24.あの時の雪辱を晴らして
2回表、先頭打者の俺は打ち取られたが、続く堂上がソロアーチを放って先制点が入った。
恐らく木製なら入っていないであろう当たり。ハンデが無ければ同点のまま進んでいただろう。
それ以降、お互いに得点は入らず、大崎さんは3回1失点でマウンドを降りた。
東山大学が誇る精密機械の出番はここまで。4回からは最速154キロの快速右腕・鵜飼さんが登板する。
鵜飼さんは、東山大菅尾の元2番手投手で、富士谷戦でも打者1人にだけ投げた投手だ。
当時からポテンシャルはチーム1と言われていて、出番が少ないにも関わらず、ネットでは過剰に持ち上げられていた。
そんな彼が、今ではスカウトからも注目されている。尤も、好不調の波は相変わらずらしいが。
なにはともあれ、調子が良ければキレのある154キロを投げる投手。
持ち球も縦スライダー、高速スライダー、シュートであり、スタイルは限りなく宇治原に近い。
まさに「仮想・宇治原」とでも言うべきか。この投手も景気よく攻略したい所である。
しかし――そんな期待とは裏腹に、鵜飼さんは絶好調で次々と三振を奪っていった。
変化球のキレは宇治原以上。ストレートもコースに決まっていて、まるで手が出そうにない。
そう思い始めた矢先、6回に津上のソロアーチが出て、何とか追加点を奪えた。
一方、俺は6回を終えた時点で9奪三振1失点。
自責点こそ0点だが、エラーで出したランナーをタイムリーで返してしまった。
流石に守備は此方の完敗。ハンデがある打撃と俺が居る投球で挽回したい。
「そーいや、東山大学の次の投手って誰だろ」
「やっぱ孝太さんじゃね?」
「うーん、怪我もあるしなぁ。板垣さんとかじゃないの?」
「板垣さんとか森川さんならサプライズする必要ないだろ」
「まさか上級生が来るとか……」
さて、次は7回表だが……選手達の間では色々な憶測が飛び交っている。
次の投手は事前に知らされていない。果たして、誰が登板するのだろうか――。
「あ、出てきた」
「なんか明らかにユニ違くね??」
マウンドに上がった投手は、180㎝くらいの右腕だった。
しかし、ユニが明らかに違う。東山大学は縦縞の筈だが、その選手は白のユニフォームを着ている。
胸に書かれているのも「Muto」の文字。これは東山大学と同じリーグに所属している武藤大学のユニフォームだ。
「ピッチャー交代。横山でお願いします」
東山大学の控え選手はそう告げると、そそくさと立ち去っていった。
マウンドに上がったのは武藤大学の横山投手。俺は――この投手をはっきりと覚えている。
遡ること2年前の夏、都大二高のエースでプロ注目だった148キロ右腕だ。
本来なら怪我で大会中に離脱する選手。ただ、相沢が未然に怪我を防いだ為、富士谷との準々決勝でも登板してきた。
そして――全く対策してなかった俺達は、横山さんを前に為す術もなく完敗した。
もう一つ、富士谷に勝った上級生投手は、横山さんと吉田さん(都大三高)の2人のみ。
後者の吉田さんに関しては、宇治原を攻略する形で昨夏にリベンジを果たしたので、横山さんは富士谷に勝ち逃げした唯一の投手だった。
「あ……覚えてる。俺達、全く打てなかったよね」
「おいおいおい、俺は打ったぞ!!」
「ほぼエラーみたいな内野安打だったけどな……」
一度コンテパにされた投手を前に、富士谷の選手達も動揺を隠せずにいる。
奇襲も含めて当時と全く同じ状況。孝太さんも中々に人が悪いな。
「しっかし、横山さん程の投手がなんで武藤大学なんだろうな」
「二高と武藤大学にパイプでもあるんじゃない?」
「偏差値じゃね~。二高から野球が強いだけの大学に入るのは勿体ないっしょ~」
ちなみに、武藤大学は野球の名門という訳では無い。
強い世代は1部リーグでも上位を争えるが、基本的には1部と2部と行ったり来たりしている。
その中で、横山さんはエース就任から最速で1部昇格に導いた。つまり大学での実績も申し分ない訳だ。
さて……突如現れた横山さんだが、ピッチングの方は相変わらず完璧だった。
