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28.彼の寂しさを埋めたくて

「安心しろ、電気と水道は通してある。厠もあるから好きに使うと良い」


 蔵の中に入るや否や、堂上はそう言ってきた。

 私は言葉を失ったままでいる。あまりにも現実的では無さ過ぎて、現状を飲み込めずにいた。


「ふむ……遠慮しているのか? 俺しか暮らしていないから寛いで構わないぞ」

「え、ああ……」


 とりあえず促されるまま腰を下ろしてみる。

 そして目を泳がせながら、何となく間取りを確認してみた。


 部屋の広さは8畳くらい。

 脇にはシンクとIHコンロがあり、ワンルームのような設計になっている。

 また、冷蔵庫やエアコンなども揃っていて、その間取りは一人暮らしの部屋そのものだ。


「すまない、菓子やジュースは摂取しないものでな。麦茶か水かヨーグルトしか出せん」

「いや、お構いなく。買ってきた紅茶あるし」

「承知した。しかし……何か言いたげな顔をしているな」

「言いたい事しかねぇよ! 何だよコレ!」


 本当に言いたい事しか見つからない。何で蔵で生活してるんだよ。

 もし柏原だったらマシンガンのようなツッコミが飛んでたぞ。


「ふむ、一つずつ聞こう」

「まず確認したいんだけど、これ不法侵入じゃないよな!?」

「問題ない、ここは堂上家の敷地内だ。表札にも堂上と書いてあっただろう」


 とりあえず犯罪ではなさそうなので安心した。

 そして敷地内と言う事は、やはり豪邸の方も堂上の家なのだろう。


「あっちの家には誰が住んでるんだ?」

「俺以外の家族、それから使用人が住み込みで暮らしているな」

「使用人って……ホントにスゲーな。あ、風呂は?」

「入浴の際は本館を訪れている。ガスだけは引けなかったからな」

「本館って呼ぶんだな、アレ……」


 私と堂上はそんな言葉を交わしていく。

 ここまでの質問は全て前座だ。何となく察しは付いていたし、さほど重要な内容ではない。

 やはり気になるのは「何故」という部分だろう。


「で、何で一人暮らしの真似事してるんだよ。社会勉強か?」


 私はそう問い掛けると、堂上は鋭い眼つきで睨んできた。

 恐らく、ここに堂上の秘密が隠されている。物凄く重い話かもしれないけど、覚悟を決めて踏み込もう。


「……先に前置きをすると、俺自身は何とも思っていない。ただ、軽蔑される恐れがあるから他言したくなかった、というだけの話だ」

「おう。どんな内容でも私は受け入れるよ」


 私はゴクリと固唾を呑み込む。

 果たして「蔵暮らしの堂上」は如何にして誕生したのだろうか。


「少し長くなるが……俺の家系では先祖代々、最も優れた兄弟に『築き上げてきた全ての物』を継承していてな。俺と弟は昔から全ての事柄で競い合って……いや、競わされてきた」


 築き上げてきた物とは、資産や会社の事を指しているのだろうか。

 となると父親は社長か何かか。そりゃ金持ってる訳だな。


「勿論、この競争の結論が出るのは()()()()成人してからになる。リアルタイムで同じ土俵で戦うとなると、あまりにも歳上が有利過ぎるからな」


 堂上は淡々と語り続ける。

 確かに、私も昔は夏樹より野球が上手かった。今でも勉強は負けていない。

 ただ、成人するまで結論が出ないと言うのなら、堂上は競い合ってる段階という事になるが……。


「しかし――その常識を覆したのが弟の直将だった。直将は一言で言えば超が付く程の天才で、俺は2歳のアドバンテージがあるにも関わらず、全く歯が立たなかった。文武共にな」


 その瞬間、私は驚きのあまり目を丸めてしまった。

 あの堂上が全く勝てない相手がいるなんて。にわかには信じられない話だ。


「文武って、まさか野球でも負けたのか?」

「無論、でなければ敗北を認めていないだろう」

「マジかよ……木田クラスのバケモンだな……」

「ふむ……確かに、直将は奴に匹敵するかもな。さて、話を続けるぞ」


 堂上はそう言って仕切り直すと、再び語りだした。


「年齢差を覆す圧倒的な才能を前にした両親は、早々に直将の勝利だと結論付けた。そして、直将の教育に注力すると共に、敗者の俺には一切の手間を掛けなくなった。後継者にならない子供は不要、という事だったのだろう」

