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1.新監督と肩幅の妖怪

 2012年3月31日。

 世間では春の選抜が盛り上がりを見せる中、富士谷高校ではミーティングが行われる事になった。

 明日からは春季都大会の本戦が開幕する。もう一つ、本日をもって瀬川政権が終わるので、その挨拶も兼ねていた。


「うーむ、今さら語るような事は無いのだが……一つ言いたいのは、君達には本当に感謝したいという事だな。正直なところ、私は大した事はしてこなかった。君達には随分と勝たせて貰ったと思う」

 

 先ずは瀬川監督の挨拶から。

 とは言っても、先日お別れ会をやった時も語っていたので、もう話したい事は無さそうだった。

 瀬川監督としても、酒が入っていた方がやり易かったのだろう。


「短い間だったが今までありがとう。恐らく、将来的には大物になる人も居ると思うが……この先の人生において、私の教えが少しでも役に立てば幸いだ」


 瀬川監督は最後にそう言って締め括った。

 確かに、彼に教わった事はあまり無いような気がするけど……瀬川監督でなければ今の富士谷は誕生しなかった。

 恵が選手を集めたのも、俺の作戦が受け入れられたのも、直感的な代打で勝ち上がったのも、彼が監督でなければ成立していない。

 個人的に非常にやり易く、いざという時は頼れる監督だったと思う。


「では畦上くん」

「はい」


 ここで畦上先生にバトンタッチ。

 ただ、彼は無駄な挨拶とかは嫌いなので、恐らく何も語らないと思われる。


「俺からは特にない。んじゃ早速、明日からの体制について説明しよう」


 畦上先生はそう言って教壇に手を掛けた。

 本来なら新しい教師は始業式まで分からない。その中で、特別に畦上先生が教えてくれるようだ。

 尤も、俺は恵から聞いているので知っているのだけれど。


「先ず、明日から始まる春季大会だが……新任の助監督は間に合わないので、今回だけは立浪先生にお願いした」


 立浪先生とは、ヤクザみたいな顔をした物理教師である。

 当然ながら野球は未経験。次の助監督は登録が間に合わないので、どこの顧問でもない立浪先生に頼んだのだろう。

 勿論、これは聞いていた通りの展開だ。どうせ春だけなので気にする必要もない。

 

「で、次に新しい指導者だな。実は呼んでいるので、さっそく入ってもらおう」


 畦上先生はそう言うと、前方の扉が少し開いた。

 ……あれ、おかしいな。新任の助監督は都立保野高校の監督と聞いているので、本日までは向こうで指揮を執っている筈だ。

 もしかして、バタフライエフェクトで新卒の教師に代わったのだろうか。


「いてっ。肩が引っ掛かっちまった」


 ふと、入室しようとした男は言葉を溢した。

 どうやったら肩なんて引っ掛かるんだよ。新しい助監督は肩幅の妖怪か何かか?


「えっ……」

「あ、肩幅だっ!」


 そう思ったのも束の間――俺は言葉を失い、琴穂は前に向かって手を振った。

 入室してきたのは異様なほど肩幅の広い男。俺は……俺達は……この男を知っている……!

 

「4月から就任する与田剛弘だ。担当教科は数学、前職は公立中学の教師だった。よろしくな!」

「ごめん流石に意味が分からない」


 与田先生はテンポ良く挨拶すると、俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 彼は俺と琴穂の中学時代の恩師である。富士谷高校に配属された理由が控え目に言っても理解できない。


「与田先生は非常に意欲の高い方でな。富士谷の野球を見て、高校野球の指導者に憧れて転職したそうだ」

「うむ。ここに配属されたのは偶然みたいだが……高校の教員免許も取っといて良かったよ。若かりし頃の自分に感謝だな!」


 畦上先生も普通に紹介しているが……与田先生はまごう事なき野球ド素人だ。

 扱い易いという意味では好都合かもしれないけれど、指導力という部分では1ミリも期待できない。 


「すげー肩幅。150キロくらい投げそう」

「わざわざ野球の為に転職ってガチじゃん」

「こりゃ明日からキツくなるかもしれないっすね」


 選手達も広すぎる肩幅に圧倒されている。

 しかし、何度も言うが与田先生は野球ド素人。一昨年は雨天コールドの仕様を知らず、恵が教えたというエピソードも聞かされた。

 果たして、そんな人に指導者が務まるのだろうか――。


「ま、いいんじゃない? かっしーもやり易いでしょ」

「そうだけどよ」


 ふと耳打ちしてきた恵は、特に気にしていない様子だった。

 確かに……来る予定だった都立保野高校の監督は頑固だと聞いていたので、与田先生の方が操り人形としては確実に機能する。

 最初は驚いたけど結果オーライか。結局、プレーするのは選手だし、これはポジティブに捉えよう。


「最後に、4月からは休日限定で臨時コーチにも来てもらう。日によって人は変わるけど、失礼のないようにな」

「おお、なんか強豪っぽいな!」

「やっとかって感じもしますけどね」


 続けて、畦上先生からはコーチが来る旨も伝えられた。

 なるほど、これで指導力も落ちない訳か。さすが畦上先生、名門出身なだけあってバックアップも考えているな。


「春季大会については、俺達はシードだから相手が決まってから話し合おう。以上!」

「っしゃいー」


 そんな感じで、富士谷高校の新体制が始まった。

 後は新入生が来れば手駒は揃う。瀬川監督は欠けてしまうけど、この布陣で三高の最強世代に挑もう。

後出しで申し訳ないのですが、過去のキャラ紹介の与田先生の年齢を密かに変更しています。

理由は都立高校の教員試験には年齢制限があり、旧設定だと引っ掛かってしまうからです。ご承知ください。

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[一言] 素晴らしい先生
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