40.先制パンチ
都大三0=0
富士谷=0
(三)宇治原―山城
(富)金城―近藤
1回裏、富士谷の攻撃。
マウンドには背番号20の1年生、宇治原がマウンドに上がった。
183cm75kg。スラッとした長身の右腕で、現時点で最速148キロを記録。
既に世代最強右腕との呼び声も高く、正史では2年後に春夏連覇を果たす投手となる。
ただ――俺と恵だけは知っている。
この5回戦、彼は連続四死球という醜態を晒して、早々にマウンドから消え去る事を。
先頭打者の野本が左打席に入った。
彼は割りと積極的に振り回すタイプだが、この打席は球を見るように伝えてある。
その初球。宇治原が腕を振り下ろすと、ボールは一瞬でミットまで到達した。
「ボールッ!!」
「「おおお~!!」」
ミットのけたたましい音と共に、球場全体が響動めいた。
高めに浮いた直球はボール。あまりの速さに、野本は苦笑いを浮かべている。
確かに、同じ1年生とは思えないストレートだ。
ただ、どんなに凄い球を投げようと、枠に入らなければ全く意味がない。
野本はこの後もボールを見送ると、ストレートの四球を奪った。
無死一塁となり、続く打者は渡辺。
東山大菅尾と同様、左打者から右打者に繋がるので、この打者も四球になるだろう。
そう思っていたのだが……。
「ットライク!!」
「ットライークッ!!」
2球続けてド真ん中のストレート、ツーストライクとなった。
林さん(菅尾の2番打者)ではなく渡辺だから、楽な状態で投げられているのだろうか。
「(追い込まれたけど……ど、どうする?)」
渡辺が困惑しながら此方を見た。俺は首を横に振る。
彼は当てるのが上手いが、故に併殺のリスクも大きい。ここは正史を信じよう。
三球目、宇治原が放った豪速球。その行方は――。
「うっ!?」
「……デッドボオッ!」
背を向けた渡辺に直撃、デッドボールとなった。
なるほど、四球ではなく死球だったか。渡辺の状態は心配だが、これで無死一二塁。
正史ではここで投手が代わる。しかし――。
『3番 ピッチャー 金城くん。背番号 9』
選手交代が告げられないまま、孝太さんが左打席に入った。
ここで続投されるあたり、東山大菅尾よりは楽な相手だと思われているのだろうか。
雨脚が強まってきた。
宇治原は雨を気にしていて、頻りに顔を拭っている。
初球、低めに決まったストレート。見送ってストライク。
この球を打つのは難しそうだが、孝太さんに焦りはない。
二球目、またも低めのストレート。
長身から放たれた球に対して、孝太さんは綺麗に弾き返した。
「おっしゃー!!」
「さすがキャプテン!」
痛烈な打球は一二塁間を貫いていった。
三塁側から歓声が上がる。打球が強すぎた事もあり、野本は三塁で止まった。
やっぱ、この人が高校で消えるのは勿体無い。
絶対に次のステージまで守らないといけないな。
『都東大学第三高校、選手の交代をお知らせ致します』
と、ここで投手交代が告げられた。
結局、宇治原は正史とほぼ同じ内容で降板となったが――その後手後手の継投、後悔させてやるよ。
『宇治原くんに代わりまして、吉田くんが ピッチャーに入ります。8番 ピッチャー 吉田くん。背番号 1』
正史通り、2年生エースの吉田さんがマウンドに上がった。
180cm79kgの大型右腕。現時点ではMAX147キロ、決め球はフォークで、変化の小さい高速スライダーも投げる。
来年はMAX150キロ、新たな決め球にシンカーも覚えて来るが、今は気にする必要はない。
投球練習の間、三塁側スタンドを見上げてみた。
最前列の琴穂と目があった。彼女は少し恥ずかしげに「がんばってっ!」と叫んだ。
いい、凄くいい。恋人だったらもっと良かったに違いない。
『4番 ライト 柏原くん 背番号 1』
無死満塁。ブラスバンドが奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。
マウンドには吉田さん。スペックの高い投手だが、立ち上がりは非常に不安定だ。
叩くなら今しかない。
一球目、ワンバウンドするフォーク。
悠々と見送ってボール。捕手もよく止めたが、満塁じゃ多投はできないだろう。
という事で、狙いはストレート一本。
高速スライダーは怖いが、正史の春季大会で対決した時は、頻度が少なかった記憶がある。
二球目、吉田さんは外に速い球を放った。
バットを出したが空を切る。ボール球の高速スライダーだ。
危ない、当たってたら併殺すらあった。
次は何で来るだろうか。
セオリー通りであれば、次も外の球でくるだろう。
理由は簡単、内を攻めた結果、甘く入って長打を打たれたり、死球で押し出しとなれば、大量失点に繋がる恐れがあるからだ。
無死満塁時における外角(右打者)のデメリットは、流し方向――ライト方向に飛びやすく、犠牲フライの間に二塁走者も進塁して、一死一三塁になり易い事だ。
一死一三塁となれば、犠牲フライや併殺崩れ、ディレードスチールなど、2点目を失う切っ掛けが非常に多い。
しかし強豪校にとって、弱小校の2点目なんて些細な物。
強豪視点だと、対弱小においては、2点目を献上する覚悟で外一辺倒で攻めるのがセオリーとなる。
実際、関越一高にいた頃は俺もそうしていた。
では、このバッテリーはどうだろう。
確かに、富士谷は前評判こそ弱小だったが、投手に関しては俺に加え、初回に圧巻の投球を見せた孝太さんがいる。
となると、都大三高としては2点目も与えたくない。あわよくば1点で切り抜けたい、と考えているかもしれない。
初球、後逸のリスクが高いフォークを放った事からも、その可能性は十分に垣間見えている。
あくまで可能性、都合の良い憶測でしかない。
だけれども――まだカウントに余裕はあるし、狙ってみる価値はある。
三球目、吉田さんが左足を上げた。
右方向に打たせたくないのなら、ストライクはインコースで取りたい。だから、二球目のアウトコースも外れる球を選んだ。
もっと言うなら、都立だから手堅く2点目を狙ってくる、とか思われているかもしれない。
けどな――。
俺は2点で終わるつもりはねーんだよ!!
そう心の中で叫びながら、内に入ったストレートを振り抜いた。
打った感触は無かった。けど、バットは激しい音を奏でた。
呆然と空を眺める吉田さん。
俺は静かに右腕を上げる。
打球はレフトのフェンスを高々と越えて――場外へと消えていった。
「「わあああああああああ!!」」
「「おっしゃあああああああああ!!」」
悲鳴混じりの大歓声が球場を包み込む。
一塁、二塁と駆けていくと、三塁を蹴った所でスタンドを見上げた。
琴穂と恵は手を合わせながら、嬉しそうに跳ねていた。
値千金の満塁ホームラン。
これで4対0、あまりにも完璧すぎる先制点だった。
「いやー、流石だね柏原くんは」
「当たり損にならなくて良かったよ……」
「最高のホームランだったよ、竜也」
野本、渡辺、孝太さん。一人ずつ右手を叩き合った。
続いて、ネクストの堂上は真顔で、
「ほう……俺に付ける打点はない、という事か。随分と贅沢な男だな」
と言うものだから、俺は強めに右手を叩いた。
都大三0=0
富士谷4=4
(三)宇治原、吉田―山城
(富)金城―近藤