21.湘南からの刺客
ついに西東京大会開幕!
残念ながら現実の季節にギリギリ追い付けなかった……。
ここは府中市内にある某公園。
すっかり闇と静寂に包まれた園内では、虫の鳴き声だけが響き渡っている。
そんな真夜中の公園の一角で、俺は孝太さんと対峙していた。
「竜也、こうやって会うのも久しぶりだね」
「そーっすね。お互い練習が忙しいですし、会う程の用事もないですから」
「冷たいなぁ。こんなドライだったっけ?」
「俺も大人になったんですよ」
牽制程度に、そんな言葉を交わしていく。
時刻は既に22時15分。にも関わらず、孝太さんは「大事な用事がある」と言って呼び出してきた。
恐らく……俺と琴穂の交際がバレてしまい、何か言いに来たのだろう。(別に隠してもないが)
「で、用件ってなんですか? なんとなく想像ついてますけど」
ということで、単刀直入に踏み込んでいく。
俺は23時には寝たい人間だ。孝太さんには申し訳ないけど、無駄話は省略してサクサク進めていく。
そう思ったのも束の間――。
「聞いてくれ竜也。とうとう琴穂が一緒に寝てくれなくなった……」
孝太さんはそう言い放つと、俺は表情を歪めてしまった。
あれ、バレてないのか。そして恐ろしく糞みたいな話の予感がしてきた。
「そ、そっすか……」
「俺は寂しいよ竜也。もう風呂だって別々だし、最近は下着姿ですら隠すようになってさ……」
アンタが近親相姦モノのAV持ってるから怖がってんだろ、と出掛かった言葉はなんとか飲み込んだ。
この人は琴穂が絡むと本当にダメだな。いや俺も人のことは言えないんだろうけども。
「最近は会話も減ってきてね、携帯ばっかり見てるんだ。なんというか……妹の成長を犇々と感じるよ。もう子供じゃないんだなって」
ふと、孝太さんは寂し気な表情を浮かべた。
前置きはふざけていたけど、これは妹の成長を実感した兄の顔だ。
俺という彼氏が出来た琴穂を見て、自然とそう感じたのだろう。
「……そんな事でって思うかもしれないけどさ。昔の琴穂は本当に甘えん坊で、俺の帰りが少し遅いだけでも寂しくて泣いてたんだ」
「かわいい」
「うん、ほんと可愛かったよ。帰ったら真っ先に抱き締めてたし、一緒に出掛ける時も必ず手繋いでね。あと寝る前はおやすみのちゅーも欠かさずしてたなぁ」
それ小学生低学年くらいの話だよな?
まさかとは思うけど中学時代とかじゃないよな??
なんだろう、改めて難敵だったと痛感する。我ながらよく落としたよ。
「そうそう、あと琴穂って中々おねしょが治らなくてね」
「偏見ですけど絶対そうじゃないかなと思ってましたね……」
「でさ、どうしてもバレたくない琴穂は泣きながら俺を起こすんだよ。で、一緒にドライヤーで乾かしたり、あと来客用の布団とこっそり入れ替えたり……」
「入れ替えるの控え目に言ってもクソっすね??」
「あはは、そうだね。勿論バレた時は死ぬほど母さんに怒られたよ。今思えば俺が怒られる時って、琴穂絡みのことばっかりだったなぁ……」
どんだけ甘やかしてたんだよ、という言葉は心の中に留めておいた。
掘れば掘るほど甘やかしエピソード出てきそうだな。くそ、俺も琴穂の兄に産まれて甘えられる側に回りたかった。
「ははは……ほんの最近まで、布団を濡らして泣きながら俺を起こしてたのに。なんだか遠い昔のことのように思えるよ」
それは比喩であって本当に最近じゃないよな、という質問は怖くて聞けなかった。
なんか良い思い出っぽく語ってるけど、ツッコミ所が多すぎて集中できない。
本人は真面目に話しているんだろうが……驚異的な甘ったれ×病的なシスコンの組み合わせに、俺は少しだけ引いてしまった。
「まぁ……そんな訳で、もう琴穂も子供じゃないんだけどさ。臆病で甘えたがりなのは今も変わらないし、可愛すぎて悪い男達にも狙われると思うんだ。そう考えるとさ、生半可な男には任せられないんだよね」
ふと、孝太さんは真剣な表情を見せてきた。
俺の心にグサリと刺さる。やはりというべきか、彼は俺達の交際に気付いて、釘を刺しにきたのだろう。
「いや――生半可じゃない程度じゃダメだ。いいか竜也、琴穂は銀河系で一番可愛いんだ。そんな可愛い琴穂を守る男は、絶対に俺よりも強くて覚悟のある人間じゃなきゃいけないんだ」
「孝太さん??」
孝太さんは勢いのままに言葉を続ける。
いつもは爽やかな彼だが、良く言えば気持ちが乗っていて、悪く言えばシスコン丸出しになっていた。
もはや隠す素振りもない。孝太さんは今、妹への愛が暴走して我を失っている。
「落ち着きましょうマジで」
「いいや、落ち着いてなんかいられないよ。竜也……俺はな、誰よりも琴穂を近くで見てきて、琴穂を約18年間守り続けてきたんだ。
それは物凄く長い年月だったけど、この先の人生はもっと長い。このバトンを渡せるのは、そんな俺よりも強くて、そして琴穂を愛せる人間じゃなきゃダメなんだよ。だから――」
その瞬間――孝太さんの表情が「兄」から「野球選手」に変わる。
先程までの勢いが消えて、いつもの爽やかな雰囲気に戻っていた。
「俺と勝負しよう、竜也」
※
「へー、ここが大学かー」
「めっちゃキャンパスって感じじゃん!」
2012年6月10日(日曜日)。
富士谷野球部の一行は、筆記体で「東山大学」と書かれた門の前に立っていた。
ここは東山大学の湘南キャンパス。正門の先には、大学らしい立派な校舎が窺える。
「やぁ、みんな。よく来たね」
「孝ちゃんパイセンちぃ~っす!」
「お久しぶりです! たまには富士谷にも来てくださいよ!」
「ごめんごめん、こっちも練習が忙しくてさ」
正門で出迎えてくれたのは孝太さんだった。
久々の再会に、3年生達は大いに盛り上がっている。
尤も、去年の夏は何試合か見に来ているので、卒業以来という訳ではないけども。
「……竜也、俺の我儘に応じてくれてありがとう。今日は最高の試合をしよう」
ふと、孝太さんは名指しで俺に呼び掛けてきた
その表情は、いかにも真面目な感じを醸し出している。
この会話だけを見たら、誰しもが先輩と後輩の真剣勝負だと思うだろう。
しかし……俺は今日に至るまでの過程を知っている。
だからこそ――これだけは、どうしても言ってやりたかった。
「普通、妹のためにここまでセッティングします??」
「なんだってやるさ。琴穂の為ならね」
呆れ気味の俺に対して、孝太さんはドヤ顔で言葉を返す。
こうして――琴穂の運命を懸けた東山大学との練習試合は企画されたのだった。
本日はもう1話投稿します。
せめて大会期間中に西東京大会編に入りたい……!