にも頷ける。

 何故なら、下級生時代から上位打線の3番打者と、ロクに公式戦にも出てない控え二塁手では、天と地ほどの差があるからだ。


「おお〜!!」

「頑張れー!」


 やがて客席から拍手が沸き上がると、八玉学園の選手達は守備に散っていった。

 久保もゆっくりした動きでセカンドの定位置に戻る。ただ、足を引き摺っているのは明らかだった。


『只今のバッターは、2番 セカンド 君島くん。背番号 4』

「(これ流石に流した方がいいよな? 監督怒るかな?)」


 ここで迎える打者は琴穂の天敵こと君島。

 彼は右打者なので、駒川大高のセオリーに則るなら左方向に打球が飛ぶはず。

 なにせシフトにも屈せず狭い三遊間を抜いていく打線だ。流石にセカンドの久保は狙わないとは思うが――。


「(やべ、打ち上げた! 慣れないことするもんじゃねぇ!!)」


 そう思ったのも束の間、君島は窮屈そうなバッティングで初球を打ち上げた。

 打球はセカンド後方に飛んでいく。それは一見、誰がどう見ても打ち取った当たりだった。

 しかし――。


「うわあああああああああああああああ!!」

「捕ってぇえええええええええええええ!!」


 足を攣っている久保は、打球を追いながら転倒してしまった。

 ライトは全力疾走で突っ込んでくる。やがてグラブを出して飛び込むと、白球の姿が見えなくなった。

 果たして、白球の行方は――。

 

「フェア! フェア!!」

「わあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 白球はギリギリでバウンドして、フェアの判定が下された。

 二塁走者の多崎は既に三塁を蹴っている。当然ながらバックホームの返球は間に合わない。

 久保の実質エラーで3対6。プレー続行が裏目に出て試合が決まってしまった。


「あ、担架でてきた」

「拍手すげー」


 久保は担架に乗せられてベンチに退いていく。

 その間、彼はずっと顔を隠していた。普段なら追いつけた打球だけに、悔しくて堪らないのだろう。


「……5回戦の相手も分かったし帰るか」

「え〜、最後まで観てかなくていいの〜?」

「いい。久保と鉢合わせになったら気まずいしな」


 俺は恵と言葉を交わすと、財布を持って立ち上がった。

 これ以上は観る必要がない。偵察としては十分過ぎる程の情報は得られた。

 それよりも、今は自分達の調整を優先しよう。


 その後、東京高野連HPを確認して、駒川大高が6対4で勝利した事を知った。

 どうやら9回表に1点だけ返したらしい。こうなってくると、久保の足は本当に悔やまれる。


 あの実質エラーが無ければ、或いは久保が打線に残っていれば。

 そう思わされる結果で、一人の元同期の夏が終わった。




・実例「打球が足攣った選手に……」

第104回全国高等学校野球選手権大会 西東京大会

2回戦 スリーボンドスタジアム八王子(旧:八王子市民球場)

創価6―4日野


・解説

日野の1点リードで迎えた8回裏、先頭打者の長打の間にセンターで4番の選手が足を攣ってしまいました。

その後、二死三塁まで持ち込むも、続く打者の放った当たりはセンターへ。

10分間の中断の末にプレーを続行していたセンターは、打球を追えずに転倒し、その後も打線が続いて逆転されてしまいました。

今年は地球温暖化やコロナによる練習不足で足を攣る選手が増えてるみたいです。中軸だと替え辛い部分もありますが、甲子園に出る監督達には英断を期待したいですね……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 長身のアンダースロー投手はNPBにはいませんが、KBOにはけっこういたりします。見たことありますが初見で打つのはしんどいですね。
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