42.名門校の適応力
都大三0=0
富士谷4=4
(都)宇治原、吉田―山城
(富)金城―近藤
1回裏、尚も無死無塁。
続く堂上は初球を捉えるも、フェンス手前のレフトフライに倒れた。
鈴木は粘った末に四球。一死一塁で近藤を迎えたが、珍しく捉えた当たりはショートへのゴロ併殺となってしまった。
雨空の中、選手達は速やかに攻守交代を行って、俺はライトの守備位置に付いた。
都大三高相手に4点リード、二度とないチャンスだ。ノーゲームで再試合なんて洒落にもならない。
高校野球で雨天コールドが成立するのは7回。
尤も、正史では9回まで完走しているので、その心配は不要の筈なのだが、どうしても不安は拭えなかった。
2回表、都大三高の攻撃。
先頭打者は背番号19の木田哲人。1年生ながら名門の4番を任された左のスラッガーだ。
現時点で180cm74kg。まだ細いが、この選手は「キチガイ」の一言で片付けられるくらい、実力も性格もイカれている。
正史において、彼が起こした珍事は数知れない。
ある日は規格外の打球で多摩一本杉球場の照明を破壊し、またある日はワンバンの変化球を二塁打にし、挙げ句には満塁で敬遠されて、その敬遠球をタイムリーヒットにした。
それくらい、この打者はイカれている。転生者よりも遥かに反則的な存在だ。
️
そんなキチガイに対しての初球――木田は唐突にバットを寝かせてきた。
「ッボォ!」
孝太さんは慌てて前に出たが、バットを引いてボール。
4番の癖にやる事がセコイな。何か狙いがあるのか?
続く二球目、再びセーフティバントの構えだけ。バットを引いてストライク。
三球目はセーフティの構えから高速バスター。後ろに飛んでファールとなった。
追い込まれると、木田はバットを短く握った。
所謂「当てただけ」のスイングで粘っていく。簡単にカットできるあたりは、流石の才能と言っていいだろう。
計8球を投じさせると、カウントはツースリーとなった。
滅茶苦茶セコいし鬱陶しい。
球数が増えたら本末転倒だ。近藤も同じ事を思っているだろう。
九球目、孝太さんが放った速い球は、鋭く落ちていった。
木田はバットを止めて、一塁に歩き出したが――。
「……ットライク! バッターアウッ!」
審判の右腕が上がって見逃し三振。
セルフジャッジに失敗した木田は、不敵な笑みを溢してベンチに消えていった。
孝太さんの本当の決め球「高速シンカー」だ。
本人はツーシームの一種だと言い張っているこの球は、普段のツーシームよりも更に深く沈む。
ただ、この球は肘の古傷に響くらしく、今の孝太さんは多投する事ができない。
基本は負荷が少ないストレート、チェンジアップ、ツーシームを軸に、左打者にはプラスしてスライダー。
そして――この天才打者との対決に限り「決め球」を解禁するしかない。
続く5番打者は右打者の安田さん。
177cm80kgと体格も良いのだが――初球、またもバットを寝かせてきた。
これも外れてボール。孝太さんは小さく息を吐くと、雨水混じりの汗を拭った。
木田と同様に、安田さんも小細工で揺さぶると、やがてバットを短く持った。
そして迎えた七球目のチェンジアップ。合わせたスイングで打ち損じた打球は、レフト前へのポテンヒットとなった。
「(耐球かよ。名門の癖にやる事が小せぇな)」
怒濤の小細工を前に、俺は苦虫を噛み締める。
孝太さんは故障持ち。それに加え、今日は約2年振りの登板となった。
マウンドに慣れていないのは、知っている人から見れば明らかだろう。
後続の二人は三振で切って取るも、6番の崎山さんには12球、7番の山城さんには7球を使ってしまった。
俺の出番は、思ってた以上に早く来るのかもしれない。
都大三00=0
富士谷4=4
(都)宇治原、吉田―山城
(富)金城―近藤