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【閑話】彼が消えるまで(前)

読まなくてもいい閑話シリーズ。

本編に関係なくはないですが、10年後の卯月編よりは関わって来ないと思います。

 2022年12月某日。

 ここは新宿区歌舞伎町。多種多様の「夜の店」が揃っている東京屈指の繁華街だ。

 本日は金曜日という事もあり、大勢の人で賑わっている。


 目的は酒か、女か、男か、或は金か。

 勿論、それは人によって異なり、各々は欲望を満たせる場所へと向かっている。

 そんな中――ラブホテルの一室では、既に事を済ませた男女がベッドに腰を掛けていた。


「ふむ……今日も随分と汚したな。その辺のAV女優より才能あるんじゃないか?」


 そう言葉を溢したのは、今年28歳になった堂上剛士である。

 彼は相変わらず無表情。冷たい視線の先では、不自然なくらいシーツがビショビショに濡れていた。

 

「あはは、やめてよ。恥ずかしいし……」


 隣にいた小柄な女性は恥ずかしげに言葉を返す。

 彼女は名前は秋帆。かつて堂上が通っていた風俗に勤めていて、今でも個人的な関係が続いている。

 尚、関係が個人になった理由については、某ウイルスを切っ掛けに秋帆が風俗を辞めたからだった。


「吸っていい?」

「ダメに決まっているだろう。俺の清潔な肺を汚染するな」

「けちっ!」


 秋帆は煙草を取り出すが、堂上に制される。

 健康にも節約にもストイックな堂上にとって、煙草という嗜好品は到底理解できる物ではない。

 秋帆は渋々と煙草を片付けると、少しだけ不機嫌な表情を見せた。


「しかし、何時になったら禁煙するんだ? 以前『男ウケ悪いから辞める』という宣言を聞いた気がするが」

「……」


 堂上はそう問い掛けると、秋帆は黙り込んでしまった。

 その表情は、今にも泣きそうに見える。


「アプリでさ、ちょっと相手を探してみたんだけどね……全然ダメだった。喫煙以前に、元お水の無職は無理だってさ」

「ふむ……意外だな。秋帆くらい可愛ければ需要はあると思ったが」

「ヤリモクさんはいっぱい来たけどね。みんな真面目なフリして近付いてきて、私もその気になって、けど最後は……」


 秋帆はそう言葉を溢しながら涙を拭う。

 一方、堂上は「地雷を踏んでしまったか」と内心で呆れていた。


「私ね、今は汚れた女だけど、中学までは良い子だったんだよ」

「知らん、興味も無い。お互いに干渉しないという約束だろう」


 秋帆は唐突に過去を語り出すが、堂上に制される。

 ちなみに余談だが、彼らは体のみの売春関係にあり、お互いの本名すら存じ上げない。

 秋帆というのは風俗時代の源氏名で、堂上も彼女の前では「武志」という偽名を使っていた。


「たまには聞いてよ。今日はお手当いらないし、ホテル代も出すからさ」

「……」


 背に腹は代えられん、と思いながら堂上は受け入れる。

 今の堂上は訳あって金銭的な余裕がない。数万円も浮くのは非常に大きかった。


「中学までは順調だったんだ。お勉強は苦手だったけど、部活は楽しかったし、友達にも恵まれてた」

「普通に青春を送れていた、という事か」

「うん。けど高校1年生の時にね、部活の先輩に虐めらて……最終的に辞めちゃったんだ」


 秋帆は再び表情を曇らせる。

 一方、堂上は興味無さそうに耳を傾けていた。

 

「……私の人生が狂ったのはそこから。コンビニでバイト始めたんだけど、そこで先輩に「秋帆も援交やってみない?」って誘われたの」

「それが分岐点だと言いたいのか? なら断れば良かっただろう」

「無理だよ……。また虐められるかもしれない、そうじゃなくても嫌われるかもしれないって思ったら……怖くて……断れなくて……」


 秋帆は瞳に涙を滲ませると、両手で顔を隠した。

 虐めさえなければ、嫌われてでも先輩からの誘いを断ってれば、或は――誰かが救いの手を差し伸べてくれたら、こうはならなかったと後悔しているのだろう。


 そこから先は語られなかったが、堂上でも想像するに容易かった。

 嫌々ながらも援交に慣れてしまった彼女は、普通の稼ぎ方が出来なくなり、後戻りが出来なくなった……と。 


「もうやだ……こんな筈じゃなかったのに……。私も普通に恋愛して……普通に働いて……好きな人と結婚したかったよぉ……」


 秋帆はそう言葉を漏らしながら泣きじゃくり続けた。

 堂上は無言で立ち上がる。内心では少しばかりの同情を捧げながら、財布から7000円ほど抜き出した。


「ホテル代は置いておく。先に帰るぞ」

「ぐすっ……ひっく……いいのに……」

「先程は少し魔が差してしまったが……男が払うのは当然だ。遠慮なく受け取ってくれ」


 堂上は机にホテル代を置くと、テキパキと帰る準備を始めた。

 これ以上は付き合ってられない。そう思いながら扉のドアノブに手を掛ける。


「……俺だって、こんな人生になる筈ではなかった。しかし、今さら文句を言った所で何も始まらないだろう」


 そして――最後にそんな言葉を溢してから、一足先に部屋を後にした。

 堂上剛士28歳。彼もまた、人生に絶望している人間の一人だった。

9章スタートは6月19日(日)に変更します。ご承知ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ん?この女の子ってまさか琴〇?
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