23.家庭の数だけ事情がある
2012年2月7日。
例の宿題が出てから最初の練習日に、早くも4人の提出者が現れた。
内訳は中橋、津上、金野、そして夏樹。
真っ先に宿題を仕上げてきた彼らは、人柱として処刑台に立つ事になる。
しかし――。
「……たぶん俺は、高校で野球を引退すると思うけど、どうか最後まで見守ってください。卯月夏樹より。以上です!!」
彼らは涼しい顔で読み上げると、何事も無かったかのように輪に戻った。
1年生は良くも悪くも素直だな。2年生は誰1人として提出しなかったと言うのに。
「てか中橋とか金野は分かるけど、津上が率先して名乗り出たの意外過ぎるわ」
「俺に才能を授けたのは紛れもなく両親の遺伝子っすからね。強豪から誘われてたのに都立なんかに進学してますし、そりゃ感謝しかないっすよ」
「津上の癖にしっかりしてやがる……」
特に意外だったのは、ミスター素行不良の津上が先陣を切ったという事である。
恐らく、金野と一緒に仕上げたのだろうけど、彼に先を越されたのは普通に屈辱だった。
「しっかし2年生は提出ゼロか、悲しいなぁ。期限内に全員提出したら焼肉奢ってやるから頑張れよ! はっはっは!」
早々に4人も仕上げてきたからか、畦上先生は上機嫌に煽ってきた。
畜生、こうなってくるとサボる訳にはいかないな。一人だけすっぽかしたら非難を浴びるのは目に見えている。
取り敢えず「誰に書くか」だけでも早めに決めたい所だった。
※
「で、お前ら書いてきた?」
その翌日の放課後、部室前で京田に問い掛けられた。
トリは避けたいという部分で、他人の進捗が気になるのだろう。
「一文字も書けてないわ~」
「俺も全然だな」
「人に聞かれるって考えると筆が進まないよね……」
2年生達は口を揃えてNOと答えている。
俺も人の事は言えないけど、この学年は親不孝者しか居ないな。
「てか恵も書けてないのか」
「作文とか無理! 頑張って書いても『ひらがなで文字を稼ぐな!』って怒られるし、ホント苦手なんだよね~」
「ああ……おまえ漢字ボロボロだもんな……」
父親思いの恵ですら苦戦している様子だった。
とは言っても、シンプルに作文が苦手なだけみたいだが。
「琴穂は?」
「お兄ちゃんに書こうかな……」
「この子はもぉ~。ブラコン卒業するんじゃなかったの~?」
「そ、そういうのじゃないよっ」
琴穂は孝太さんに書きたいようだ。
そういえば、金城兄妹の親の話ってあんまり聞いた事が無いな。
家は大きかったので稼ぎは良さそうだったけれども。
「ほら、おとーさんもおかーさんもお兄ちゃんに付きっきりだったからさっ。お兄ちゃんが一番私を気に掛けてくれたというか……」
琴穂は少し恥ずかしそうに言葉を溢した。
まさか、彼女がブラコン化したのにちゃんとした経緯があったとはな。
とは言っても、秋頃の近親相姦AV偽装事件で卒業したみたいだけど。
「孝ちゃんパイセンはプロ野球選手狙ってたし仕方ないわな~」
「意外~。私にこんな可愛い娘いたら絶対大事にするに」
「まぁ……おとーさんは『琴は世界一可愛い』って言いながら髭ジョリジョリしてくるけどね……」
「可愛がられてはいるな」
琴穂は十分に可愛がられてはいるけど、要所では「金の卵」である孝太さんが優先されてしまうという事か。
俺の家庭もそうだけど、兄弟全員平等という訳にはいかない物だな。
「ゴリはどうよ」
「お袋に書くしかねーだろ。いつも迷惑掛けっぱなしだし」
「お父さん可哀そう……」
「親父は家でなんもしねーからな」
お金を稼ぐって凄く大変なんだぞ、と出掛かった言葉は心に留めておいた。
近藤の家庭は三人兄弟で母親も専業主婦だ。俺も社会に出た事あるから分かるけど、この家族構成を養うのは容易ではない。
