25.vs偉大な先輩
富士谷010 001 001=3
東山大000 010 01=2
【富】柏原―近藤
【東】大崎、鵜飼、横山―大田原
「おー、よく打ったな森川」
「(ったく、一冬でスプリットの軌道を戻すとはな。けど今回は俺の勝ちだぜ)」
1点リードで迎えた9回裏、先頭打者の森川さんにセンター前ヒットを許してしまった。
流石、俺を研究し尽くした男と言うべきか。ややポテン気味だったけど、対応力の高さが窺える。
続く林さんは送りバントを決めて一死二塁。
奥原さんには痛烈な当たりを打たれたけど、鈴木のダイビングキャッチが決まってファーストライナーになった。
「(また俺かよ……)」
「(またアンタか……)」
二死二塁、土壇場で打席を迎えたのは、やたらと9回二死で回ってくる堀江さんだった。
俺との対決では4度目のラストバッター。ここまでくると呪われてるとしかいいようがない。
「(堀江……君にも涼子ちゃんが居るから分かるよね。頼む、俺に竜也と琴穂を止めるチャンスをくれ……!)」
ネクストでは、孝太さんが真剣な表情で堀江さんを見つめている。
「(妹離れ、兄離れの瞬間が間近に迫ってやがる。くそっ、こんな残酷なことってあるかよ……)」
「(だめだ……一番辛いのは孝太の筈なのに、いつか優子にもこういう日が来ると思うと……ううっ……)」
一方、一塁側ベンチでは杉原さんや大崎さんが瞳に涙を浮かべていた。
いくらなんでも大袈裟過ぎるだろ。ここまでくると宗教にしか見えない。
「(畜生、命に代えてでも打つしかねぇ。俺なんかが琴穂ちゃんの未来を決めちゃダメなんだ、孝太さんと柏原に決着を付けさせないと……!)」
堀江さんは左打席に入ると、真剣な表情でバットを構えた。
彼の攻め方は決まっている。カウントを整えて最後の最後にアウトローだ。
ということで、俺はストライク先攻のピッチングで追い込んでいった。
堀江さんも空気を読んでいるのか打ってこない。そして2ストライク2ボールで迎えた5球目、近藤は外角低めの直球を要求してきた。
恐らく木更津ならサークルチェンジやスプリットで三振を狙う場面。
ただ、俺はもう一度だけ堀江さんと勝負したかった。何度も決めてきた外角低めのストレートで。
「(もう何で来るかは分かってるぜ。頼む……当たってくれ……!)」
五球目、俺はセットポジションから腕を振り抜く。
ノビのある直球は構えた所に吸い込まれると、堀江さんは迷わずバットを振り抜いてきた。
白球の行方は――。
「ショート!」
堀江さんの放った打球は、三遊間に飛んでいった。
抜けるか抜けないか際どい当たり。球際に強い津上はギリギリで追い付くと、逆シングルで白球を捕える。
しかし――。
「(よし、俺の肩ならギリギリで――)」
「投げるな!」
俺は咄嗟に叫ぶと、津上はスローを中断した。
もしかしたら津上なら間に合ったかもしれないタイミング。
ただ、逸れたら同点という不安が頭を過り、怖くなって本能的に叫んでしまった。
「間に合いましたよ今の。ってか練習試合なら尚更やってみるべきっすよ」
「わりぃ。なんか咄嗟に叫んじまった」
「ま、公式戦さながらの緊張感でやるのも悪くはねーと思うっすけどね」
津上はそう言ってボールを手渡してきた。
俺も孝太さん達のこと言えないな。琴穂が懸かっていると考えると、公式戦のように必死になってしまう。
まぁ、負けたからって引くつもりもないのだけれど。
「(……一打同点、長打でサヨナラか。最高のシチュエーションだね、竜也)」
二死一三塁、ここで迎える打者は、今回の元凶である金城孝太だった。
ドラフト上位候補にして偉大なる富士谷の先輩。今度こそ直接倒して、琴穂との交際を認めてもらう。
「(さてと……見定めさせて貰うよ。竜也が本当に琴穂に相応しいかをね)」
孝太さんは真剣な表情でバットを構えた。
