29.誰も知らない東京の夏
2012年6月16日。
俺は畦上先生や金野と共に、蒼山学院のイベントホールを訪れていた。
本日は全国高等学校野球選手権・東東京大会&西東京大会の抽選会。
つまるところ、西東京の運命が半分くらい決まる日だった。
「先に東東京からやるんですね」
「ああ、だから暫く暇だぞ。なんなら外で待っててもいいけど」
「外にいてもやることないの一緒ですからね……」
「確かに」
ホールの席に座りながら、金野とそんな言葉を交わしていく。
抽選は東東京から先に行う為、西東京の面々は少し待たされる。
ということで、東東京の抽選を気楽に眺めることにした。
「関越第一高校、139番です」
「成律学園高校、69番です」
「二本学舎高校、70番です」
先ず籤を引いたのは春季大会ベスト8だった3校。
第一シードの帝皇は1番が確定してるので、残りの3校で4隅の配置を決めることになる。
この番号だと関越一と二本学舎がヤグラ右側。そして成律学園は帝皇と同じ左側に入った。
ちなみに正史の関越一高は、選抜の疲れもあり春季大会ではシード権を逃している。
そして4回戦で成律学園に負けているのだから、この時点で東東京も正史通りにならないことが確定した。
その後も抽選は着々と進んでいった。
次々と対戦カードが決まり、有力校の近くを引いた主将は苦笑いを溢していく。
そんな中、上乃学園の主将が壇上に上がった。
「上乃学園、39番です! レボリューショオオオオオオオオン!!」
上乃学園の主将はそう叫ぶと、辺りからは失笑が巻き起った。
地方大会の抽選会だと、ごく稀にウケ狙いで悪ノリする主将も存在する。
やはり記念参加の弱小も混じるという部分で、甲子園と同じようにはいかないのだ。
ちなみに余談だが、この上乃学園に限っては弱小という訳ではない。
コンスタントに2~3勝する力があり、10年後には東東京の実力校にまで成長する。
今も10年後もスローガンはレボリューション。噂だと勝利した後も叫ぶらしい。
と、少々アクシデントもあったが、ようやく東東京の抽選会が終わった。
続いて我らが西東京。とは言っても、西東京は既に4隅が決まっている。
先ず、春季大会優勝の都大三高は1番で左上。次に準優勝の国修舘は131番で右下になる。
そして我らが富士谷は66番で右上、最後に西東京で唯一ベスト8だった都大亀ヶ丘が65番で左下だ。
一応、下位シードも含めて下記に記載しておこう。
【左上(上)】都大三高(第一シード)1~16
【左上(下)】32番(実質第八シード)17~32
【左下(上)】33番(実質第五シード)33~49
【左下(下)】都大亀ヶ丘(第四シード)50~65
【右上(上)】富士谷(第三シード)66~82
【右上(下)】99番(実質第六シード)83~99
【右下(上)】100番(実質第七シード)100~115
【右下(下)】国修舘(第二シード)116~131
富士谷が準々決勝で当たるのは99番、つまり実質第六シードの高校である。
準決勝は国修館と実質第七シードの勝者。逆に左側の高校とは決勝戦まで当たらない。
勿論、シード校が順当に勝ち上がるとは限らないが。
『早田実業高校、都東大学第二高校、明神附属大学仲野八玉高校、都立比野高校の主将は、壇上に上がってください』
アナウンスが流れると、下位シード校の主将達が壇上に上がった。
都大二高も今季から相沢が主将になり、本気度の高さが窺える。
さて……下位シードの配置は非常に重要だ。
三高への当て馬が決まる他、富士谷と直接やりあう高校も見えてくる。
出来れば相沢のいる二高、試合すると疲れそうな明八は逆側に行って欲しいが……。
「早田実業高校、32番です」
「おお~!!」
早田実業の主将・大宮は、32番と書かれた籤を見せつけた。
西東京が誇る2大名門校の対決が準々決勝で実現。客席からも歓声が沸き上がっている。
くそ、いきなり希望が外れたな。
次は相沢の番だが、残り1つしかない左側の籤を引けるだろうか――。
「都東大学第二高校、100番です」
相沢はそう告げると、お互いに苦笑いを浮かべてしまった。
都大二高は国修舘の山。順当にいけば、この勝者と準決勝で対決することになる。
「明神大学附属仲野八玉高校、99番です」
そして準々決勝は、西東京のバカ試合製造機こと明神大仲野八玉に決まった。
見事に希望の逆になったな。当然、残る比野は都大亀ヶ丘の隣の山に入る。
まぁ……シード校はどこも指折りの実力校だ。
早田実業や比野だから楽できる訳ではないし、そう思えば割り切ることもできる。
問題はノーシードの実力校。これは無差別に割り振られるので、近くに偏ると明らかに不利になるのだ。
「お疲れ様です。あとは祈るだけですね」
「ああ。頼むから全部三高のところ行ってくれ」
