30.西東京の夏が始まる(前)
ここは杉並区内にある某ハンバーガーチェーン店。
そのカウンター席では、制服の違う男が2人で座っていた。
「しっかし、お互いに最悪の籤引いちまったなー」
そんな言葉を溢したのは、国秀院久山の正捕手・大海諒である。
U-17東京選抜にも選ばれた大型捕手で、西東京の注目選手として雑誌にも取り上げられていた。
「お前のところはまだいいだろ。こっちはいきなり三高だぜ?」
そう言い返したのは佼呈学園の吉原大成。
彼もまた、西東京では屈指の大型内野手として注目を浴びている。
吉原と大海は同じボーイズの出身であり、大会前に2人で会っている所だった。
「三高は初戦だろ? 初戦は難しいし、足を掬えるかもしれねーじゃん」
「あー……まぁそこは隙よな。けどほら、ウチは秋に5回で23点も取られてボコられてるから」
「そういや7人くらい投げて全員ボコられてたよな……」
「ああ。今でも忘れねぇわ。前野と森はイップスになるし、重藤は心折れて投手辞めるし、大貫は強襲安打で骨折だぜ。もう野球になってねーよ」
大海と吉原はそんな言葉を交わしていく。
佼呈学園は秋季大会で都大三高に23-0で敗戦。その際、エース格の前野と森はイップスになり、春は調整が遅れてシードを逃した。
尚、前野は最速140キロと縦スラが武器の好右腕、森は130キロ前後で制球の良い好左腕だが、2人合わせてアウト4つしか取れなかった。
「で、そっちはどうよ。勝てそうなん」
「植松でどこまで行けるかだな。初戦と4回戦を高嶺や2年で凌げれば、3回戦と富士谷は万全で挑めると思うんだけど」
「高嶺は怖くね。練習試合で見た感じだと試合壊れる気しかしないぞ」
「都立相手なら力で捻じ伏せられるって。まぁウチは2年連続で都立に負けてるけど……」
一方、国秀院久山も植松という最速140キロ右腕を擁している。
それも植松は前野よりアベレージが高く、常時130キロ後半を記録できるパワーピッチャーだ。
また、控えの高嶺も球速だけなら最速145キロと、制球難だが高いポテンシャルを秘めていた。
「しっかし、俺らって目立てなかったよなぁ。こんだけ戦力揃ってんのに」
「それな。絶対的な4番と140キロ右腕いたら普通は優勝候補だろ……」
ふと、彼らは口を揃えてそんな言葉を溢した。
共に注目選手の4番と最速140キロのエースも持つ強豪校。本来なら優勝候補として扱われてもおかしくない筈だ。
しかし――インフレした今年の西東京では2番手以下。その中でも微妙な扱いなのが現状だった。
「あークソ、3年連続で都立に敗退とか絶対嫌だぞ」
「こっちだって二度も三高にボコられたくねーわ。ぜってータダでは負けねぇ」
「気合入ってんな。俺らもやるか、レボリューション! ってな」
「でた上乃学園。あれほんとバカだよなー」
そんな感じで、彼らはこの後も愚痴っぽく語り続けた。
やはり最後の夏にかける思いは強い。勿論、それは国秀院久山と佼呈学園だけでなく、全ての高校に言えることである。
【創唖高校(小平市)】
「ああ、小作先生。私達に力を貸してください。必ずや朗報を届けます」
小平市にある創唖高校では、選手一同が教祖の銅像を前に祈りを捧げていた。
同校はスタメンの大半が1年時から公式戦を経験している。まさに3年間の集大成であり、今年こそは甲子園にと意気込んでいた。
【都立比野高校(日野市)】
「富士谷の逆に入っちゃったな。リベンジしたかったのに」
「なに言ってんだよ。決勝にいきゃリベンジできるだろ」
「確かにな。んじゃ、今度こそ、都立と言ったら比野だって証明してやろうぜ」
「ああ。陽介ばっかりに良い思いはさせらんねーわ」
都立の雄・比野高校では、佐瀬と高尾のバッテリーが語り合っていた。
彼らは共に京田と同じシニア出身。佐瀬は左サイドながら最速138キロを投げる好投手だ。
また、足立というプロ注目の長身右腕も擁していて、今年の投手層は近年の都立最強(富士谷除く)とも噂されていた。
【八玉学園(八王子市)】
「久保氏、ずばり今年の目標は如何なるもので?」
「とりあえず柏原にリベンジして、最後くらい宮城の国修舘とやって勝ちたいな」
「むむ! つまり決勝進出ということですな! そこまできたら優勝しかないですぞぉ!」
「それもそうだなぁ。横溝、優勝しよう」
八玉学園も今年に勝負をかけている強豪校。
東京No.1二塁手の座を町田(都大三高)と争う久保に、4番でエースを務める好左腕・横溝も擁している。
例年通り堅い守備も健在で、投手も含めたディフェンス面は東京屈指との評価だった。
【国修館(世田谷区)】
「宮城、打順のことなんだが……」
「4番ですよね。いいですよ、任せてください」
「おお、受け入れてくれるか。勿論、調子次第で前後することはあるが……打線の要は任せたぞ」
「(ったく、しゃーねーな。でけーの打ってやるか)」
東京No.1の俊足を誇る宮城は、監督に初戦の4番を言い渡された所だった。
彼は本来なら1番を打ちたい選手。しかし、俊足の選手が揃う国修館では、打力のある宮城を中軸に据えるに至った。
尤も、これは正史通りの起用である。ただ一つ、正史と違う所があるのなら――宮城が自ら中軸を受け入れたということだろう。
【駒川大高(世田谷区)】
「この夏限定って聞いた時は、ふざけんなって思ったけど……何度見ても凄すぎるな」
「ああ。サッカー部の監督も了承してくれてる。いや、逆らえないんだろうな……サッカー部としても彼に来てもらえないと困るから」
「本来なら海外行ってるような逸材ですもんね。多少の蛮行は見逃す方針なんでしょう」
ここは世田谷区にある駒川大高。
指導者や主力選手が見守る中、銀髪の1年生が華麗なバット捌きを披露していた。
「おいおい、本当に大会終わったら辞めちまうのか? こんなに上手いのに勿体ねーよ」
「ええ、僕の本業はサッカーなので。野球には兄さんがいますし、僕が野球を続けたらサッカー界の損失になりますからね」
銀髪の少年は他の部員と言葉を交わす。
実のところ、彼は本来ならサッカー部に入部していた選手。
ただ、今回は夏までは野球部に在籍して、大会後にサッカー部に転部することになっていた。
「じゃあ何で夏限定で野球部に……」
「君島さんには言ってませんでしたっけ?」
「ああ。聞いてねぇや」
「教えましょう。僕の兄さんは世界一の天才なんです。だから誰よりも目立たなきゃいけないんですけど……そんな兄さんの邪魔ばかりする凡人がいると聞きましてね。兄さんに次ぐ天才の僕が、これ以上邪魔できないように懲らしめてやろうと思ったんですよ」
銀髪の少年はそこまで語ると、不敵な笑みを見せる。
「僕は兄さんほどの才能はないですが、兄さんほど優しくもないですからね。今から楽しみですよ、富士谷と当たるのが。うふふっ……あははははははは!」
そして高らかに笑うと、君島は引き攣った表情を浮かべた。
突如として現れたサッカー界からの刺客。柏原達の知らない所で、西東京に波乱の嵐が巻き起ころうとしていた。