相変わらず隙の無い構え。どこに投げても打たれそうな雰囲気がある。
それはまるで――世代最強打者の木田哲人のように。
「(初球ストレートのパターンが多かったからな、ここらで変化から入ってみるか)」
一球目、近藤の要求はフロントドアのスクリューだった。
異論はないので、セットポジションから腕を振り抜いていく。
「(速い球を活かす為に遅い球から入ったんだろうけど……それは失投だよ……!)」
その瞬間、孝太さんは迷わずバットを振り抜くと、打球はライトのポール際に飛んでいった。
思わず背筋が凍ってしまう。ただ、この打球はギリギリでポールを巻かない筈だ。
「ファール!」
一塁審がそう告げると、俺は安堵の息を漏らした。
大丈夫、これは想定内。要求はフロントドアだったけど、実は僅かに入らない球を投げている。
味方をも欺く勢いで、先ずは有利なカウントに持ち込んだ。
「ボール!!」
二球目、バックドア風に外した高速スライダー。
流石に同じ手は通じないか。となると、少し早いけどスプリットを解禁せざるを得ない。
「(え、もう投げるのか。ま、いいけどよ)」
三球目、此方からスプリットの指示を出すと、セットポジションから腕を振り抜いた。
速い球は孝太さんの懐に吸い込まれていく。やがてベースの手前まで迫ると、白球は手元で鋭く落ちていった。
「(……見えた!)」
その瞬間――孝太さんは鋭くバットを振り抜くと、芯でスプリットを捉えてきた。
打球はあっという間に鈴木の頭上を越えていく。不味い――と思った時には、既にライト線まで運ばれていた。
一塁審の判定は――。
「ファール!」
一塁審は両手を広げると、俺は再び安堵の息を漏らした。
ただ、そう安心してもいられない。孝太さんはいとも簡単に捉えてきた。
フォームを戻した俺のスプリットを。
「(竜也を打つ機会って滅多になかったけど、意外と打てるもんだね。ふふっ、この程度じゃ琴穂は任せられないよ)」
孝太さんは少しだけ笑みを溢すと、再びバットを構え直した。
スプリットを捉えて得意気になっているのだろうか。崖っぷちまで追い込んだと言わんばかりだ。
しかし……彼は一つ大きな勘違いをしている。
決して俺は追い込まれてはいない。まだ出してないカードが残っている。
だからこそ――今回はスプリットをあえてカウントを整えるのに使った。
「(え……枠内に? 打たれないか?)」
俺は此方からサインを出すと、近藤には外角低めに構えさせた。
四球目、セットポジションから左足を上げる。その瞬間、孝太さんはテイクバックを取った。
「(ごめん竜也、君に琴穂は任せられない。次で終わらせる……!)」
これが最後の球になるかもしれない。そう思いながら全身全霊の力で腕を振り抜いていく。
やがて右腕から白球が放たれると、凄まじい速さで近藤のミットに吸い込まれていった。
「(なっ……!)」
孝太さんは目を丸めながらもバットを出していく。
しかし、それは俺が放ったストレートに対して――あまりにも遅すぎた。
空を切るバット、銃声のような音を奏でるミット。
勿論、主審の判定は――。
「……ス、ストライク! バッターアウト!」
空振り三振でゲームセット。最後は渾身のストレートだった。
それも試合中はセーブした上で、最後の最後だけ最速を狙ったのだ。
「夏美、何キロ出てた?」
周りの選手が呆気に取られる中、バックネット越しに夏美に問い掛けた。
彼女にはスピードガンを持たせている。果たして今の球速は――。
「ひゃ……152キロ出たぞ……」
夏美がそう呟くと、俺はニヤリと口元を歪めた。
これがvs都大三高の最終兵器、サイドスローから150キロを超えるストレート。
東山大学、そして孝太さんに勝利する形で、その実用性を証明した。
富士谷010 001 001=3
東山大000 010 010=2
【富】柏原―近藤
【東】大崎、鵜飼、横山―大田原