「えっ……一切の手間を掛けないって……」

「居ないものとして扱われていた。早い話、色のついた透明人間と言った所だな。毎月、札束をポンと渡されて、自分の力で生きろと告げられていた」


 そこまで聞くと、私は言葉を失ってしまった。

 悲惨すぎる堂上の過去。鬱陶しいくらい家族に構われ、親戚との交流も深い私には、あまりにもショックが大きすぎた。


「……」


 それと同時に、沸々と怒りが沸いてくる。

 そんな事が許されていいのか……と。


「後は察しが付くだろう? 蔵の改装工事が終わった頃、父上から此方で暮らすように通告されてな。以上が蔵暮らしになるまでの流れだ」


 語り終えた堂上は最後まで無表情だった。

 それはまるで、本当に気にしていないかのように。


 むしろ……穏やかじゃないのは私の方だ。

 急いで立ち上がると、勢いのままに蔵を出ようとする。


「おい、何処へ行く」

「だって……こんなのおかしいだろ! 私がガツンと言ってやる……!」


 堂上に呼び止められると、私は思わず叫んでしまった。

 こんなの絶対におかしい。堂上の両親は間違っている。

 だからこそ、怒りに任せて殴り込んで、常識という物を叩き込んで――。


「語る前にも言っただろう。俺は別に気にしていない……と。むしろ一人で暮らせて清々するとすら思っている」


 しかし、堂上は私の右腕を掴むと、そう言って宥めてきた。


「そうやって抱え込むんじゃねぇよ! どう考えてもおまえの親は異常だよ!」

「落ち着け夏美。確かに異常かもしれないが、俺は全く困っていない。むしろ、ありがたいとすら思っている」

「ど、どこが……!」

「考えてみろ。貧困で悩む子供、親が他界して悲しむ子供、過干渉に苦しむ子供が居る中で、俺は自由で金もあり、家族に思い入れもない。つまるところ、親という存在が関わる全ての苦から開放されている訳だ」


 私と堂上はそんな言葉を交わしていく。

 確かに……貧困の鈴木や母が他界した渡辺、よく時間を気にする柏原と比べると、堂上は何にも困っていないのかもしれない。

 けど……それでも……私は、堂上の言い分がどうしても受け入れられなかった。


「それで……寂しくないのかよ……」


 そして私はポツリと呟いてしまった。

 とてもじゃないけど、母さんと親父(ハゲ)、そして夏樹がいない生活は考えられない。

 しかし、彼にとってはそれが普通であり、そんな非常識の中で育ってしまった。


「家族だけが寂しさを埋める存在ではない。生きていれば色々な人と関わる。現に目の前にも1人いるだろう?」

「そ、そりゃ、そうかもしれねーけど……」


 堂上はそう言って見つめてくると、私は思わず視線を逸らしてしまった。

 上手く話を逸らされた気がするけど……本人がいいと言っている以上、両親との関係の改善は望めない。

 ただ、彼を孤独から救いたいという気持ちは、依然として頭に残り続けていた。


「ところで夏美。男が部屋に招いてくる、という行動の真意を知っているか?」

「へ?」


 ふと、堂上はそう問い掛けてきた。

 急にどうした――と思ったのも束の間、堂上は私を押し倒してくる。

 そして馬乗りになると、そのまま私に顔を近づけてきた。


「えっ……あっ……」


 私は困惑のあまり言葉を出せずにいる。

 抵抗したい。何か言いたい。けど、何もできない。

 ただただ、自分の高鳴る鼓動を聞く事しか出来なかった。


 恋愛に疎いと言われ続けていた私だけど、流石に()()()を見たから分かってしまう。

 この後に堂上が取る行動は――。


「……冗談だ、力は入れていない。少しは抵抗しろ」


 堂上はそう言って、何もせずに立ち上がった。

 私は呆気に取られている。なんだか頭がボーッとして、今は何も考えられなかった。


「日野までは結構な時間が掛かる。そろそろ帰ったほうがいいだろう」

「ああ……うん……」


 私はフラフラしながら立ち上がった。

 堂上に促されて、門の外まで送り出される。


「今日の事は忘れろとは言わない。ただ、あまり他言はしないでくれ。聞いていて楽しい話ではないからな」

「……わかってるよ。じゃあな」


 最後にそんな言葉を交わすと、私は帰路に着いた。

 ふと、後ろを振り返ってみる。夕食の準備があるからか、既に堂上の姿は無かった。

 そして――。


「別に……あのまま続けてもよかったのに……」


 本能的に、そんな言葉が漏れてしまった。

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