10.玉砕覚悟
関東遠征を終えて最初の月曜日、3年生マネージャーの3人は八王子市街地を訪れた。
理由は他でもない。恵が「今日の放課後は3人で遊びたい」と言って聞かなかったので、半ば強引に連行されたのだ。
本来なら特筆することのない普通のイベント。
ただ今日は、恵は何時もより必死に誘ってきたので、それが少し腑に落ちなかった。
「お、これ気になるのか?」
「うんっ。ほら、制服着れるのもあと1年だし、私服でもミニスカート穿きたいなって」
とあるショッピングモールのテナントで、琴穂は黒のプリーツスカートと睨めっこしていた。
小動物っぽく可愛らしい彼女だが、私服は意外とストリート系でオーバーサイズが多い。
恐らく、趣味のバスケやスノボやスケボーを意識しているのだろう。
そんな琴穂が、今日は可愛らしいスカートに目を奪われている。
本人の言う通り制服っぽい私服が欲しいのか。それとも、お年頃で異性を意識しているのか――。
その真相を知る余地はない。
「そんなに気になるなら買っちゃえば~?」
「うーん……けど私が着ると子供っぽくなるような……」
「とりあえず試着すりゃいいじゃん。タダなんだし」
「うん、試着するっ。へ、変でも笑わないでよっ」
「笑わない笑わない」
そんな言葉を交わしてから、琴穂は試着室に入っていった。
どのみち私は人様のファッションを笑える立場にない。驚くことに私服の半分くらいはジャージである。
今から卒業が憂鬱だな。制服に頼れなくなるとは……。
「なっちゃんも着てみたら?」
「いやー……流石に可愛すぎるわ。もうちょっと落ち着いた感じがいい」
「え~、こういうの着れるの若い内だけだよ~? なっちゃん制服似合ってるし全然いけるって!」
「そ、そう? って、騙されねーぞ! ぜったい笑い者にする気だろ!」
「しないしない~」
流石に私服でミニスカートはキツイな。
いや、恵とか琴穂は似合うんだろうけど、私はそういうガラじゃない。
足を出すにしても、丈の短いパンツの方が似合う気がする。
……そういえば、堂上はどんなファッションが好みなんだろうな。
彼も私服ジャージ族なので分からない。ただ、私がミニスカートの私服で登場したら弄ってくるのは分かる。
尤も、それで無表情の堂上から笑いが取れるなら、恥を覚悟で着るのもアリな気がするが。
って、何で堂上が出てくるんだ。
彼の為に服を選ぶ訳でもないというのに。
なんだろう。こう……蔵での一件から、どうも調子が狂わされてるな。
「ど、どうっ? 似合ってる……?」
「やば~、ちょー可愛いじゃん! それ絶対買いだって! なっちゃんもそう思――」
「(自分の世界入ってる……)」
「(やっぱガチ恋してんじゃん)」
そんな感じで、試着した琴穂は物凄く可愛かったけど、褒めるタイミングを失ってしまった。
※
その後、ショッピングモール内にあるカフェを訪れると、夕食がてらスイーツを堪能した。
女子力の低い私だが甘い物は大好きだ。ここに関しては恵や琴穂よりも女子らしさがあると思っている。
という事で、生クリームたっぷりのパフェにガムシロップを掛けて、最高に体に悪そうな甘味を堪能した。
「おといれ行ってくるっ」
「いってら~」
「みんなもいこーよっ」
「さっき行ったばっかだしいい」
「荷物番も必要だしね~」
「むぅ」
デザートも食べ終わった頃、琴穂は尿意を催して便所に向かった。
これで恵と私の二人きり。恵は何か言いたそうにソワソワしている。
「どうした?」
「えへへっ。今日は付き合ってくれてありがと」
「なんだよ急に気持ち悪いな。いつもの事だろ」
恵は唐突に感謝を告げてきたので、私は思わず困惑してしまった。
こうやって遊ぶのは初めてではない。今さら何を言っているのだろうか。
そう思った次の瞬間――。
「ううん。今日が最後になると思うからさ。最後に皆で遊べてよかったなって」
「っ……!」
恵はそう告げると、私は言葉に詰まってしまった。
私には分かる。これは大会が近いから遊ぶのは控えよう……ということではない。
