5.津上の被害者たち
春季都大会が行われている間、我らが富士谷にも新1年生が多数入部した。
2名のマネージャーも合わせて総勢31名。スカウト力こそ恵には及ばないが、甲子園効果も相まって大勢の有望株が集まったようだ。
正直、夏の戦力としては期待していないけれど、将来的に津上たちの力になれば幸いである。
「って思ってるんでしょうけど、俺らが集めた1年を舐めない方がいいっすよ」
そう豪語してきたのは、勧誘の主導権を握っていた津上だ。
どうやら昨年に負けじと大豊作らしい。自己紹介をちゃんと聞いていなかったので、詳細は全く存じ上げない訳だが。
「リスト見ます? 柏原先輩なら分かる人もいると思いますよ」
「おう。貰うわ」
俺は金野から新入生のリストを受け取った。
とりあえず一通り出身チームに目を通してみる。確かに、強豪シニア出身は多いが……昨年と比べると将来性は未知数だな。
去年は「将来的に強豪でレギュラーになる無名選手」を積極的に誘っている。それと比べると、今年は肩書きを優先したスカウトに感じられた。(津上達は未来を知らないので当然だが)
「……ん?」
そんな中、明らかに場違いな選手を発見してしまった。
西八王子シニア出身の吉岡祐樹。同シニアは津上も所属していた名門チームで、吉岡はエースと中軸を務めている。
もう1つ、彼はU-15日本代表にも選出されている。そして将来的にはプロ入りする、正真正銘の大トロだった。
「吉岡きてんのか。よく誘えたな」
「来たらブスと一発ヤッていいって言ったら秒で決断してくれたっすね」
「おまえ悪魔だな??」
「最低ですよね! 吉岡くん、騙されたと知って泣いてましたよ」
津上がしょうもないクズなのは置いといて、吉岡が補強できたのは嬉しい誤算だ。
ただ、それでも即戦力としては非常に怪しい。特に1点が命取りになる三高戦だと、せいぜい代打でしか使えないな。
そういえば、津上は全ての世界線で育成に失敗した問題児だが……今のところ順調だな。
富士谷の環境が適していたのか。或は、恋人の金野が面倒見の良い人間なので、上手いこと迷走を抑え込めているのか。
どちらにせよ、不祥事の多くは女絡みだった為、今後どう転ぶかは金野次第だろう。
その翌日、さっそく俺は吉岡と接触してみることにした。
しかし、1年生は別メニューを組んでいる事もあり、練習中だとなかなか絡める機会がない。
そんな事を思っていた矢先、ベンチ裏で爪を切っていると向こうから絡んできた。
「柏原さん、横失礼します」
「おう。俺は別にいいけど、こんな所で遊んでていいのか」
「自分、外周1番乗りで終わったんで、みんな来るまで休憩っす」
走ってきたばかりだというのに、吉岡は涼しい顔をして隣に座ってきた。
ちなみに外周とは、学校外の公道をグルグル走り込む古典的なランニングである。
初めの内は毎日10キロ走らされるのだが、彼にとっては簡単過ぎたようだ。
「わざわざ学校で爪切ってるんですか?」
「富士谷の爪切りは高級品だからな。家で切るより出来がいいんだよ」
「おお、さすがプロ注目。しっかり指先まで気使ってるんですね!」
「ダウト! それダウト! 乙女の空間に混ざりたいだけでしょ~!」
そんな言葉を交わしていると、恵に乱入されてしまった。
まぁ事実なので否定はしない。ここで爪を切れば琴穂の近くに居られるからな。
「な、なるほど。そういう手もあるのか……」
「こんなスケベなおじさんみたいになっちゃダメだよ~」
「おじさんじゃねぇし」
しかし、吉岡は普通の性格をしているな。
今まで出会った名手は変人だらけだったので、普通というだけでありがたみを感じてしまう。
「ところで柏原さん。自分、凄く気になることあるんですけと聞いて良いですか?」
「ん」
ふと、吉岡はそう問い掛けてきた。
なんだろう。いつもの京田みたいに下らないネタではないことを願いたいが。
「なんで津上さんと金野さんって付き合ってるの隠そうとするんですか?」
吉岡がそう言い放った瞬間、辺りは一瞬で凍り付いた。
この場にはマネージャー全員いるから当たり前だ。特に金野は気まずそうに視線を逸らしている。
前言撤回、まともそうに見えて空気が読めないタイプだな。
まぁ問題を起こしそうにないだけ、津上よりは全然マシだとは思うけど。
「さぁ。本人たちに聞いてくれ」
「聞いたけどシラ切られました!!」
「だろうな……」