「けど結構数いますからねぇ。1校くらいは当たるんじゃないですか?」
「そんな上手くばらけねぇって。絶対どこかに偏るぞ」
シードの抽選が終わったので、座席に戻って金野と言葉を交わす。
西東京は所謂ノーシード爆弾が非常に多い。今年だと東山大菅尾、国秀院久山、創唖、佼呈学園、八玉学園、駒川大高あたりは全てノーシードだ。
プラスして古豪や中堅、都立の実力校も控えているのだから、ノーシードの伏兵は数えきれない。
と、全ての高校を挙げたらきりはないけど、強豪校の場所は抑えておきたい。
他の高校は割愛して、彼らの籤にだけスポットを当てていこう。
「東山大学菅尾高校、115番です」
先ずは何かと縁のある東山大菅尾。都大二高のブロックに入った。
二高は菅尾を苦手としているが、果たして相沢は大丈夫だろうか。
「佼呈学園高校、2番です」
今まで接点の無かった佼呈学園は三高の山。
しかも3回戦で当たってしまう。ご愁傷様としか言いようがない。
「国秀院大学久山高校、77番です」
続けて国秀院久山は富士谷の山に入ってきた。
順当にいけば5回戦で当たる番号。分かってはいたけど、準々決勝までフリーパスとはいかないな。
「創唖高校、47番です」
宗教学校の創唖は比野の山。
果たして彼らの信仰心は、最後の夏にも力を発揮するのだろうか。
「八玉学園高校、81番です」
そして――久保や横溝を擁する八玉学園も富士谷の山に入った。
一瞬、変な声が漏れそうになったけど……この番号なら当たるのは久山と同様に5回戦。
つまり久山と八玉の勝者としか当たらない訳だ。
残るは2年の春に負けた駒川大高のみ。
できれば三高の山に入って欲しいが――。
「駒川大学高校、82番です」
「おお~!!」
その瞬間、ホール内に少しばかりの歓声が響き渡った。
駒川大高も富士谷と同じ山。ただ、久山と八玉と駒川の内、富士谷と直接当たるのは1校のみ。
そして八玉と駒川は初戦で当たる。つまるところ、この歓声は初戦の好カードに浴びせられたのだ。
「あっぶなー。貧乏籤かと思いましたよ!」
「ああ。俺らが当たるノーシード爆弾は満身創痍だから運いいまである」
「ほんとですよね。これ高校の名前だけ並べたら死のブロックですよ」
俺は金野と共に安堵の息を漏らす。
なんとか土壇場で運が味方したな。これが3校共に富士谷と当たる組み合わせなら、流石に此方が満身創痍になっていた。
「……穂瑞農業、71番です」
やがて最後の籤を引き終えると、西東京大会のヤグラが決まった。
先ずは全体図から。全て書いたらキリがないので、シード校と強豪私学だけ書いていく。
【左上(上)】都大三高 佼呈学園
【左上(下)】早田実業
【左下(上)】比野 創唖
【左下(下)】都大亀ヶ丘
【右上(上)】富士谷 八玉学園 国秀院久山 駒川大高
【右上(下)】明神大仲野八玉
【右下(上)】都大二高 東山大菅尾
【右下(下)】国修舘
金野の言う通り、名前だけ並べたら富士谷の山は大ハズレだ。
ただ、富士谷は1校としか当たらない。対抗馬不在の山が羨ましいのは変わらないけど。
次に富士谷ブロックの詳細。
準々決勝までの道のりについて記載しておこう。
【1回戦】
穂瑞農業―江狛
【2回戦】
A青瀬―赤梅総合
B都大桜庭―田梨
C桜美大町田―(穂瑞農業―江狛)
D西府西―拝嶋
E明学大西村山―百歳丘
F国秀院久山―比野台
G八玉学園―駒川大高
【3回戦】
☆富士谷―A
B―C
D―E
F―G
【4回戦】
☆A―BC
DE―FG
【5回戦】
☆ABC―EFGH
富士谷の初戦は青瀬と赤梅総合の勝者。青瀬は1年夏と2年秋に対戦した何かと縁のある高校だ。
4回戦は恐らく江狛か桜美大町田。江狛は左の好投手を擁する都立の実力校であり、古豪の桜美大町田にも体格の良い選手が揃っている。
そして5回戦は3校もいるノーシード爆弾の生き残り。果たして、どこが勝ち上がってくるだろうか――。
「じゃ、恵さんに画像送っておきますね」
「おう。任せたぞ」
情報共有は金野に任せて、俺は決まったヤグラを眺め続けた。
遂に決まった西東京大会の組み合わせ。当然、シード校が大幅に変わった玉突きで、正史とは全く違うヤグラになっている。
この先のことは未来人である俺達ですら分からない。まさに筋書きの無いドラマが今、始まろうとしていた。
・実例「伝説のレボリューション事件」
第99回全国高等学校野球選手権大会
東東京大会抽選会
・解説
粛々と抽選会が行われる中、上野学園の主将は「レボリューション!」と絶叫。係員に怒られるという前代未聞の事態が発生しました。
尚、この年の上野学園は創部初の東東京ベスト8進出。ネットでも「抽選会の景気付けは成功だった!」と話題になり、上野学園=レボリューションという印象が固まりました。