3.気になる試合
とある日の放課後、俺達は東京高野連のHPを頻りに更新していた。
理由は他でもない。本日は富士谷ブロックの試合が多いので、その結果が気になって仕方がないのだ。
この時期は期末テストも終わり午前授業。
放課後となると、ちょうど拮抗した第一試合が佳境を迎えていて、決着に向かっていく時間帯だった。
逆転するか、耐えるか、或いは突き放して試合を決めるか。その様子は速報を見ているだけでも面白い。
「比野台勝ってるってマジ?」
「ああ。追い上げられてるけどな」
「財原くん耐えられるかなぁ」
「アイツなら大丈夫だろ」
特に注目は八王子市民球場の第1試合。
比野台と國秀院久山の試合で、終盤まで都立の比野台がリードしている。
尚、現在の状況は下記の通りだった。
國秀久000 011 0=2
比野台300 100 0=4
投手【國】高嶺、植松【比】財原
捕手【國】大海【比】西井
本塁打【國】大海【比】
三塁打【國】西川【比】河野
二塁打【國】大海、植松【比】財原
情報から察するに、次戦に備えて植松を温存した結果、ノーコンの高嶺が炎上したのだろう。
そして隠れ好左腕の財原が粘りの投球を披露。実際に見た訳ではないけど、恐らくそんな感じだ。
「8回表長いね。点入ったのかな……?」
「い、言っても10分くらいだろ!」
野本と夏美は不安そうに言葉を交わしている。
彼らは財原の元チームメイト。8回表の攻撃が長引いているので、かつての仲間を心配しているのだろう。
「そんなに気になるなら観てくれば〜?」
ふと、口を挟んできたのは恵だった。
確かに、地元の八王子市民球場なら、今から観に行っても最終回には間に合う。
ただ、此方にも調整があるので、遊んでる暇はないのも事実だった。
「流石にそれは不味いだろ」
「次の試合は八学と駒川でしょ? 偵察ってことに出来るし、かっしーも久保くん気になるんでしょ」
「まあそうだけどよ」
ちなみに、八王子市民球場の第2試合は、八玉学園と駒川大高の試合である。
この試合も色々な意味で注目だ。特に駒川大高には、どうしても観ておきたい選手が居るので、本音で言えば行ってみたかった。
「モヤモヤしながら練習するよりは、短時間でもスッキリしてから練習した方がいいと思うよ〜」
「竜也、いこーよっ」
「よし行くか」
「(決断はやっ……。これから頼み事は琴ちゃん通そ〜っと)」
結局、琴穂の一声で試合を観に行くことになった。
やはり知り合いには勝って欲しいもの。財原と久保の健闘を祈りつつ、俺達は八王子市民球場に向かった。
※
やがて八王子市民球場に辿り着くと、ブラスバンドが奏でる「上からマリコ」の音色が聞こえてきた。
大阪王蔭が演奏して定番入りした曲。どうやら比野台は早くも取り入れたようだ。
「げ、逆転されてる」
「けどサヨナラの走者も出てるよ」
「激アツじゃん!」
試合は既に9回裏。
比野台は1点ビハインドになっていたが、一死一二塁のチャンスを迎えている。
ここで迎える打者は5番の西井。大半の都立ならバントする場面だが、西井はヒッティングの構えを見せていた。
これは理に適っている判断だ。
西井で送ると6番(財原)は敬遠されるので、打順が7番まで下ってしまう。
選手層の薄い都立の5番と7番の力量差は計り知れない。相手のミスなしで走者を返すには、ヒッティングで正解の場面だった。
「華恋めっちゃ応援してるじゃん」
「今行くと邪魔だろうから、後で顔出しにいこっか」
「あの子、あんな必死になることあるんだなー」
三塁側のスタンドでは、昨年に練習試合で対決した女性投手・大城華恋が、必死に応援歌を歌っている。
強気でクールな彼女ですら夢中になる大一番。果たして、その行く末は如何に――。
「デッドボォ!!」
「わあああああああああああああああああああ!!」
マウンドの植松は二球で追い込むも、三球目が西井の体を掠めてデッドボールになった。
簡単に追い込みながらも痛恨の失投。これで一死満塁、逆転サヨナラの走者が二塁まで進んだ。
『6番 ピッチャー 財原くん。背番号 1』
ここで迎える打者はエースの財原。
応援曲が怪盗少女に切り替わる中、左打席でバットを構えた。
「比野台勝てるぞー! 頑張れー!」
「いけー財原!!」
「転がせ転がせー! 難しい球振るなよー!」
スタンドは比野台の応援一色に染まっている。
球場全体がジャイアントキリングをアシストする流れに、国秀院久山の選手達は飲まれているようにも見えた。
「(大丈夫。ランナーは内野安打、ポテンヒット、追い込んでからの死球だ。打たれてねーし自信もって投げてこい)」
捕手の大海がサインを出すと、マウンドの植松はセットから腕を振り下ろす。
そして次の瞬間――財原は唐突にバットを寝かせてきた。
「ボール!!」
「(あっ……ぶねぇ。くそ、心臓止まったかと思ったぞ)」
スクイズは構えだけ。植松は咄嗟に外してボールになった。