もっと深刻な問題があって、恵は最後の集まりだと位置づけたのだ。
「おまえ、まさか……」
「うん。来週の月曜日にね、告白しようと思ってるんだ。ほら、どっちに転んでも、今までみたいに遊ぶのは無理じゃない? だから最後に皆で遊んどきたかったの」
恵は窓から外を眺めながら、少し寂しげにそう語った。
遂に……恐れていた時が来てしまった。柏原と琴穂が両思いの中で、恵は玉砕覚悟で柏原に告白する。
そして万が一、恵の告白が成功しても琴穂が傷付くという、まさに地獄のような告白だった。
「……一応聞くけど、勝算はあるのか?」
「ない!! あの琴ちゃん大好き星人は、琴ちゃんにちんちん生えてこない限り揺るがないよ~」
「じゃあなんで……」
あえて下ネタには触れずに問い掛ける。
何故、そこまでして柏原に拘るのだろうか――。
「だって後悔したくないし。告白すれば何か起こるかもしれないけど、このまま逃げたら0%でしょ?」
恵はそう言い切ると、何時ものように得意げなドヤ顔を見せた。
どうしても後悔を残したくないということか。それに柏原は琴穂の好意に気付いていないので、万が一が起こる可能性もある。
この玉砕覚悟の告白は、ポジティブな恵らしい判断だと思わされた。
「勿論、ただの負け戦にはしないよ。一矢報いる為にも、なっちゃんには少し協力して欲しいんだけど」
「ん、なんだよ」
ふと、恵は問い掛けてきた。
そういえは絶対に一矢報いると言っていたな。
私は何をすれば良いのだろうか。
「今日は何も言わずに、琴ちゃんと私を残して帰って欲しいんだよね」
「おまえ、まさか……」
「大丈夫大丈夫。闇病院に連行して琴ちゃんにちんちん生やしたりはしないからさ~」
「そんな心配はしてねぇ」
恵は唐突にボケてきたので、私は思わずツッコミを入れてしまった。
当然ながら懸念しているのはソレじゃない。もっと直接的かつ横暴な行為である。
「暴力とか脅しで退かせるとかはナシだぞ」
「する訳ないじゃん。琴ちゃんは恋敵である前に大事な友達だからさ。ちょっと二人でお話したいだけ」
「そっか。信じるからな」
一応、暴力に走る訳ではなさそうで安心した。
どのみち恵は琴穂より腕相撲が弱い。本気で殴り合ったら勝つのは琴穂だろう。
という事で、ここは詳細を聞かずに恵を信じることにした。
「じゃ、悪いけど琴ちゃん戻ってきたら適当に理由考えて帰って!」
「おうよ。けどその前に、私からも一つだけお願いしていいか?」
「え、なになに~?」
さて、恵のことは信じるけど……私からも切実に願いたいことがある。
向こうの希望を聞いたのだから、此方の希望も飲んで頂こう。
「今日が最後なんて寂しいこと言うなよ。確かに、彼氏とかできたらそっち優先になるんだろうけどさ。少しは暇な時間もあるだろうし、また3人で遊んだり、将来的には3人で飲んだり……そんな感じでずっと仲良くしようぜ」
私は言葉を振り絞ると、恵は目を丸めて驚いていた。
かつて琴穂に相談された時、私は心に決めた事がある。恋に破れた方がヘソを曲げたら、絶対に仲裁に入って仲を取り繕うと。
恋人が出来ても、恋に破れても、私達の仲は変わらない。そうであって欲しいと思っていた。
「ふふっ、そうだね。私は生きられるかは分からな……」
「ふぃー。すっきりしぁ」
恵は返事を言い掛けると、琴穂が便所から帰ってきた。
さて、言いたい事は言えたし帰宅する準備をしよう。
理由はバイトでいいや。今日は夏樹と圭太が入っているので私は非番だったけど。
「何の話してたのっ?」
「大した話じゃないよ~。それより結構長かったね? もしかしてウンチ?」
「おといれ混んでたのっ! 危うく漏れる所だったよぉ」
「本当はちょっと漏らしてたりして~。さっそく確認しちゃう~?」
「やーめーてー!」
恵と琴穂の茶番に苦笑いを浮かべながら、私は荷物をまとめて席を立った。
この日常は何時までも続いて欲しい。いや、この日常を守る為にも、もし最悪の事態になったら私が頑張ろう。




