29.恋愛はツーアウトから?
最後まで卯月のなっちゃんのターン。
2012年3月某日。
選抜高校野球や春季都大会の組み合わせが決まり、冬季は禁止されていた練習試合も解禁された。
長かったオフシーズンもようやく終了。野球の季節がやってきたと痛感する。
「ぜってーシード取って三高の逆側確保すんぜ!」
「三高が優勝する前提だと、準優勝なら確定で第2シードだね」
「意外と三高がコロッと負けてノーシードになったりしてな」
「それが一番困る!!」
選手達も都大会に向けて気合が入っている。
春季大会は春季関東大会の出場権の他に、夏のシード権も懸かっている大会だ。
甲子園に関係ないとはいえ侮れない。夏は過密日程になるから尚更である。
また、選手達は一冬越えて大きくなった。
シード権だけでなく、レギュラー競争という意味でも闘志を燃やしているに違いない。
オフシーズンに充電された活気が、富士谷には溢れている気がした。
「……っちゃん……なっちゃんってば!」
「ん……ああ、悪い。気付かなかった」
そんな中――私は縫いかけのボールを片手に、ぼけーっと上の空になっていた。
何時の間にか恵と琴穂に囲まれている。全くと言っていいほど接近に気付かなかった。
「針持ったままボーッとしたら危ないよ〜」
「なっちゃん最近それ多いよねっ」
不覚にも恵と琴穂に注意されてしまった。
最近、私は上の空になる事が多い。その理由は他でもなく、堂上の家で色々とあったからだ。
あの日以降、私は色んな感情に悩まされている。
堂上は寂しくないのか。押し倒してきたのは本当に冗談だったのか。そして――堂上の為に何か出来る事はないか。
気付けば私は、彼の事ばかり考えていた。
「あ、もしかして恋!?」
「なっちゃんの初恋だー!」
恵と琴穂はそう誂かってきたが――何故か否定の言葉は出てこなかった。
もしかしたら恋なのかもしれない。いや、そう断言するのは早計かもしれないけど、私は堂上に特別な感情を抱いていた。
「……そうかもな」
「(ガチで恋してんじゃん)」
「(重症だ……)」
私はそう言葉を漏らすと、恵と琴穂は困惑した表情を見せた。
困るくらいなら弄るなよな。というか私が一番困ってる訳だが。
「あ、恋と言えばさ〜」
ふと、恵はそう切り出してした。
このまま恋バナを続けるんだろうけど、誰か破局でもしたのだろうか。
「こっちも、そろそろ決着つけないとね」
恵はそう言ってニコッと微笑むと、琴穂は引き攣った表情を見せた。
私は思わず二人を交互に見てしまう。何故なら……二人は柏原に恋しているからだ。
「め、めぐみんも恋してるんだねっ」
「私だって恋くらいするよ〜。琴ちゃんはどうなの?」
「まぁ……ぼちぼち……?」
「またそうやってはぐらかして〜! 恋話タダ乗り罪は重罪だよ〜!?」
余裕たっぷりの恵に対して、琴穂は露骨に動揺している。
しかし、圧倒的に有利なのは琴穂だ。言うまでもなく柏原は琴穂LOVEなので、何方かが告白した時点でゲームセットになる。
トランプで例えるなら勝ち確定の手札。将棋で例えるなら詰みを作れる局面。
にも関わらず、それに気付かないまま続けているのが琴穂なのだ。
「誰かティー上げるの頼んでいい?」
「やるっ!」
「あ、じゃあ私が――」
と、そんな話をしていたら、話題の柏原が姿を現した。
琴穂と恵は同時に立ち上がる――が、反射神経では琴穂が大幅に勝っている。
先に名乗り出た事もあり、琴穂が一緒にやる事になった。
「なに話してたの?」
「恋バナ! かっしーは恋してるっ?」
「(君に恋してるって言えたらなぁ……)まぁ気になる人くらいは居るかな」
「だれだれっ!?」
「秘密」
柏原と琴穂はそんな言葉を交わしながら去っていく。
ふと横を見ると、恵はムスッとした表情で拗ねていた。
「めちゃ妬いてんじゃねえか。さっきの余裕は何だったんだよ」
「べ〜つにぃ〜? ティーの球出しくらいで差が付くと思ってませんしぃ〜」
「はいはいそーですね」
恵は拗ねても可愛げがあるな。
少しだけ羨ましい。私はこっち来んなオーラを出してしまうので、受け入れてくれる男性がいるか心配だ。
「……ずっとこのまま、って訳にはいかないんだよな」
「そりゃね〜。一生片想いする訳にもいかないし、たぶん私は近い内に告白するよ」
「そっか」
ふと、野暮なことを聞いてしまった。
私は恵も琴穂も好きだ。だからこそ、どちらが傷付く所も見たくないし、今の関係が続くならそれで良いと思っている。
ただ、2人はそれを望んでいない。やはり友情よりも恋心という部分で、白黒ハッキリ付けたいのだろう。
「ふふっ。なっちゃん、私が負けるって思ってるでしょ」
「そりゃな」
恵は微笑みながら問い掛けてくると、私は秒で肯定してしまった。
彼女が勝つには先制告白は絶対条件。それでいて、柏原を妥協させる必要がある。
正直、勝算があまりにも無さ過ぎると思うのだが――。
「安心して。負けるかもしれないけど、絶っっっっ対に一矢報いるから」
恵は相変わらず自信満々に言い放った。
ただ前向きなだけなのか、本当に何か秘策があるのか。
わからない。わからないけど――私は二人の行く末を見守ろう。
「じゃ、私達はボールの捜索行こっか」
「私は解れたの縫ってるよ」
「たまには一緒に行こ〜よ〜!」
「はいはい、わかったよ」
恵に促されて、私達はグラウンドの土を踏んだ。
本日の練習はマシン打撃とティーバッティング。
ちょうど私達の直ぐ側では、柏原と琴穂がティーを行っていた。
「(ふふっ、のんびりしてると本当に取っちゃうよ〜?)」
「(さっきは誤魔化しちゃったけど……私もがんばろっ!)」
ふと、恵と琴穂の視線が交差する。
いつもは仲良しでベタベタしている二人だけど、今は少しだけ緊張が走った気がした。
これにて8章完結。
予定より投稿ペースが遅れましたが、お付き合い頂きありがとうございました。
9章は6月18日くらいから連載する予定です。
その間に閑話も投稿したい所です……が、間に合うかは分かりません!
堂上未来編とか、柏原の才能が見出されるまでとか、京田のくだらない話シリーズとか、色々と構想はあるのですが、筆がなかなか追い付かない……。
最後になりましたが、何時もコメント、ブクマ、評価等々ありがとうございます。
お陰様で無事1000ブクマは達成できました。次は5000ptを目指して頑張ります!