ただ、高校生に労働の過酷さは分からないので、どうしても怠け者に見えてしまうのだろう。
「僕は両親に書こうかなぁ。他校の偵察とか手伝って貰ってるし。けど皆の前で読むのは……」
「わかるわー。小学生じゃねーんだしさー。こんなの公開処刑じゃん」
野本と京田は口を揃えて難色を示している。
やはりネックなのは発表という部分。これがなければ、もう少し前向きに取り組めたに違いない。
「おまえらはいいじゃねーか……皆の前だけでいいんだからよ……」
そう言って睨んできたのは夏美だった。
物凄く不機嫌な表情をしている。何かあったのだろうか。
「なっちゃんどうしたの?」
「昨日、夏樹が家で発表しやがってな……」
「ああ~、それで卯月パパ達はなっちゃんの作文を心待ちにしていると」
「そう……最悪だよクソが……」
どうやら夏樹は両親の前で作文を読んだらしく、宿題の存在が両親にもバレたようだ。
こうなってくると、夏美も「両親の前で朗読」という地獄イベントを回避できなくなる。
「夏樹くんって意外と真面目なんだね~」
「ちげーよ! アイツは私を弄る為にわざとやってんの! ほらみろ、あの表情!」
夏美が指差した先では、夏樹がニヤニヤと此方を見ていた。
これは……真っ先に宿題を終わらせた「勝者」の表情である。
「あーあ! お姉様の感動的な作文が楽しみだなぁー!!」
「ップ……!」
「(この姉弟ほんと仲良いよな)」
夏樹は大きな声で夏美を煽ると、周りの1年生達は笑いを堪えた。
うん……姉弟の仲が良さそうで微笑ましいな。夏美は物凄く怖い顔しているけど。
「鈴木はー?」
「っぱバーチャンとジーチャンっしょ~」
鈴木は親代わりの祖母と祖父に書く予定。
というか、これ全員言う流れなのか。
嫌だな、俺まだ決まってすらないのに。
「ナベちゃんはやっぱり姉ちゃん?」
「いいよなー。あの美人の姉ちゃんになら30枚くらい書けるわー」
続けて標的になったのは渡辺。
問い掛けられるや否や、彼は少し寂し気な表情を見せている。
「いろいろ考えたけど、俺は全員に書こうかな。いつも色々やってくれてるのは姉ちゃんだけど、稼いでくれてるのは父さんだし、産んでくれたのは母さんだからさ」
渡辺はそう語ると、辺りは少し静かになった。
彼の母親は随分と前に他界していて、父親は仕事が忙しく家に殆ど帰ってこない。
その中で、この回答が出るのだから流石イケメンと言わざるを得なかった。
「顔だけじゃなく心までイケメン……」
「姫子ちゃん居なかったら惚れてたわ~」
「お前マジ爆発しろ」
「えぇ!?」
まぁ……真面目な返しは残念ながら弄られる。
さて、これで残るは二人。俺か堂上か、という二択だが――。
「ふむ……くだらん話題に時間を使いすぎではないか? もう1年生は準備を始めている、俺達もグラウンドに出るべきだろう」
無表情でそう言ったのは堂上だった。
ってか、今日初めて声を聞いたな。夏美弄りにも混ざらなかったのは珍しい気がする。
理由は分からないけど、あまり機嫌が良くなかったのだろうか。
「そろそろ行くか~」
「うぃー」
「っしゃー、今日こそ民家の窓ブチ割るぜー!」
「陽ちゃんじゃ絶対無理だよ~」
結局、堂上の一声でこの話題は終わりになった。
これは……表情で察して俺を気遣ってくれたのだろうか。それとも、堂上の家庭にも何か爆弾が埋まっているのか。
分からない。分からないけど、自分の家庭で精一杯なので、気に掛ける余裕なんて微塵もなかった。
祝、ブクマ1000!
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