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4.二度目の青春



 東京都立富士谷高校。

 八王子市にある高校で、偏差値は50くらい。部活は吹奏楽部とダンス部がちょっと強い程度の、平凡な都立高校。

 かつて、府中本町シニアで4番とエースを務めた俺――柏原竜也は、そんな平凡な高校に入学して、約一週間の時を過ごした。


「かっしー、おはよっ!」


 教室に入ると、元気の良い挨拶が出迎えた。

 ボブカットの茶髪に、あどけない童顔。小柄で可愛らしい少女――金城琴穂だ。


「おはよう。金城は今日も元気だな」


 俺は落ち着いて言葉を返すが、心臓は激しく鼓動している。

 いつのまにか、呼び名が「柏原くん」から「かっしー」に昇格していた。

 いい、凄くいい。確実に距離が縮まりつつある。


「今日から仮入部だからね~、張り切っていかないと」

「やっぱバスケ続けるの?」

「うん! かっしーは野球でしょ?」

「ああ、これでもプロ目指してるからね」

「そっかぁ。じゃ、お兄ちゃんによろしくね!」


 そういえば、金城とは毎日喋るようになった。

 と言うのも、意外や意外にも彼女は人見知りで、貴重な知り合いである俺によく絡んでくる。

 てっきり、次々と友達を作っていくタイプとばかり思っていたので、これには本当に驚いた。

 更に言えば「きんじょう」「かしはら」なので席も近い。

 これを運命と呼ばないなら何と呼ぶのだろう。もう結婚するしかないまである。


 前略、神様――いや、女神様か。

 何にせよ、富士谷高校に導いて頂きありがとうございます。

 金城との距離も縮まり俺は幸せです。電波少女呼ばわりしたご無礼をお許しください、と……。


「おいおい、なに感傷に浸ってんだよ」


 後ろの席の友人・神立昴(かんだつ すばる)の声で、俺は現実に引き戻された。


「いや、今日から野球ができるなぁと」

「よく知らないけど、ちょっと有名な選手なんだっけ? いいよな~、俺なんて名も無きサッカー少年だからなぁ」

「名前はあるだろ……」


 富士谷高校では、今日から仮入部期間が始まる。

 正史では2年後に躍進する野球部。そこに俺が加わる事で、何処まで目指せるチームになるのだろうか。


 放課後、サッカー部志望の昴と共にグラウンドへ向かった。

 途中で野生のゴリラ――ではなく、野生の近藤と遭遇した。

 どうやら俺は、彼の人生まで変えてしまったらしい。


「グラウンドめちゃ広いな!」

「ああ、都立にしちゃ悪くない」


 富士谷高校のグラウンドは100m×200mの長方形をしている。

 これを平日はサッカー部、野球部、ソフト部で分割して利用する。

 ネットでフェンスを作れば試合もできる他、かつて定時制があった名残でナイター設備もある。環境は申し分ない。


 野球部の集合場所は一塁側のネット裏。

 体育館に繋がる通路にもなっていて、野外ながらも屋根があり、外履きでの通行が禁止されている。


 既に何人か集っているな。

 指導者は1人、生徒は4人ほど見受けられる。

 その中の一人は、金城琴穂の兄・孝太さんで、俺達は久しぶりに言葉を交わした。


「竜也……ゴリまで、まさか本当に来てくれるなんて」

「お久しぶりです」

「また一緒に出来て光栄ッス!」


 久しぶりに会った孝太さんは、何だかとても嬉しそうだった。

 見るからに優しそうで爽やかな好青年。それでいて身長は180前後、体にも程よく厚みがある。小柄な妹とは正反対だ。


「じゃあ早速だけど、1年生は自己紹介してもらっていいかな。名前とポジション、それからアピールポイントを一つ以上ね」


 孝太さんはそう言って、俺達に自己紹介を求めた。


京田陽介(きょうだ ようすけ)15歳! ポジションはサード! 守備が得意でぇす!」


 やたら元気のいい、小柄な生徒が先陣を切った。

 最初からいた4人の内の1人だ。残りの2人は「F」と書かれた帽子を持っているので、恐らく先輩だろう。


近藤健一(こんどう けんいち)、キャッチャーです。肩とキャッチングには自信があります」


 知ってる。ちなみに身長は170くらい。

 体に厚みもあるが、いかんせんバットに当たらない。


「柏原竜也、ピッチャーと外野です。一応、4番でエースでした」


 俺がそう言うと、先輩らしき2人が「おおっ」と声を漏らした。

 我ながらクソみたいな自己紹介だが、面倒臭いしこれでいい。


「俺が助監督の畦上だ。やるからには甲子園を目指すからな! はっはっはっ!」


 そう言って笑ったのは畦上(あぜがみ)先生。

 短髪と太い腕が特徴的で、見るからに体育会系の若手教師だ。

 2年後、この畔上先生が監督に昇格し、富士谷高校を西東京ベスト16に導く事になる。


「ってか、部員少ないですね」

「ああ、みんな辞めちゃって……」


 現時点で、1年生を含めても選手は6人。

 この富士谷高校では、昨年に指導者が一新されて、上位進出を目指す方針になった結果、次々と部員が辞めていったらしい。


「ま、推薦でいい選手とったから大丈夫だろ!」


 畦上先生は気楽そうにそう言った。

 俺と近藤の存在を除けば、ここまでは本来の歴史――正史通りの筈だ。畦上先生の言う通り、大した問題ではない。


「というか、推薦の生徒って初日から来る決まりだったような……」

「そうだな……よし! 手分けして探してこい!」


 畦上先生はそう言って、俺達にメモ書きを渡した。

 今年の野球推薦は計5人。その内の1人は俺で、近藤と京田は一般入試。

 つまり、後4人は推薦で入る事になっている。


「1年5組。堂上剛士、野本圭太……か」


 俺はメモを読み上げると、1年5組の教室に向かった。


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