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13.私という保険がいるから

 2012年5月15日。

 恵に告白された翌日の放課後、富士谷高校ではバッティング練習が行われていた。


「かっしーさん、いつもより飛ばしてんな」

「すげー迫力だぜ……!」


 俺は雑念を振り払うように、マシンから放たれる球を力強く打ち返していく。

 その後ろでは、中道と夏樹がヒソヒソと言葉を交わしていた。


 油断すると昨晩の出来事が頭を過る。

 思い出の詰まる八王子市民球場の傍で、煩悩と同情の狭間で犯した小さな過ち。

 それを忘れる為に、俺は何時も以上に野球に打ち込んでいた。


「うひょ~、かっしー気合い入ってんねぇ」

「そーなんっすよ。琴穂さんに振られたんすかねぇ?」


 ふと、鈴木が後輩の群れに混ざった。

 気にしても仕方がない。俺は黙々と白球を打ち続けていく。

 そうする事だけが、昨晩の出来事を忘れさせてくれるから。 


「ん~……弾道が1上がって、サヨナラ男が付いた感じ?」

「あっ、スカッた」


 その瞬間、動揺した俺は盛大に空振りしてしまった。





 あれから約一週間の時が過ぎた。

 俺の日常に変わりはなく、いつも通り野球をして、帰りは琴穂に癒されている。

 当然と言えば当然だが、1日のルーティーンに変化はない。


 ただ「あんな事」があった後だ。

 恵とは話せずにいるし、琴穂の前でも後ろめたさが拭えない。

 そう思っていた矢先、恵にメールで呼び出されて、何時もの喫茶店を訪れていた。


「はい問題。なんで私は怒ってるでしょう」

「私めが恵様を避けているからでございます」


 そんな茶番から、約一週間ぶりの雑談が始まった。

 恵は少し怒っているようで、不機嫌そうな表情を浮かべている。


「分かってるなら避けないでよ。普通に凹むんだけど」

「いや待て。これに関しては俺も言わせて欲しい」


 俺はそこまで語ると、少しだけ間を置いた。

 別に告白で立場が上になったとは思っていない。

 ただ、今回は此方にも言い分があった。


「普通に考えて、振った子に馴れ馴れしく話し掛けるの結構キツイからな??」


 どう考えても、今まで通り話せというのは無理がある。

 本当によく2人きりで会おうと思ったよ。控えめに言っても度胸があり過ぎる。


「ほら、そこは私とかっしーの仲じゃん?」

「いやぁキツイっすよ恵さん。俺達ただ振った振られた訳じゃな……」

「とにかく! もう避けるの禁止ね! 今まで通り仲良くしようよ~」

「ウィッス」

 

 俺は途中まで言い掛けたが、恵に遮られて有耶無耶にされてしまった。

 まぁ本人が気にしていないなら問題ないか。大人達が当たり前のように「割り切った関係」を作る中で、俺は気にし過ぎていたのかもしれない。


「で、ここからが本題なんだけど」

「これが本題じゃねぇの?」

「ち~が~い~ま~すぅ~。かっしーにとってもっと大事な話だと思うよ」


 ふと、恵は話題を変えてきた。

 本題ってなんだろう。普通に野球の話か、或は恵の病気のことだろうか。

 勿論、彼女の未来は責任を持って変えるつもりだが……。


「琴ちゃんにはいつ告白するの??」

「さぁ……」

「かっしー??」


 俺は目線を逸らして誤魔化すと、恵はニコニコと不敵な笑みを浮かべてきた。

 いや、言いたいことは分かっている。もう琴穂と付き合う以外に選択肢がないのだから、早く告白しろと言いたいのだろう。


「期限は今月までね」

「ちょ……生き急ぎすぎだろ。もっとこう、西東京で優勝した時とか……」

「だーめ! そこは私が助かった記念で最後のハグするタイミングだから!」

「なんだそれ。じゃあ引退した後に、残りの高校生活は俺と過ごしてくれ的な」

「更に後ろ倒しにしてきたね……」


 俺達はそんな言葉を交わしていく。

 まだだ、まだ時ではない。俺のアテにならない直感がそう告げている。

 いや……正直に申し上げると、告白して振られるのがシンプルに怖かった。


 何を言おう、俺は告白というものをしたことがない。

 棚橋との交際は相手から告白。伊織とは告白なしで自然に付き合って、結婚は相手から急かしてきた。

 交際人数は2人、経験人数は3人、そして人生経験は実質30年近い。にも関わらず、告白とは無縁の人生を送ってきた。


「かっしー……冷静に考えて欲しいんだけどさ。琴ちゃんと一番なかよしな男子はかっしーなんだよ? もっと信用してあげなよ」

「そうは言うけどな恵。純粋無垢な琴穂といえど顔とかスペックとか気にするだろ」

「学年イチの美少女に告られる180㎝のプロ注目投手だよ? 振られる方が難しいと思うけどなぁ」


 恵はそこまで言葉を並べると、ふふっと小さく笑みを溢す。


「それに……私っていう保険がいるんだからさ。自信もって告白してきなよ」


 そして――自らを保険と言い放つと、俺は顔を歪めてしまった。

 いくら琴穂に振られたからって、一度振った女に泣きつく程プライドが無い人間ではない。

 というか恵はいいのかよ。懐広すぎるだろ。


「マジで言ってんのかおまえ」

「マジマジ。てかさ、かっしーがフリーだと私も次行けないから、とっとと決めてきて!」

「ウィッス」


 結局、恵の勢いに押されて、そのまま条件を承諾してしまった。

 今月中に琴穂に告白か。2つの人生を使った片思いも遂に終わりを迎えてしまう。

 なんだか少し名残り惜しいな。成功した先にはどんな未来が待ち受けているのだろうか。


「じゃ、そろそろ帰るか」

「先に帰ってていいよ~。私はストレスでヤケ食いするから」

「そうですか……」


 そんな言葉を交わしてから、俺は一足先に席を立った。

 自分が飲んだ分だけ金を置いて、テーブル席に背を向ける。


「はぁ……。あんなことしちゃったから、もっと好きになっちゃったなぁ」

「なんか言った?」

「なんでもないですぅ~」


 恵は小さな声で言葉を溢したが、俺にはギリギリ聞こえなかった。


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