4.恐怖のフルスイング打線
衝撃的な試合の余韻が残る中、八玉学園と駒川大高はアップを開始した。
お互いに強豪校なだけあってノックは軽快。ハイレベルな一戦を予感させられる。
尚、スタメンは下記の通りになった。
【八玉学園】
⑧北澤(3年)
⑤手島(3年)
④久保(3年)
①横溝(3年)
③市橋(3年)
⑨初鹿野(3年)
②柳(2年)
⑦宇田川(3年)
⑥黒田(1年)
【駒川大高】
左 ⑳木田(1年)
二 ④君島(3年)
遊 ⑥程原(3年)
右 ⑦矢崎(2年)
一 ③竹下(3年)
投 ⑨中井(3年)
中 ⑧相生(2年)
捕 ②青島(3年)
三 ⑤梅澤(2年)
個人的に注目しているのは駒川大高の木田哲也。
なにを言おう、彼は都大三高のキチガイ・木田哲人の弟であり、本来なら日本を代表するサッカー選手になる筈の人間だ。
それが何故か、今回は野球部に入部している。
理由は分からない。恐らくバタフライエフェクトなんだろうけど、実力が気になる所だった。
「駒川はエース温存かよ」
「本来エースの竹下はたぶん怪我。1番の多崎はお飾りだから、先発の中井が実質エースだよ」
「よく知ってんなー」
「お、中井じゃん! シニア同じだったわ~」
ちなみに、正史ではファーストミット四天王だった竹下は、今史でも背番号3で登録されている。
この調子だと怪我は変わらずか。本調子なら最速143キロの右腕なので、彼が欠けているのは非常に大きい。
ということで、先発を任されたのは2枚看板の片割れである中井大介。
彼は最速138キロの本格右腕であり、外角の制球と決め球のフォークにも定評があると噂されている。
また、鈴木や渡辺と同じ武蔵境シニアの出身で、そこではエースを務めていた選手だった。
「うわぁ、君島がいる……」
「嫌いなの?」
「大っ嫌いっ! 私がその……えっと……お、お粗相すると言いふらすしっ。体操着の妖精とか言い出したのも君島だよっ!」
「おおう。アイツが元凶だったのか」
もう一つ、君島は琴穂と9年間同じクラスだった強運の持ち主だ。
当然ながら俺とも同じ学校出身。だた、中学では学校の軟式野球部に入部したので、シニアの俺とは別チームだった。
一応、リトルリーグでは同じチームだったが、琴穂の天敵らしいので久保のいる八玉学園を支持しよう。
「ベンチ前ー!!」
「っしゃい!」
さて、どうやら試合が始まるようだ。
やたらと知り合いが多い一戦。やや八玉学園に肩入れしながら観戦させて頂こう。
※
1回表、八玉学園の攻撃は、二死から連打が出るも無得点で終わった。
流石、久保に3番を任せる打線というべきか。打力に関しては全く期待できない。
貧打の八玉学園としては、ロースコアに持ち込んでワンチャンスをモノにするしかないだろう。
攻守が入れ替わって1回裏、駒川大高の攻撃は注目の木田哲也から。
最速138キロ左腕の横溝を相手に、素人の彼はどのようなバッティングを披露するのだろうか。
「(ふーむ、サッカー界から俊足の助っ人ですか。左打席だし王道ならセーフティですな。やらせましょう、小生は手島氏を信じますぞ)」
一球目、マウンドの横溝は、だらしない腹を揺らしながら腕を振り下ろした。
白球は外角低めに吸い込まれていく。そして次の瞬間――木田哲也は逆らわずにバットを出した。
「おおおおおおおおおおお!!」
「天才の弟すげー!!」
彼は綺麗な流し打ちを披露すると、鋭い打球はレフト線ギリギリでワンバウンドした。
木田は二塁も落として無死二塁。素人のツーベースでいきなりチャンスを演出した。
「木田の弟ってサッカーだろ? なんで野球の試合に出てんだよ。しかも普通に打ってるし」
「さぁ。兄貴に感化されたとか?」
「天才サッカー少年としてテレビにも出てたよね。天才は何やっても凄いなぁ」
富士谷の選手達も驚きを露わにしている。
木田哲也は全国的に有名なサッカー少年。そんな彼が野球で魅せたのだから、本職の野球部としては複雑な心境だ。
これが天才一家の驚異的な才能というものなのだろうか。
「ファール!!」
「打球はえー」
「駒川ってこんな強かったっけ? 強豪の中では弱い方だとおもってたけど……」
続く打者は右打者の君島。初球を引っ張ってファールになった。
三塁線ギリギリ切れたが凄まじく強い打球。あまりの迫力に客席も騒めいている。
ただ、このバッティングこそが、駒川大高の伝統的な弱点だった。
というのも、駒川大高では打者全員がフルスイングするよう指導されている。
だからタイミングが合わなければクルックルだし、引っ張り方向にしか強い打球が放てない。
つまるところ、三遊間と左中間を詰めれば極端にヒット率が下がるのだ。
「わああああああああああああああ!!」
「駒川つえー!!」
一死一三塁になった所で、4番の矢崎が先制スリーランを放った。
彼は右打者なので当然ながらレフト方向。出会い頭の一発が厄介なのは間違いない。
シフトと配球でどう封じるか。対決するならココがポイントになるだろう。
そんな感じで、駒川大高が先制パンチをかました試合は、2回以降はロースコアの守り合いになった。
八玉学園も駒川打線の傾向に気付いたのか、ショートとセンターが極端に左側に寄っている。
また、バッテリーも外を遠く見せる配球で、駒川大高の打者は引っかけた当たりを量産した。
しかし、貧打の八玉学園にとって、初回3失点は致命傷だったのかもしれない。
基本的に横溝と久保を絡めないと点が取れないので、前半戦では1点を返すのが精一杯だった。
もう一つ、流せる木田哲也にはシフトと外角攻めが使えない。駒川大高は彼を起点とした攻めで1点を追加していた。
5回終了時点で4対1。
駒川大高も守備が堅いので、八玉学園としては非常に苦しい展開だ。
それでも、同じ八王子市の学校として、同じシニア出身の選手がいる身として、今は八玉学園の逆転を信じたい。
富士谷高校のモデルになった都立富士森高校が西東京大会ベスト4に進出しました!おめでとうこざいます!
次は都立に40年くらい負けてない日大三高!作品のように記録に終止符を打てるといいですね……!




