表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
427/699

21.湘南からの刺客

ついに西東京大会開幕!

残念ながら現実の季節にギリギリ追い付けなかった……。

 ここは府中市内にある某公園。

 すっかり闇と静寂に包まれた園内では、虫の鳴き声だけが響き渡っている。

 そんな真夜中の公園の一角で、俺は孝太さんと対峙していた。


「竜也、こうやって会うのも久しぶりだね」

「そーっすね。お互い練習が忙しいですし、会う程の用事もないですから」

「冷たいなぁ。こんなドライだったっけ?」

「俺も大人になったんですよ」


 牽制程度に、そんな言葉を交わしていく。

 時刻は既に22時15分。にも関わらず、孝太さんは「大事な用事がある」と言って呼び出してきた。

 恐らく……俺と琴穂の交際がバレてしまい、何か言いに来たのだろう。(別に隠してもないが)


「で、用件ってなんですか? なんとなく想像ついてますけど」


 ということで、単刀直入に踏み込んでいく。

 俺は23時には寝たい人間だ。孝太さんには申し訳ないけど、無駄話は省略してサクサク進めていく。

 そう思ったのも束の間――。


「聞いてくれ竜也。とうとう琴穂が一緒に寝てくれなくなった……」


 孝太さんはそう言い放つと、俺は表情を歪めてしまった。

 あれ、バレてないのか。そして恐ろしく糞みたいな話の予感がしてきた。


「そ、そっすか……」

「俺は寂しいよ竜也。もう風呂だって別々だし、最近は下着姿ですら隠すようになってさ……」


 アンタが近親相姦モノのAV持ってるから怖がってんだろ、と出掛かった言葉はなんとか飲み込んだ。

 この人は琴穂が絡むと本当にダメだな。いや俺も人のことは言えないんだろうけども。


「最近は会話も減ってきてね、携帯ばっかり見てるんだ。なんというか……妹の成長を犇々と感じるよ。もう子供じゃないんだなって」


 ふと、孝太さんは寂し気な表情を浮かべた。

 前置きはふざけていたけど、これは妹の成長を実感した兄の顔だ。

 俺という彼氏が出来た琴穂を見て、自然とそう感じたのだろう。

 

「……そんな事でって思うかもしれないけどさ。昔の琴穂は本当に甘えん坊で、俺の帰りが少し遅いだけでも寂しくて泣いてたんだ」

「かわいい」

「うん、ほんと可愛かったよ。帰ったら真っ先に抱き締めてたし、一緒に出掛ける時も必ず手繋いでね。あと寝る前はおやすみのちゅーも欠かさずしてたなぁ」


 それ小学生低学年くらいの話だよな?

 まさかとは思うけど中学時代とかじゃないよな??

 なんだろう、改めて難敵だったと痛感する。我ながらよく落としたよ。


「そうそう、あと琴穂って中々おねしょが治らなくてね」

「偏見ですけど絶対そうじゃないかなと思ってましたね……」

「でさ、どうしてもバレたくない琴穂は泣きながら俺を起こすんだよ。で、一緒にドライヤーで乾かしたり、あと来客用の布団とこっそり入れ替えたり……」

「入れ替えるの控え目に言ってもクソっすね??」

「あはは、そうだね。勿論バレた時は死ぬほど母さんに怒られたよ。今思えば俺が怒られる時って、琴穂絡みのことばっかりだったなぁ……」


 どんだけ甘やかしてたんだよ、という言葉は心の中に留めておいた。

 掘れば掘るほど甘やかしエピソード出てきそうだな。くそ、俺も琴穂の兄に産まれて甘えられる側に回りたかった。


「ははは……ほんの最近まで、布団を濡らして泣きながら俺を起こしてたのに。なんだか遠い昔のことのように思えるよ」


 それは比喩であって本当に最近じゃないよな、という質問は怖くて聞けなかった。

 なんか良い思い出っぽく語ってるけど、ツッコミ所が多すぎて集中できない。

 本人は真面目に話しているんだろうが……驚異的な甘ったれ×病的なシスコンの組み合わせに、俺は少しだけ引いてしまった。


「まぁ……そんな訳で、もう琴穂も子供じゃないんだけどさ。臆病で甘えたがりなのは今も変わらないし、可愛すぎて悪い男達にも狙われると思うんだ。そう考えるとさ、生半可な男には任せられないんだよね」


 ふと、孝太さんは真剣な表情を見せてきた。

 俺の心にグサリと刺さる。やはりというべきか、彼は俺達の交際に気付いて、釘を刺しにきたのだろう。


「いや――生半可じゃない程度じゃダメだ。いいか竜也、琴穂は銀河系で一番可愛いんだ。そんな可愛い琴穂を守る男は、絶対に俺よりも強くて覚悟のある人間じゃなきゃいけないんだ」

「孝太さん??」


 孝太さんは勢いのままに言葉を続ける。

 いつもは爽やかな彼だが、良く言えば気持ちが乗っていて、悪く言えばシスコン丸出しになっていた。

 もはや隠す素振りもない。孝太さんは今、妹への愛が暴走して我を失っている。

 

「落ち着きましょうマジで」

「いいや、落ち着いてなんかいられないよ。竜也……俺はな、誰よりも琴穂を近くで見てきて、琴穂を約18年間守り続けてきたんだ。

 それは物凄く長い年月だったけど、この先の人生はもっと長い。このバトンを渡せるのは、そんな俺よりも強くて、そして琴穂を愛せる人間じゃなきゃダメなんだよ。だから――」


 その瞬間――孝太さんの表情が「兄」から「野球選手」に変わる。

 先程までの勢いが消えて、いつもの爽やかな雰囲気に戻っていた。


「俺と勝負しよう、竜也」



※ 



「へー、ここが大学かー」

「めっちゃキャンパスって感じじゃん!」


 2012年6月10日(日曜日)。

 富士谷野球部の一行は、筆記体で「東山大学」と書かれた門の前に立っていた。 

 ここは東山大学の湘南キャンパス。正門の先には、大学らしい立派な校舎が窺える。


「やぁ、みんな。よく来たね」

「孝ちゃんパイセンちぃ~っす!」

「お久しぶりです! たまには富士谷にも来てくださいよ!」

「ごめんごめん、こっちも練習が忙しくてさ」


 正門で出迎えてくれたのは孝太さんだった。

 久々の再会に、3年生達は大いに盛り上がっている。

 尤も、去年の夏は何試合か見に来ているので、卒業以来という訳ではないけども。


「……竜也、俺の我儘に応じてくれてありがとう。今日は最高の試合をしよう」


 ふと、孝太さんは名指しで俺に呼び掛けてきた

 その表情は、いかにも真面目な感じを醸し出している。

 この会話だけを見たら、誰しもが先輩と後輩の真剣勝負だと思うだろう。

 

 しかし……俺は今日に至るまでの過程を知っている。

 だからこそ――これだけは、どうしても言ってやりたかった。   

 

「普通、妹のためにここまでセッティングします??」

「なんだってやるさ。琴穂の為ならね」


 呆れ気味の俺に対して、孝太さんはドヤ顔で言葉を返す。

 こうして――琴穂の運命を懸けた東山大学との練習試合は企画されたのだった。

本日はもう1話投稿します。

せめて大会期間中に西東京大会編に入りたい……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