最速はネット裏の夏美によると151キロ。制球にも破綻がなく、カーブとの緩急も使える。
そして決め球の縦スライダー。当時もそうだったか、打席からだと消えるように見えるらしい。(空振り三振した京田談)
横山さんは7回、8回を3者凡退で抑えていった。
一方、俺は不運なヒットも絡んで同点に追い付かれる。
残す攻撃は9回のみ。助っ人の活躍で、流れは相手に傾きつつあった。
「柏原、大きいのいらないぞ。堂上と鈴木に繋いでくれ」
「うっす」
9回表、先頭打者は4番の俺から。畦上監督の助言を聞き流して右打席に入る。
大きいのは不要と言うけど、連打が出る気配もないし、同点のまま9回裏を迎えるのは危険だ。
孝太さんに反論の余地を残さない為にも、打席の方でも明確な結果を残したい。
俺はバットを長めに握って、マウンドに視線を向ける。
2年前は全く歯が立たなかった横山達平。正史ではプロ入りしないので、まさか再戦する機会が来るとは思わなかった。
これは神様……ではなく孝太さんがくれた望外のチャンス。あの時の借りは必ず返す。
「(縦スラ連投でよくね? 柏原は俺の縦スラ打てないよ)」
「(追い込むまでダメ。俺達が即席バッテリーなの忘れるなよ。縦スラの捕球怪しいのバレたら、ランナー出した途端に直球に絞られるわ)」
「(けどカーブはないって。ストレートなら……まぁいいか)」
横山さんは何度か首を振ると、やがてワインドアップから腕を振り下ろした。
初球はノビのあるストレート。外角にしっかり制球されている。
「ットライーク!」
俺は見送ってストライク。
質も含めて良いストレートだが、宇治原と比べると見劣りするな。
全く打てない、ということはない。差は2年前より確実に縮まっている。
「ファール!!」
二球目、またもストレート。今度は手を出してファールになった。
タイミングも合わせられる。あとは芯で捉えられるか、見極められるか、そして何を狙うかだ。
そういえば――2年前の俺は縦スラ以外の変化球に絞ったっけか。
横山さんのカーブとスライダーは並レベル。頻度こそ少ないが、この球は隙だと思っていた。
実際、ボール球のカーブを右中間に運べている。結局シフトに屈したけど、確かな手応えを感じていた。
早ければ次で勝負が決まる。
狙うのはタイミングの合うストレートか、或は捉えたことのあるカーブか。
いや……悩むまでもないな。俺は最初からこの球を狙うと決めていた。
「ファール!!」
三球目、ストレートはカットしてファール。
そして迎えた四球目――横山さんは2つ目のサインに頷いた。
「(柏原はカーブ打つよ。……そうそう、追い込んだらそれでいいの)」
「(そろそろ使いどころか。自信もって投げてこい)」
後ろからミットを叩く音が聞こえると、横山さんはワインドアップから足を上げる。
その瞬間――俺はステップを踏んで、バッターボックスの最前に移動した。
「(こいつ……落ち切る前に打つ気か!?)」
「(無理だろ、やれるもんならやってみろ……!)」
横山さんは腕を振り下ろすと、白球はド真ん中に迫ってきた。
彼の縦スラはここから鋭く落ちる。その軌道はハッキリと覚えているし、追い込んだら投げてくると思っていた。
だからこそ――俺はあえて決め球の縦スライダーに狙いを絞った。
「(……捉えた!)」
鋭く落ちていく白球に対し、俺は掬い上げるようにバットを振り抜いた。
そのまま流れるような動きでバットを投げ捨てる。打球はセンタ―方向への大きなフライになっていた。
手応えは完璧だったが――思ったより打球の角度が高い。
俺は不安になりながらも打球の行方を見守る。一方、センターの孝太さんは足を止めていた。
「……さすが竜也。横山から打つなんて」
孝太さんは打球を見上げたまま動かない。
早々に目線を切って諦めると、打球はネットの先に落ちていった。
富士谷010 001 0001=3
東山大000 010 001=2
【富】柏原―近藤
【東】大崎、鵜飼、横山―大田原




