23.精密機械再来
本日も2話投稿。
東山大学との一戦は、富士谷高校の先攻で始まることになった。
相手の先発は背番号22を付けた大崎さん。2年生ながらリーグ戦に出ているらしく、その実績から評価の高さが窺える。
大崎さんといえば。俺達が対決した最初の好投手だ。
当時は180㎝75㎏で最速142キロ。スライダー、シンカー、カーブ、ツーシームを操り、抜群の制球力を誇っていた。
そんな彼が、最速を147キロまで伸ばして再登場。一部のスカウトは密かに注目しているらしい。
「(よしっ、2年前の借り返さないとな)」
3イニング限定ということもあり、大崎さんは初回から気合が入っていた。
精密に制球された球を次々と放っていく。野本は空振り三振で倒れると、渡辺もショートフライで打ち取られてしまった。
「まぁまぁっすけど、所詮は2年前の富士谷にノックアウトされた投手っすね。俺なら余裕っすよ」
「あんまり大崎さんを舐めない方がいいぞ」
そんな言葉を交わしてから、津上は右打席に入っていく。
2年前の大崎さんは富士谷相手に8回4失点。確かに、その数字だけを見たら平凡な投手に見えるかもしれない。
ただ、当時の作戦を知る俺達だけは知っている。彼が数字だけでは語れない好投手だという事を。
「ットライーク!」
「(え……それ入ってんの)」
一球目、大崎さんはフロントドアのカーブを枠に入れてきた。
恐らく内角ギリギリであろう球。ミットも殆ど動いていない。
「ファール!」
「(……同じ場所の出し入れか、上手いな)」
二球目は懐に飛び込むシンカー。
津上はバットを振り抜くも、打球は三塁側の富士谷ベンチに飛んで行った。
「(んー……もう追い込まれたか。どうしよ)」
津上は釈然としない表情で首を傾げている。
恐らく、思ったよりも良い球を投げていて、困惑しているのだろう。
大崎さんは体力面こそ不安があるが、制球は超一流だし直球と変化球のレベルも高い。
だからこそ、2年前の富士谷は耐久作戦で粘って、後半勝負を仕掛けて捲った。
実際、最終的には8回4失点だが、5回までは無失点に抑えている。
そして大崎さんのピッチングは、制球オバケの堂前を想定した練習にもぴったりだった。
持ち球や捕手は違うけど、絶対に攻略してチームに弾みを付けたい。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(コントロールいいのか。だっる)」
結局、津上は見逃し三振で倒れて、富士谷の初回は無得点で終わった。
攻守が変わって東山大学の攻撃。先ずは見慣れた打者が並ぶので、何時もの要領で抑え込んでいく。
「ットライーク! バッターアウッ!」
「(おお、焼き饅頭のお陰でキレが増してるな)」
「……アウト!」
「(今日はラストバッターにならないよな……?)」
奥原さんはスクリューで空振り三振、堀江さんは木製バットをへし折るピッチャーゴロ。
どちらも西東京を代表する好打者だったけど、元に戻したフォームで手玉に取っていった。
これで二死無塁、幸先よく三者凡退といきたい所である。
しかし――ここで俺に立ちはだかったのは、やはり孝太さんだった。
「(竜也……そう簡単には琴穂は渡せないよ)」
孝太さんは三球目のストレートを捉えて右中間へ。
流石はプロ注目の大学生というべきか。一気にベースを駆け抜けて三塁を落とした。
正直、木製で助かった。金属だったらホームランだったかもしれない。
これが「大学のプロ注目打者」の実力とでも言うべきか。木製バットのハンデはあるけど、高校生のトップ層よりも遥かにレベルが高い。
そして……東山大学には「孝太さんクラス」がもう一人いる。
右の強打者・杉原さん。体格は176㎝75㎏と大きくはないが、2年生ながら中軸を任されているスラッガーだ。
彼は神奈川の名門・東山大相模原の元4番打者。
2年の春には選抜優勝を果たした他、最後の夏も甲子園でベスト4に残っている。
つまり全国制覇したチームの4番打者。その実績は三高の打者達とも遜色ない。
「(こいよ柏原。人様の妹を頂く覚悟ってやつを見せてもらうぜ)」
杉原さんはグリップを強く握り締めた。
初球はストレートから。球威よりも制球を優先して、果敢に内角を攻めていく。
「ットライーク!」
杉原さんはバットを止めるもストライク。
見逃した……というよりは、手が出なかったように見えた。
「(おいおい、本当にサイドスローの高校生か? いくらなんでも速すぎんだろ……!)」
杉原さんは苦笑いを浮かべながらバットを構え直している。
右打者から見た右サイドの内角は物凄く近い。球速以上にスピードと窮屈さを感じるだろう。
「ボール!」
「ボール、ツー!」
「ファール!」
二球目は外の高速スライダー、見送られてボール。
三球目、低めのサークルチェンジ。これも見送られてボール。
そして迎えた四球目、再び内角のストレートを放つと、今度は振り切られてファールになった。
流石に見送るのは上手いし、1打席目からストレートに対応してきたな。
やはり決め球を使うしかない。果たして――俺のスプリットは大学生のプロ注目打者に通用するだろうか。
「(最初はビビったけど、大学ならこれくらい速いサイドもいる。もう見切ったぜ……!)」
五球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は構えた所、内角低めに吸い込まれていく。
その瞬間、杉原さんは迷わずバットを振り抜くが――。
「(これがスプリッ……届かねぇ!)」
「ットライーク! バッターアウト!」
白球は手元で鋭く沈むと、杉原さんのバットは空を切った。
大学生のプロ注目打者から空振り三振。つまるところ、バットの性能に左右されない形でアウトを奪った。
もはや疑いようもない。俺の投球が大学生に通用している。
この分なら、都大三高も抑えられるのでは……とすら思わされた。
「(ははっ、さすが柏原少年。俺が研究し尽くした頃とは別人だわ)」
一塁側ベンチでは、かつて俺を追い込んだ森川さんも苦笑いを浮かべている。
これで投げる方は問題なさそうだ。あとは打つ方、そして孝太さんに個人的に勝てるかである。
琴穂の明暗は元より、ハンデ有りで東山大学に勝てないようなら都大三高には絶対に勝てない。
だからこそ――俺は東山大学に勝って、琴穂に相応しい男である事と、都大三高に立ち向かえる事を証明する。
富士谷0=0
東山大0=0
【富】柏原―近藤
【東】大崎―大田原