今のは俺も悪かったけど、隠してる本人に聞いて答えてくれる訳ないだろ。
なんだろう……素直ではあるんだろうけど、色々と残念な感じが否めないな。
「けどさー、今さら隠す意味なくないって思うよね~」
「そーッスねぇ。もう知らない部員いないまであるッスよ」
ここぞとばかりにマネージャ―達も便乗してきた。
女子とは恋バナと甘い物が大好きな生き物。今日こそは白状させてやると意気込んでいるのだろうか。
「ふふっ、亜莉子ちゃんっ」
ふと、琴穂は妙にいやらしい目付きで、後ろから金野を抱き締めた。
そして下腹部に左手を当てると――。
「全部出せば楽になるよ……?」
「吐くじゃなくて??」
なんて言うものだから、金野も思わずツッコミを入れてしまった。
素なのかボケなのか分からない。ただ一つ言える事は、今の琴穂は中々にエロかった。
「はぁ……。他の人には秘密ですよ。琴穂先輩の可愛さに免じて特別に教えてあげます」
「やったー!」
「聞きたい聞きたい~」
金野は観念したのか、或は琴穂の可愛いボケに骨抜きにされたのか、ようやく白状してくれるようだ。
果たして、彼女達はなぜ交際を隠そうとしていたのだろうか――。
「……私は別に隠すつもりなかったんですよ。ただ津上が『世界を経験した俺とお前じゃ釣り合ってねーから隠せ』って」
「酷くな~い!? 亜莉子ちゃんアイドルに負けじと可愛いのに~」
「本当っすよ! 自分なら絶対にそんなこと言わないのに! 今すぐ別れて自分と付き合いましょう!」
「吉岡おまえ思ったこと全部そのまま口に出るタイプだな??」
プライドの高い津上が、特に肩書のない金野と付き合うのを隠したがったという事か。
高校生の時点で立派な肩書を持つ人間なんて一握りだというのに。本当に厄介な性格をしているな。
「てかさっ。つーしゃんのどこがいいの……?」
「なんだろう、どうしても放っておけないんですよね。あと普段はあんなんですけど、2人の時は甘えたり褒めたりしてくれるんですよ」
「え~、ちょー意外! 例えば例えば!?」
「この前は『下からアリスでA○Bデビューしよう、おまえ歌は下手だけど顔は良いからいける』って言われましたね」
「普段ブスって呼んでる癖に~」
「それ褒められるんスか……?」
「パクリ……」
当たり前だが影では金野を立てているようだ。
ラブラブで羨ましい限りだな。こう……飴と鞭を使い分けられるクズ男がモテるのだろうか。
「もっともっと~!」
「あげあげほいほいっ?」
「私はもういいじゃないですか。ほら、真奈もそろそろ半年くらい経つでしょ!」
ふと、金野は黒瀬にキラーパスを放った。
その瞬間、俺は勿論、他のマネージャー達も目を丸める。
「えっ……真奈ちゃんも彼氏いたの……?」
「隠してた訳じゃないッスけど、夏樹くんと付き合ってるッスよ」
「え~! やば~!」
「ッブー!!」
そして黒瀬は爆弾を投下すると、今まで静かだった夏美が盛大に吹き出した。
意図的に隠してた津上達より遥かに意外だった。たぶん3年生は誰も知らなかったぞ。
「待って待って。もしかして彼女持ちの2年生って他にもいる感じ……?」
「駒崎はテニス部の平井さんと付き合ってますね。あと戸田くんも他校の彼女いるらしいです」
「他校の彼女と言えばナカミー(中道)もッスよ。嫌々ながらもダブルデートさせられたことあるッス」
「なん……だと……」
衝撃的な事実の数々に、その場にいた3年生は揃って言葉を失ってしまった。
当然と言えば当然だ。続々と恋人を作る2年生に対して、3年生の恋人持ちは中学から付き合ってる渡辺しかいない。
ちなみに余談だが、平井さんとは小柄童顔ボブカットで俺イチオシの2年生だった。
「さ~て……球拾いでもいこっかな~……」
「私も一緒にいくっ。きょ、今日はいっぱい拾うよぉ〜」
「ボールも縫わねーとな。あー忙しい忙しい」
「爪切ったし俺も行くか……」
先ほどのテンションは何処へ行ったのやら、3年生マネージャー達は逃げるように去っていった。
そして俺も早急に撤退。とてもではないけど、恋愛強者の2年生マネに囲まれるなど御免である。
「もしかして、ウチの3年生って野球以外だとポンコツな人ばっかりな感じですか?」
「思ったことすぐ口にださないの」
「うっす、すいません!」
ベンチから離れていく中、吉岡と金野の声が僅かに聞こえてしまった。
そろそろ告白とかした方がいいかもしれない。そう思いながら、この敗北感を練習にぶつけるのだった。