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24.シスコンじゃないけど……

 2012年2月13日(月曜日)。

 続々と宿題を終える選手が増えていく中、俺は未だに一文字も書いていなかった。

 提出期限は今週末の日曜日。今日を逃せば、家で仕上げる機会はほぼ失われる。

 という事で、俺は兄弟兼用の自室で筆を執る事にした。


「(宛先は……全員でいいか。内容薄くても文字数稼げてそれっぽくなるしな)」


 さて……先ずは誰に書くかという部分だが、これは全員に書こうと思っている。

 両親には色々と思う部分はある……が、渡辺の言う通り、両親が居なければ今の俺は存在しなかった。

 本人の前で朗読する気はないけど、そこだけはしっかり筋を通そう。


 そして綾香と翔也だが――二人にも将来的には感謝しなくてはいけない。

 俺は順調にいけばプロ野球選手になる。独身の間は寮暮らしになると思うし、結婚したら実家に戻るつもりはない。

 その中で、両親の面倒というのは丸投げになってしまうからだ。

 

 もう一つ、兄弟の中で一番投資されているのは間違いなく俺である。

 琴穂の言い分を聞いて思ったけど、綾香と翔也は俺のせいで我慢を強いられた事があったかもしれない。

 綾香が反抗的なのも、翔也がニート気質なのも、元を辿れば俺だったのかもしれない……という懸念があった。


 まぁ……二人の前でも朗読する気はないけれど、いつか感謝は口にしたいと思う。

 それが甲子園決勝戦の日か、ドラフト会議の日か、或は結婚式の日になるかは分からないが。


「お、兄貴なにやってん?」


 そう思ったのも束の間、後ろから綾香が覗き込んできた。

 咄嗟に隠そうとするも時既に遅し。彼女はニヤニヤしながら笑いを堪えている。


「っぷー、なにその作文、めっちゃウケるんだけど」

「うるせぇ宿題なんだよクソが」

 

 畜生、朗読するしない以前に本人に読まれてしまった。

 もう穴があったら入りたい。いや欲を言えば琴穂の布団に入って顔面を押し付けたい。

  

「兄貴って変なところ真面目だよねぇ。私なら絶対バックレるわ」

「全員提出しないと焼肉奢ってもらえないんだよ。俺だけサボったら何言われるか」

「なるほー。じゃあ私なら将来の旦那さんに書くかな」

「おまえ道徳おわってんな……」


 綾香のトンデモ解答に、俺は思わず顔を歪めてしまった。

 思わずディスってしまったけれど……将来のパートナーも確かに家族か。

 意外と良いかもしれない。少しだけ文面を考えてみよう。


 僕は未来の妻に感謝を捧げます。

 琴穂さん、いつもマネージャーとして支えてくれてありがとう。

 これからは人生のパートナーとして支えて欲しいです……みたいな感じか。

 うん、控えめに言ってもナシだな。世界一ダサいプロポーズとしてギネス認定される説まである。


「うそうそ。たぶん兄貴に書くって」

「別に気使わなくていいぞ」

「ホントだよ。いつも愚痴聞いて貰ってるし」


 綾香は軽い口調で言い放ったけど……一応、慕われてはいるみたいだな。

 だからこそ将来が心配だ。宿題とは別で、何か手を打つ必要がある。


「俺が寮暮らしになったらどうすんだよ」

「高校までは我慢して、大学からは一人暮らしかなー」

「非常に残念な事を教えるけど、ウチの経済力で仕送りとか無理だと思うぞ」

「マジで言ってんの!? 共働きしてんのに?」

「母さんは非正規だし、父さんもサビ残多いからな」

「つっかえなー。えー、どうしよ。バイト掛け持ちとか?」

「体力的にも金銭的にも厳しいぞ。そもそも、一人暮らしするようなら学費は出してくれないだろうからな、あの二人は」

「……」


 そこまで話すと、綾香は表情を曇らせた。

 やはりというべきか、彼女も早い段階で家を出たいようだ。

 家族との仲もあるが、根がアクティブな人間なので、この意思を曲げるのは難しいだろう。


「はーあ、じゃあ就職かなぁ。ここで後7年も過ごすのは絶対無理だわ」

「そう簡単に進学を諦めるなよ」

「じゃ、どうしろって言うのさ。今の調子じゃロクに彼氏も出来ないんだけど」


 綾香は少し不機嫌そうに当たってきた。

 今の調子とは、門限やら何やらの「過保護な束縛」の事である。

 この問題を解決しない限り、綾香の不満は募る一方なのは確かだった。


 逆に言えば、これさえ解決すれば綾香の機嫌は保たれる。

 自由が得られれば不満も消えるだろうし、唐突に失踪するような事も無い筈だ。

 それを踏まえた上で、俺のやるべき事は――。

 

「俺が掛け合ってみるよ。口論は苦手だけど、綾香が言うよりは響くだろうしな」


 兄弟を代表して俺が交渉するしかない。

 俺は行動として綾香に恩を返す。いや、正確に言えば恩の前貸と言うべきか。

 家の事は任せきりになる以上、その環境くらいは整えよう。


「兄貴……やれるの……?」

「わからねぇ。残念ながら口は上手い方じゃねーからな」

「だよねぇ。兄貴が中学の時、携帯欲しいって交渉して秒殺された事あったもんね」

「そんな事もあったな……」


 ちなみに余談だが、柏原家では高校受験終了後に携帯電話が授けられる。

 これも周りに比べると遅い方だ。尤も、この時代なら珍しい待遇でも無かったけれど。


「ま、最悪グーで殴るよ。今なら俺が一番パワーあるだろうからな」

「やっちゃえやっちゃえ」

「冗談だよバカ」


 とまぁ、そんな感じで、柏原家崩壊阻止プランは定まった。

 俺が野球選手になれば夫婦仲は崩れないし、綾香を自由にすれば彼女の失踪も防げる。

 ニート化する翔也の問題は解決してないけど、取り敢えずこれで行こうと思う。

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