比野台は裏だから同点にさえ追い付けば問題ない。逆に言えば、表の国秀院久山からしたら同点でもNGだ。
こうなってくると、メンタル的には比野台に分があると言っても過言ではない。
「ボール、ツー!!」
二球目もスクイズの構えだけ。これも植松が外してボール。
そして迎えた三球目――。
「ファール!!」
「(フリだけじゃねーのかよクソが)」
財原はセーフティスクイズを試みるも、三塁線に切れてファールになった。
決して満塁でセーフティスクイズは有効ではない。それでも、国秀院久山のバッテリーは、精神を擦り減らしているように見えた。
「ボール、スリー!!」
三球目、スライダーはバットを止めてボール。
大海は白球を溢すと、慌てて拾って三塁走者を目で刺した。
「竜也っ、次は待った方がいいの?」
「ああ、次はド真ん中のストレート以外振らなくていい。それでサクッと同点だな」
「そうやってプロ注目基準で語って~。普通の高校生はそんな簡単にできないからね~?」
琴穂や恵と言葉を交わしながら、財原vs植松の行く末を見守る。
四球目、植松が放った球は低めの速い球。財原はハーフスイング気味にバットを止めると、白球はワンバウンドして大海のミットを弾いた。
「ボール、フォア!!」
「わああああああああああああああああああああ!!」
痛恨の押し出しで同点。これで試合が振り出しに戻った。
大海は溢したボールを慌てて追いかけている。とは言っても、別に大して遠くに溢した訳では無い。
しかし、次の瞬間――二度と忘れないであろう驚愕のプレーが飛び出した。
「(流石にそれは踏ませねぇよ……!)」
驚くことに大海は、押し出しで生還しようとしたランナーを、挟殺プレーに持ち込もうとしたのだ。
塁が空いていると思ったのか。或は、ハーフスイングをストライクだと勘違いしたのか。
わからない、わからないけど――彼は三塁走者を「ボールを溢した隙に進塁した」と思い込んでいた。
「(あ、あれ!? 俺なんか間違えてた!? やべぇ……!)」
あまりにも気迫の籠った大海のプレーに、三塁走者の安藤も足を止めて引き返している。
国秀院久山の内野陣も気付いていない。誰しもが、安藤を挟殺するものだと思っていた。
「ばっか! 押し出しだよ!!」
「投げるな大海!!」
「安藤ホームいっていいぞ!!」
そんな中、異変に気付いた両軍のベンチ陣が必死に叫び出した。
しかし、大海は安藤を三塁ベースに追い詰めている。彼がベンチの声に気付いたのは、三塁手の岡田に投げようとした瞬間だった。
「(あれ……? 俺はなにをやって……あっ)」
投げる手を止めようとした大海は、白球を引っかけて叩きつけてしまった。
ハーフバウンドの送球が岡田に襲い掛かる。岡田はバウンドを合わせようとしたが、白球は無情にもグラブをすり抜けていった。
「わああああああああああああああああああああ!!」
「えええええええええええええええええええええ!?」
響き渡る大歓声と凄まじい悲鳴。
挟まれていた安藤のみならず、三塁に到達していた河野までもがホームに突入している。
一方、国秀院久山の選手達は、その場で膝から崩れ落ちてしまった。
「っしゃああああああああ!!」
「ナイス演技安藤!!」
「やったあああああああああああああああああ!!」
痛恨のツーラン押し出しで比野台の逆転サヨナラ勝ち。
あまりにも呆気ない幕切れだったが、比野台の選手達は優勝したかのように喜びを爆発させていた。
「嘘だろ……こんなことあるのかよ……」
「大海くん、これは暫く引き摺るだろうなぁ」
「やば~。私だったら二度と学校行けないかも」
富士谷の面々も驚きを露わにしている。
当然と言えば当然だ。ツーラン押し出しなんて聞いたことがない。
それも強豪校がやらかしたのだから、その衝撃は並々ならぬものだろう。
これが夏の怖さ、とでも言うべきか。
極限まで精神が擦り減った結果、普通では考えられないプレーをしてしまう。
一見ふざけたプレーだが他人事ではない。これは富士谷でも起こり得るプレーなのだ。
「お、華恋ちゃん号泣してんじゃん」
「あいつは意外と涙脆いんだよ。少し揶揄ってやるか」
「普通に女の子っぽいところあるんだね~」
そんな感じで、一部の選手達は比野台の応援席に向かっていった。
さて、次は俺のメインである八玉学園vs駒川大高。国秀院久山が負けた以上、この勝者が来ると思うので、しっかり目に焼き付けていこう。
・実例「ツーラン押し出し事件」
2012年度 秋季東京都大会準々決勝 明治神宮第二球場
日体荏原(現:日体大荏原)6―4日野
・解説
日野の攻撃中、満塁でフォアボールを出した場面で、日体荏原の捕手は少しボールを溢してしまいました。
それで勘違いしたのか、日体荏原の捕手は押し出しで生還しようとした走者を追い掛け回し、走者や野手達も勘違いして挟殺プレー開始。
何度か往復したのちに、日体荏原の野手が送球を逸してしまい、二塁走者までもが生還してしまいました。




