28.しょーりのめがみさまっ!
週末に抽選会を控える中、富士谷高校では走塁とランダウンプレーの練習を行っていた。
この練習はマネージャーを要さない。故に、私達マネージャーは暇を持て余すことになる。
ということで、私達は選手に与えるお守りを作っていた。
「去年は作ってなかったですよね」
「それね~。6月下旬ってドタバタしてて忘れちゃうんだよね。期末テストも迫ってくるし」
「だから先にベースだけ作っておくと……」
「そう! メンバーだいたい予想つくしさ〜、背番号だけフェルトで貼るようにすれば楽できるかな~って」
そんな言葉を交わしながら、私達はユニフォーム型のお守りを縫っていく。
一応、まだメンバーは公表される前。だから本体だけ先に作成して、背番号は後から貼り付ける予定だ。
これでメンバー決定後は楽できる。願掛けで手抜きするのもどうかと思うけども。
「そういえば、今回は誰が記録員やるんですか?」
ふと、亜莉子(金野)はそう問い掛けてきた。
週末には記録員も含めてメンバー表を提出する。
つまるところ、私達も誰が入るか決めなくてはいけないのだ。
「ふふっ、誰だと思う?」
「もう決まってるのっ……?」
「ああ。畦上先生にも伝えてある」
琴穂が少し困惑した表情を浮かべる中、私と恵は小さく笑みを溢した。
実のところ、もう記録員は決まっている。順番的に考えても彼女しかいないだろう。
「えっ……私?」
私達は琴穂を見つめると、琴穂はキョロキョロと私達を見渡した。
最後くらい彼女に任せよう。練習試合ではスコアブックも書けてるし、1人で送り出しても問題ない筈だ。
「な、なっちゃんとめぐみんでやりなよっ。私はよそ者だし……」
「なに遠慮してんの~。本当は満更でもない癖に~」
「いいから最後くらいやっとけって」
どうやら琴穂は謙遜している様子だった。
無理もない。琴穂は数か月ながらも私達より後に入部している。
そういった部分で、少し引け目を感じているのだろう。
ただ、これは深い意味のある人選だ。
決して順番だけが理由ではない。琴穂に納得してもらう為にも、1つずつ説明していこう。
「てかさ、私は絶対パスだよ。お父さんと一緒に応援したいし」
まず1つ目、恵はスタンドに置く必要がある。
これは父親と一緒に応援したいというのもあるが、柏原から聞いた話だと、彼女は西東京大会決勝戦の日に倒れるからだ。
勝てば運命が変わるとか言っていたけど、私からしたら半信半疑だし、倒れる人をベンチに置く訳にはいかなかった。
そして2つ目だが――その事情を知っているのは恵と私と柏原しかいない。
私と柏原がベンチに居ると、恵が倒れた時にパニックになってしまうかもしれない。
スムーズに救護する為にも、私は恵の傍にいる必要があった。
「なっちゃんは……?」
「私は外れる理由ねーけどさ。琴穂は4番でエースの彼女なんだから、傍にいた方が絶対にいいだろ」
「そ~だよ~。打席に行く前ちゅーしてあげればやる気出すんじゃない?」
「や、やだよっ! 人前だと恥ずかしいしぃ……」
揶揄う恵に対して、琴穂は頬を赤くして恥じらっている。
理由の3つ目は、琴穂がベンチに居た方が柏原の調子があがると思ったから。
最悪、9回ビハインドとかになったらキスなりハグなりして奮起させればいい。
「えー……けど……本当に私でいいの……?」
観念したのか、琴穂は満更でもない表情で問い掛けてきた。
ただ、全ての理由は話せていない。完全に納得してもらう為にも、このまま畳みかけてしまおう。
色々と理由を語ったけど、実のところ理由はコレだけだったのかもしれない。
それくらい――私と恵の意見は一致していて、同じ理由で琴穂を選ぼうと口を揃えた。
今思えば、富士谷が大会を制したのは1度だけだった。
唯一の優勝は去年の西東京大会。その時の記録員は島井さんだったので、私達は1度も優勝を経験していない。
残念だけど、私がベンチ入りした大会でも、恵がベンチ入りした大会でも、成果が実を結ぶことはなかったのだ。
辺りが静寂に包まれる中、私と恵は同時に琴穂を見つめる。
そして呆れ気味に苦笑いを浮かべると、私達は呼吸を合わせてこう言い放った。
「私達じゃ、勝利の女神になれなかったからね」




