41.それぞれのスタンドで
一塁側、都大三高の応援スタンド。
多くのスタンド部員が目を丸めている中、俺――木更津健太は、柏原竜也のグランドスラムを目の当たりにして、ため息を漏らしていた。
控え目に言ってもクソいリードだった。
先ず初球のフォーク。最初に決め球を見せて意識させる、という意図くらいは理解できたが、はっきり言って無駄もいい所だ。
二球目の逃げる球も結果論。初球が外れている事も踏まえたら、もう少し枠寄りに構えてストライクを取りに行くほうが安定する。
極めつけは内のストレート。対角線を使いたいのは分かるが、立ち上がりの吉田さんに要求するのはありえない。
案の定、甘く入ってスタンドまで運ばれた。あまりにもクソい。
もし俺がリードするなら、初球は絶対に外の球。それも、できればストレート。
次は速いスライダーかストレート。スライダーなら外でも内でもいい。
外を見せた後のフロントドアなら、甘く入っても多少は誤魔化せる。ただ、定石通りならやはり外だ。
追い込めば多少は遊べる。フォークを試してみてもいい。
外角中心のありきたりなリード、と思われるかもしれないが、それでいい。
定石というのは、一番有効だからそう呼ばれる。
奇策だとか裏を突くだとか、そんな物は上手くいった所で結果論に過ぎない。
結局の所、吉田さんの立ち上がりも相当クソいので、思い通りに行かないのは承知の上。
それで打たれたら仕方がない。ただ少なくとも、俺なら満塁弾は浴びなかった。
「お、木更津先生はまたリード批判か?」
隣にいた2年生がそう茶化してきた。
基本的には定石に忠実、というだけなのに、チームメイトからはすっかりリード厨だと思われている。
まあ仕方がない。試合の度にこんな事を考えているからな。
「いえ、分析してました」
「分析じゃなくて応援しろよ……」
スタンド部員としては至極全うな指摘に、俺は仕方がなく従う事にした。
※
三塁側、富士谷の応援スタンドでは、今まさに歓喜の渦が巻き起こっていた。
かっしーの満塁場外弾。場外と言っても、府中市民球場は外野スタンドが極端に小さいので、他の球場なら普通のホームランに過ぎない。
けど、そんなのは些細な問題だ。
大事なのは柵を越えたという事実だけ。
私、瀬川恵は、隣にいた琴ちゃんと共に、その喜びを噛み締めていた。
「えー! かっしーヤバくない!? 4点も入っちゃったよっ!!」
「いや~、これはヤバイ! グラスラはヤバイね!」
女子高生らしく、ヤバイヤバイと連呼しながら、琴ちゃんと手を合わせてた。
その小さくて可愛いらしい手は、少しだけ羨ましい。
やがて手を離すと、少し屈んで厚紙を拾った。
次の打者と応援曲を知らせないと。そんな事を思いながら、ふと横を見ると、
「かっこいいなぁー……」
琴ちゃんはグラウンドを眺めながら、そう言葉を漏らしていた。
かっしーが聞いたら調子に乗りそうだ。これは秘密にしておこっと。
「すいません、失礼します! あ、失礼します!」
ふと、中年くらいの男性の声が聞こえた。
視線を向けると、異様に肩幅が広いおじさんが、人を避けながら此方に迫ってくる。
確かこの人は――。
「あ、肩幅だっ!」
琴ちゃんが手を振ると、肩幅と呼ばれた男は手を振り返した。
私の調査によると、この男は与田先生。かっしーの中学時代の担任だ。
「こら、ちゃんと名前で呼びなさい」
「えへへー、久しぶりー」
なるほど。府中市民球場はかっしー達の地元だから、知り合いが気軽に見に来れるのか。
ご家族も来てるのかな、見かけたら挨拶しておかないと。
取り敢えず、与田先生に挨拶を済ませると、適当な席に座って頂いた。
「ちょっ……もうちょっと向こう行けます?」
「す、すいません……」
与田先生の肩幅が広すぎて、隣の人が凄く窮屈そうにしていた。
その姿はちょっと面白くて、私は思わず笑みを溢してしまう。
本当なら、中学時代の話とかも聞いてみたかったけど、今はそれどころじゃない。
マネージャーとして、スタンド部員として、そして――未来を知る人間として、試合に貢献しなくてはいけないから。
「(このまま勝つのが一番だけど、どうなるかなぁ)」
そんな事を思いながら、バックスクリーンの時計を見上げた。
主な登場人物の簡易的な紹介を後書きに追加しました。
ちゃんとしたやつは1章完結後にまとめて出します……たぶん……!
・富士谷高
バッテリー→6話
主力打者→9話
金城兄妹→10話
マネ二人→11話
1年生→12話
指導者→17話
2年生→19話
・関越一高→18話
・東山菅尾→22話