17.変わらない日常
琴穂に告白した翌日、俺は家の前で琴穂を待っていた。
理由は他でもない。今日からは恋人なので、一緒に登校することになったのだ。
琴穂と恋人……何度聞いても素晴らしい響きだな。
未だに現実の出来事だとは思えない。夢かドッキリの類だと疑ってしまう。
「かっしー、おはよっ」
「おう、おはよう」
やがて家の前にきた琴穂は、相変わらず超絶可愛かった。
可愛らしい茶髪のボブカット、紺色のミニスカートから覗く太腿、紺色のニットベストに包まれた柔らかそうな胴体。
どれも最高に堪らないな。こんなに幸せで良いのだろうか。
「昨日、めぐみんとかずっきーが見てたらしいよっ」
「よし、アイツら斬首刑にするか」
「物騒だよっ。締めるだけで勘弁してあげよう……」
「首締めるのはいいのか……」
そんな言葉を交わしながら、何時も通り登校していく。
普段はバラバラに登校していた俺達だが、最寄り駅が同じなだけあって、途中から一緒に登校するパターンは少なくない。
家の前で待ち合わせたのは初めてだけど、一緒に登校自体は初めてという訳ではなかった。
「おはよっ」
「あ、バカップルきた!!」
「よーし、詳しく話を聞こうじゃねーか」
やがて登校すると、琴穂は恵を筆頭とした女子達に囲まれてしまった。
恐ろしく噂が回るの早いな。だいたい恵の仕業だろうけど。
そんな感じで、学校では別々の時を過ごした。
これも以前と変わらない。お互いに同性の友達がいるし、蔑ろにする訳にもいかないだろう。
「ねね、琴ちゃんとどこまでいったの~?」
「なんも起きてねぇよ。まだ付き合って24時間も経ってねぇからな??」
休み時間、そう揶揄ってきたのは安定の恵だった。
彼女は色々な人と食事を摂るが、今日は偶然にも俺の日だったらしい。
「え~、けど一緒に登校したんでしょ? ほら、かっしーの朝勃ちを見て我慢できなくなった琴ちゃんが……的な展開あるかもしれないじゃん!」
「ねぇよ。ったく、エロ漫画の読みすぎだろ……」
「あ……そっかぁ。かっしー小さいから服越しじゃ気付かれないもんね~」
「ぶっ飛ばすぞ」
思いっきり屈服してた奴がなにを言うか、という言葉は心の中に留めておいた。
恵の下ネタも相変わらずだな。気まずい時期はあったけど、今やすっかり元通りである。
その後、午後の授業は爆睡してやり過ごすと、やがて部活の時間を迎えた。
練習は当然ながら何時も通り。あくまで本分は野球なので、琴穂よりも夏のことを考えていた。
何せ恵の命も懸かっている。
彼女の生死は元より、俺も野球に人生を捧げるつもりで生きてきた。
いくら20年くらい思い続けてたとはいえ、野球より琴穂を優先する訳にはいかないのだ。
「じゃ、帰るか」
「ばいばーいっ」
「お疲れ様っしたぁ!」
やがて練習が終わると、俺は琴穂と2人で帰路に着いた。
ようやく2人きりになれる。分かってはいたけど、部活が忙しいと恋人らしいことは制約されてしまうな。
さて……なにはともあれ、念願の恋人との帰宅だ。
これほど青春を感じられるイベントも中々ないと思っている。
そう思ったのだが――。
「(あれ、いつも通りじゃね?)」
そこで俺は気付いてしまった。
彼女が出来たというのに、日常に全く変化がないという事実に。
よく考えたら琴穂とはほぼ毎日帰っている。これも今まで通りだった。
嘘だろ……せっかく琴穂と付き合えたのに、今までと何も変わらない。
いや、今までも楽しかったけど、少し期待外れな感じが否めなかった。
「ねねっ」
そう思い始めた頃、琴穂はピタッと体を寄せてきた。
思わずドキドキしてしまう。これが恋人の距離感というやつなのだろうか――。
「おてて繋ごっ!」
「おう」
その瞬間、俺は右手を出すと、琴穂の小さな左手を握り締めた。
すっかり忘れてたな。恋人なんだから手くらい繋がないと。
「手おっきいねっ」
「琴穂はちっちゃいな」
「えへへっ」
暖かく小さい手の感触が、右手いっぱいに広がっていく。
なんだろう、心なしか幸せまで広がっていく感じがした。
日常は些細な程にしか変わらない。
けど、その些細な変化に幸せが詰まっていて、中身は全く違う日常になっていく。
なんとなく、そう思わされた交際初日だった。