20.答え合わせと忍び寄る義兄の影
琴穂と致した日の夜、俺は携帯電話越しに恵と話していた。
「恵てめぇ、やりやがったな」
『あ、バレちゃった? 彼女さんの初めて御馳走様~』
「コイツ……」
理由は言うまでもなく琴穂の件。
恐らく、振られた腹いせか何かなんだろうけど……タチが悪いにも程があるだろう。
『やっぱ怒ってる? それともショックだった?』
「ああ、ショックだったよ。かつてない程な」
俺はそこまで言い放つと、ハァーっと大きくため息を吐く。
「くそっ……俺も見たかったのに……」
『そっち??』
そして窓から外を見ながら、渾身の後悔を吐き捨てた。
俺が夢にまで見たマネージャー同士の交わり。これは見たかった……見たかったよ畜生。
「動画ねぇの??」
『ないよ~。残念でした~』
「っち、じゃあ今回だけは諦めてやる。夏美とするときは絶対に動画残せよ。それか呼んでくれ、邪魔はしないから」
『この百合豚め……』
まぁ過ぎたことは仕方がない。それに琴穂は俺との純愛で良いのだ。
やはり富士谷のベスト百合カップリングは恵×夏美。この組み合わせの戯れが見れるまで、俺は大人しく息を潜めよう。
「そういや、話は変わるんだけどさ」
『え、なに?』
ふと、俺は話題を切り替えてみた。
実のところ、電話した理由は百合の件だけではない。
琴穂と付き合っている内に、1つ気付いたことがあったので、答え合わせをしようと思ったのだ。
「おまえ、俺と初めて会った時、俺が琴穂のこと好きって当てたじゃん」
『そうだね~。なつかしー』
「あれ、なんで知ってたん?」
今まで追求しなかったけど、ずっと疑問だったことがある。
恵は何故「柏原は琴穂のことが好き」という情報を知っていたのだろうか。
俺の基本情報は正史から逆算したにしてもだ。
正史で俺達は関わってないので、片思いに関しては情報を得られない筈。
中学までは琴穂と話す機会も少なかったので尚更だ。いくら俺が分かり易くても、接点が少なければ周囲も気付かない。
つまり正史から富士谷入学前の間だと、この情報は当事者以外から引き出せないのだ。
『ふふっ、勘付いたから聞いてきたんでしょ?』
「まぁな」
『正史の3年の夏前くらいかな~。教室で中里達と東京の注目選手の話しててね、かっしーの名前が出たの。そしたら琴ちゃんも入ってきて「たぶん柏原くんは私のこと好きだったよ」って言ってさ~』
そして――俺以外で情報を引き出せるとしたら、好意を向けられていた「正史の琴穂」である。
ここで肝なのは「今回の琴穂」からは引き出せないという部分。もし彼女が中学の時点で好意に気付いていたら、もっと早くから付き合えていただろう。
「正史の琴穂は「当時は気付かなかった」的なことも言ってなかったか?」
『言ってた! いっつも私のこと見てたし今思え返せば~……みたいな感じだったよ~』
恐らく琴穂は、中学の時点では恋愛というものを意識していなかった。
だから正史にせよ今回にせよ、その時点では俺の好意に気付いていない。
今回の経験を踏まえると、彼女が恋愛を意識し始めるのは高校2~3年あたり。
そう考えたら、正史の高3くらいの琴穂なら、俺の好意に気付いている可能性が高かったのだ。
「聞くのすっげー怖いんだけど、他に俺について何か言ってた?」
「いっつもジロジロ見てくるし、階段でスカートの中覗いてくるし、マジきもかったって言ってたよ」
「死ぬわ。さよなら」
「ちょ、冗談だって! な~んか寂しそうに『勿体ないことしちゃったな~』って後悔してたよ~」
ちょっと嬉しいけど、それはそれで不可解だな。
高校3年の夏前となると、俺はその時点で肘を壊して投手生命が絶たれている。
中学までは仲が良かった訳でもないし、逃して後悔するような男でもないと思うのだが……。
「本当か? 壊れた俺にそんな価値があるとも思えねーけど」
『これはマジだよ。まー恋人いるって噂もなかったし、純粋に彼氏が欲しかったんじゃない?』
「つまり富士谷に乱入してナンパしてれば俺は過労死してなかったと……」
『そしたら転生できないし野球選手にもなれないけどね~。てか社畜は回避できないでしょ!』
「琴穂がいるなら社畜でも頑張れるし大丈夫」
『そう……』
と、ここまで言葉を交わしたけど、正史など気にしても仕方がない。
俺が付き合っているのは今の琴穂。これは似て非なる存在だし、彼女とだけ向き合えば良い。
『はぁ~。のろけるなら切るよ~』
「おうよ。そろそろ琴穂の声きかなきゃ寂しくて死ぬし切……」
『ハイおやすみ~』
そんな感じで、言い切る前に電話を切られてしまった。
さて……新着メールも来ているし、世界一可愛い俺の彼女に連絡しよう。
そう思って、メールボックスを開いてみると――。
「……あれ、金城違いか。何の用だろう」
メールボックスの一番上には、空前絶後のシスコンこと「金城孝太」の文字が並んでいた。