18.女神さまの置き土産(表)
2012年6月4日。
柏原達が交際を始めて最初の月曜日、私は恵の誘いで喫茶店を訪れていた。
別になんてことはない。本日はオフなので、シンプルに寄り道するに至った。
「あーあ、2人になっちゃったね~」
恵は涼しい顔をしながら、パフェとカツサンドを食している。
彼女は決して大食いではない。恐らく、失恋のショックで過食になっているのだ。
なんというか……覚悟していたことだけど、少しばかり心配だな。
「……大丈夫か?」
「なにが~?」
「いや、失恋しただろ」
「そりゃショックだけど、こうなるのは覚悟してたし、私が振られたのは随分と前だしね~」
「はぁ!? 告白してたのかよ! 続報ないから踏み留まったのかと思ったわ!」
「えぇ……。マジで知らなかったの? あんなに噂になってたのに……」
「そういうの疎いんだよ私は!」
「知ってるぅ~」
一応、恵は気にしていないと言い張っていた。
本人が平気だと言うなら放っておくか。というか告白したの知らなかった。
全く、相談にも乗ったんだから報告しろよな。
「そういや、絶対に一矢報いるって言ってたけど、アレなんだったんだ?」
ということで、私は気になっていた部分に踏み込んでみた。
以前、彼女は「絶対に一矢報いる」と意気込んでいたけど、結局なにをどうしたのだろうか。
「ん~、秘密」
「教えろよ、相談にも乗っただろ」
「嫌ですぅ~。ま、そのうち分かるかもね~?」
「はぁ? いいから教えろって」
「だーめっ。これは私だけの秘密だから!」
私は食い下がってみたけど、恵は頑として教えようとしない。
すると次の瞬間……彼女は唐突にお腹を擦りだした。
「おまえ、まさか……」
「冗談冗談。流石にゴムの方のゴリくん付けてたよ」
「そこまではやったの!? 嘘だろ!?!?」
「あ、通じたんだ。なっちゃんも大人になったね~」
「流石に分かるわ来月18歳だぞ!」
「(いや今までの純粋っぷりは中々ヤバかったよ……)」
そこまで言葉を交わすと、恵は呆れた表情で睨んできた。
流石の私も何が起きたか分かる。恐らく、蔵で堂上にされた事の続きだ。
恵は文字通り体を張って、柏原との思い出を体に刻んだと。
「あ、けどコレだけで一矢報いたとは思ってないよ」
「そうなのか。いや十分に報いたと思うけど……」
「まー楽しみにしてて! そのうち分かると思うから」
「はぁ」
しかし、随分ともったいぶってくるな。
彼女は何をしたのだろうか。そういえば、琴穂と2人になりたいとは言っていたけれど……。
「ねねっ、ところでさ。なっちゃんはショックじゃないの?」
私は一人で考えていると、恵は唐突に話題を切り替えてきた。
こっちは全くと言っていいほど気にしていない。見当違いもよいところである。
「別に。私は柏原と付き合いたいとか思ったことねーし」
「え~。クリスマスデートまでしたのにぃ~?」
「ただの買い物だよ。楽しかったけどさ」
懐かしいな。
柏原とは、カラオケを抜け出してクレーンゲームをしたり、クリスマスに夜の新宿で遊んだこともあった。
今では随分と昔のことのように思える。そして――この日常は二度と戻ってこない……と。
「まぁ、ちょっとは寂しく思うけどよ」
「ふふっ、でしょ~。私も文化祭とか一緒に回ったけどさ、もう二人きりじゃ遊べないって思うと……寂しいよね」
「恵……」
恵は寂しそうな表情を浮かべている。
やはり傷は浅くない。みんなの前では平気なフリをしているけど、本当は物凄く辛いのだ。
「なっちゃん」
「なんだよ」
「ふふっ、次は逃げちゃダメだよ」
ふと、恵は笑みを溢しながら挑発してきた。
別に今回は逃げた訳では無い。元から柏原の恋人なんて狙っていなかっただけ。
ただ、彼女が言いたいことは分かる。みなまでは言わないけど、これは失恋を経験した恵なりの警告なのだ。
「べ、別に。次とかねーし……」
「じゃ、私がとっちゃおうかな~」
「……! 節操なさすぎだろ! いいから喪に服してろ!」
そんな感じで、私達はいつも通り喫茶店でお喋りを続けた。
いや、厳密に言えば足りないか。1人欠けた私達は、いつもより寂しい放課後を過ごしたのだった。