4.シード決定
2012年4月7日。八王子市民球場。
春季大会3回戦、もとい富士谷高校の初戦が行われた。
相手は東東京の安井学園。
甲子園出場こそ現時点では未だ無いが、正史通りなら来年の選抜に出場する他、過去には一流プロ野球選手も輩出している強豪校だ。
決して油断できる相手ではない。ただ、ここに楽に勝てないようだと、三高とは渡り合えないのも事実だった。
「っけ、噂には聞いてたけど美少女マネいやがるぜ」
「こいつらどーせヤりまくってんだろーなー」
「クソが、ぜってー共学には負けねぇ」
安井学園の選手達は、物凄い表情で此方を睨んでいる。
この時代の同校は男子校。だから共学の富士谷を敵視する気持ちも分かるが……学校を選んだのは紛れもなく選手達である。
実害はないとはいえ、八つ当たりは辞めて頂きたいものだ。
安井学園に限らず、東京の男子校は共学コンプのようなものを持っている高校が多い。
例えば早田学院(実業ではない)は、女装したスタンド部員がダンスを披露したりする。
佼呈学園は応援の生徒全員が肩を組んで「飛ばない奴は共学」という謎の合言葉を叫びながら飛び跳ね出す。
恐らく後者は「俺達と一緒に飛ばない奴は軟派な共学野郎」とでも言いたいのだろう。
まぁ……少しばかりの同情は捧げるけど、だからと言って手加減をする理由にはならない。
先発は堂上、野手はフルメンバーで確実にシードを取りに行く。相手は東東京なので、堂上までなら出し惜しみ不要なのも幸いだ。
という事で始まった3回戦は、序盤から富士谷のペースで進んでいった。
安井学園の2年生エース・鮎原は3回でノックアウト。彼は選抜出場の原動力ではあるが、その背景には来年の東京は何処も谷間世代という事情がある。
彼自身、直球が130キロ台のオーソドックスな右腕なので、ハイレベルな今年の好投手と比べたら大幅に落ちる存在だった。
堂上の投球も至って順調。
最速150キロ近いストレートを軸に、イニングの倍近い数の奪三振を奪っていく。
後半は当てに来られて失速したが、一冬越えて成長した姿を十分に見せつけた。
そして――。
「おお、ゴリが打った!」
「うぇ~い、ないばっちー」
「(っしゃ、もう駒崎には負けねーぜ!)」
最後は近藤のソロアーチで6回コールドゲームが成立。
彼が強豪相手に長打を打ったのは初めてな気がする。それだけ、正捕手奪還の為に陰で練習を重ねてきたのだろう。
そんな感じで、各々が存分に成長の成果を見せつけて、あっさりとシード権を確保した。
安井学000 000=0
富士谷106 201x=10
【安】鮎原、島田、吉村―村瀬
【富】堂上―近藤
※
その後、富士谷は戦力を隠しつつ、ベスト4まで駒を進めた。
4回戦(神宮第二球場)
富士谷000 071 3=11
石_倉010 003 0=4
【富】堂上、梅津、中橋―駒崎
【石】宮田、小川、宮田―荻原
準々決勝(神宮第二球場)
富士谷310 010 004=9
都大亀020 003 102=8
【富】芳賀、津上、中橋―駒崎
【都】松田、清野、荒巻―金井
4回戦は東東京の古豪・石倉を相手に貫禄のコールド勝ち。
準々決勝の都大亀ヶ丘戦は、お互いに主力投手を出し惜しんだ結果、壮絶な乱打戦になってしまった。
この頃になると、ネットでは「柏原故障説」なんて憶測も飛び交っていたが、これは作戦の内である。
せっかくフォームを修正しているんだ。徹底的に出し惜しんで、夏へのサプライズにしてしまおう。
そして迎えた準決勝、府中の韋駄天・宮城を擁する国修館との対決になった。
尚、対岸の準決勝は都大三高と東東京の帝皇。この時点で、富士谷は第3シード以上になることが確定している。
都大三高の優勝を前提とすると、何方に転ぼうが逆の山に入るので、これ以上は勝つ旨味が非常に薄かった。
準決勝(神宮第二球場)
国修館101 011 002=6
富士谷000 002 110=4
【国】常盤、草薙―清水
【富】津上、中橋―近藤
という事で、準決勝は同地区相手に戦力を出し惜しんで敗戦。
一応、わざと負けた訳ではなく、出場した選手はベストを尽くしていたが……計18残塁の拙攻で大量得点を奪えなかった。
富士谷は稀に恐ろしく拙攻になることがある。この辺は要改善だな。
最後に、選抜推薦で関東大会出場が決まっていた都大三高が決勝戦に進出したので、3校目の出場校を決めるべく3位決定戦が行われた。
関東大会は関東の強豪と試合できる貴重な機会。一方で、東京の関東大会出場校は夏に勝てないというジンクスもある。
ただ、背に腹は代えられないという事で、出来れば出場したかったのだが――。
3位決定戦(神宮第二球場)
帝_皇000 040 010=5
富士谷000 002 002=4
【帝】伊東―石川
【富】堂上―駒崎、近藤
またも残塁の山、更に今回は守備のミスも絡んで敗戦してしまった。
ただ、最速148キロ右腕の伊東から15安打は好材料だ。宇治原を想定した練習が実を結んだと痛感する。
打つ、投げる、の2つは順調。
走塁と守備、それから試合運びという部分では、もう少し精度を上げる必要がある。
現状と課題はハッキリしたな。実りのある春季大会だったと思う。
あとは夏に向けて仕上げるだけ。
今年も関東遠征ツアーを組めたし、都立に足りない実戦経験を徹底的に積んでいこう。
ちなみに余談だが、決勝戦は言うまでもなく都大三高の圧勝で終了。
0-24という残虐極まりないスコアで負けた宮城は「あいつら人間じゃねぇ」というメールを各所に送ったらしい。